カテゴリー「listening」の記事

2015年4月 2日 (木)

春宵の思いで

春宵、ありがとう。

 昨晩のライブ、脳味噌の神経の一本一本がショートしてゆくのを感じた。想像力が焼き切れていくような。

すべてが歯車に組み込まれて、運命の車輪の噛み合わせの中で轢死するチャップリンのような。

YANOMAMI、福井のドラムはドヤ顔クエストラブ感。久しぶりに見たペイジのギター。黒瀬の意外に冷静で熱いベース、ヒロさんの異様にソウルフルなボーカル、わかばちゃんの気だるげな声、馨子の必死な、それでいて表情とは裏腹に伸びやかなボーカル。全体としてイモっぽかったが、面白かった。


sonesolo (ATLANTIS AIRPORT)。対談にソネさんじゃなくボノが呼ばれていたことにプンスカしつつサングラスかけてMCするのがキュートだった。ピアノは拙かったがむしろそれがよかった。いろんな歌い手がいる中、確実に声だけで空気を変えられる。それを観た。改めてひとりの歌で歌詞を聞くと、もっと知りたいと思う。


笹口騒音ハーモニカ。最悪だった。すげえよかったんだよ。キレキレで。メチャクチャ気合い入ってたし。「さわね」からベイビーブルーへの流れは圧倒的だった。今回に本当に気持ちをもってきてくれたのだと感じた。すごかったよ。
 
 
タザワ式。やはり一番プロだし、音楽が気持ちいい上に、最高に笑顔で演奏してくれたタザワさん!ありがとうございます。
タザワさんは最初アウェイだと思ったかもしれないが、曲を重ねるごとに拍手の熱気がすごかったよね。良いものは良いということ。

zampanoは自分だからよくわかんねえけど、集まってくれたみんなが目の前でワクワクしてくれたのを感じてうれしかった。本当に来てくれてありがとう。


 帰りにみんなで呑もうって言って。おれと笹口くんでソネさんにアルハラパワハラ的に誘ったんだが来てくれなかった。その時おれははじめて笹口くんと意気投合したことを感じた。

自分のこころだったり、人生の時間だったり、あるいは脳細胞だったりを鉛筆削りで削るようにシャープにして描いて、非常に良い絵が描けたと思う。それはおれだけじゃなくて相方の馨子もそうだし、ドヤ顔のFuck-Eもそうだし、何よりも集まってくれた人たちみんながそうだったのかもしれない。

今、春の宵が終わって茫然自失としている。


昨夜zampanoのライブが始まった瞬間、あいつ聞いたことのない叫び声をあげた。絶叫というか、暗闇の雪山の遠くから咆哮するような声。アレは聞いたことなかった。

ああいう叫び声を聴くと、
この女「狼の娘」というよりは、「人間の娘になる呪いをかけられた狼」なんじゃないかなと思ってしまう。そういうメンバーは最高に面白いし、そういう動物と一緒にバンドをやりたい。

だからやっぱりしばらく旅を続けることにした。第一、旅の他にやりたいこともやるべきことも無い。zampanoとしては。


 春って切ない気持ちになる。哀しいことばっかりだ。でも春宵をみんなと過ごして、嬉しい春の思い出ができた。ありがとう。






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2015年3月 3日 (火)

全然不埒なギタリスト

 松葉杖をつきながら歩いている。全然慣れないから歩き辛いし不自然だ。労働は皿を洗ったり、動かないでできるような仕込み作業が主になってくるから、特におれのような体を動かしてナンボというアルバイトにおいては役立たずという他ない。

 健康じゃなければできないようなことばかりだが、それは特に意味のないどうでもいいことだ。と思うようになった。身体を動かしまくっていてよくよく考えてなかったようなことに多く思いあたり、止まっているがゆえに考えることができる。それは存外に楽しい!
仕事が早引けになるので(要するに人件費をかっとしているのだが)動けないし、溜まっていた積んどいた本を読める。だがまったく溜めた量が多すぎて、これを読み終わるには入院するか、牢獄に幽閉されなければ不可能だろう。

働くのが好きだと思っていたが、否、ヘドがでるほど嫌だ。エリック・ホッファにはほど遠いのだった。ホッファも10ヶ月働いて金を溜め、2ヶ月は図書館にこもって本を読んだという。
おれは俗人の極みなので、運動、労働していると瞬時に思考停止して、働くのが好きなような気がしてしまう。なんのために今こうしているか、簡単に忘れてしまう。
働く良さや効能を並べ立てるが、おれなど働いている部類に入らない。趣味でバイトしている学生以下の意識の持ち主だ。

 ギターを弾いているときは思考が止まない。おれはギタリストのくせにギターを弾いているときはまったく別のことしか考えていない。ギターのことは考えていない。酔っぱらうこととはなんなのか、人間の過ごす余暇の虚しさとか、生き死ぬこととか、自分自身にとって重要に思われることだけを考えながらギターを弾いている。だからよく間違えるのかもしれない。
 全然そのことが良いとは思わないが、ギターや音楽のことを真剣にずっと考えるギタリストに自分はなる必要はないと思ってる。そういう人は他にたくさんいるからその人たちにやってもらうとして、おれはなるべく簡単なフレーズと行き当たりバッタリでギターのことは忘れて個人として考えたいことを考えながら弾こう。
誰にも奨めないし、そんなことをしてるやつがいたらたぶんムカつくだろうが、もうそうわかってしまったんだから仕方ない。やるしかない。

あとギターは足を怪我していても関係なく弾けるのでやはり最高の職業のように思えた。



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2015年1月28日 (水)

真なるバルバロイの詩想

「真なるバルバロイの詩想」でもし検索してきた人がいたら悪いんだが、この記事は詩とか真なるものとはあまり関係ない。
(「真なるバルバロイの詩想」という本があるみたいなんだよ。前回のブログタイトルの関連記事で出てきた。)
http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1362463/1378275/67945114

 そう、この本と関係なくて悪いんだが、おれはNGバルバロイと名乗っているミュージシャンで、このブログはそいつが書いてるブログなんだ。おれは上のリンク先の文章を興味深く読んだんだが、あんまり意味がわからなかった。それはおれがバイトを終えたあと、軽く一杯やったからかもしれないし、本当にわからなかったのかもしれないが、おれの認識では「バルバロイとは意味不明のことを言う異人」というくらいのものだ。それで合ってるのかな?この本読んでみようとは思ってる。

 おれは今、時間労働を終えて終電で帰ってきて終バスに乗った。何日か前の誕生日の日から、相も変わらずプリプロとライブとバイトしかしてないさ。合間にちょっと酒を飲んだりはするが、それくらいだ。

 酔っぱらってるせいじゃないんだが、何を隠そう今乗ってるこのバスはおれの家にはたどり着かないんだ。おれの地元には終電後も深夜バスというのが走っていて、うまく乗り継いでおれん家の近くまで行こうとしたのに、ちょっと乗り遅れただけでかなりトンチンカンな行き先のバスしか運行してなかった。困るよ。

 ちょっとみんなにはわからない言い方で言うと、おれの家にたどり着くためには、ミッキーの家の方向にあるH駅の方へ行かなければならない。

このバスは途中のT駅まではいいんだが、途中からKの家のある緑町の方向に曲がってしまう。

Kとは物理学博士号を持ってるイカれた勉強家のKだよ。もしかしてやつは今夜も誰もいない一軒家で独りで数式を解いてるかもしれない。 

そしてKの家を通りすぎて、もはやンジチャオ先生やR嬢の家の方まで行ってしまうんだ。ンジチャオ先生はモンスター幼稚園のベーシストだった男で映像作家としても有名だよな。R嬢はおれが高校時代好きだった女だよ。

そいつらの家の方角にニアミスしながら遂にはiの家の方にまで行ってしまうんだ。

iは昔の親友でもう何年も会っていないが、ラグビー部の友達なんだ。おれはラグビー部じゃなくてバンドをやってたんだが、妙に気が合ったんだ。
iはおれのライブに来ると上裸でモッシュして暴れたり、パイプ椅子を振り回したりしてたっけ。ライブとプロレスを若干混同していたんだ。まあ似たようなもんだから止めはしなかったさ。

iは今は東京にはいないし、ンジチャオ先生やR嬢がどこで何をやってるかは知らないがきっとここにはいないだろう。


 このバスの終点は、おれと幼馴染みのKZKがよく遊びに行っていた釣り堀の跡地に辿り着く。
幼馴染みのKZKはけっこう有名なバンドのドラマーでさ。つい先日ミッキーから聞いたんだけど、KZKのバンドは今大学生が好きなバンドランキングの2位に入ったんだって。あいつ大学生のことが嫌いだけど、幼馴染みのやってることが評価されるのは嬉しいもんだわ。

おれとKZKはバンドを始める前からこの終着の釣り堀でよく釣りをしていたんだ。

 今はその釣り堀は跡形もなくなって巨大なショッピングモールになってる。ショッピングモールの中には本当に必要なモノしかない。
インディーズの服もインディーズの食べ物もインディーズのおもちゃも無いから、おれのやってるインディーズの音楽は売ってないだろう。(笹口くんの受け売りだが)

 でもKZKのバンドのCDはメジャーで長いことやってるからいい加減もしかしたらこの巨大でうすら寒いショッピングモールのCD売り場に並んでるかもしれないなと、25時48分に思いながらおれは家へと帰路を歩いていった。

 深夜に包まれて、ところどころ緑に光るショッピングモールは、あの釣り堀の深緑に濁った水で物欲しそうに口を開ける淡水魚みたいだ。

いや、これは今適当に作ったイモな比喩。


 おれは自分の家とは検討違いな方向に走るトンチンカンな終バスに乗ると変な感慨に襲われてゾクゾクする方だ。かなり奇癖だと思う。霊魂しか乗らないバスがやって来たら間違いなく生きたまま乗ってしまうだろう。必ず歩いて帰ってくるように気をつけるわ。

でもあの釣り堀にいた、肥えた淡水魚たちは(ただの鯉だが)、いったいどこに行ったのだろうか?釣り堀と供に埋められてショッピングモールの礎となってしまったのだろうか?だとしたらショッピングモールに釣り堀と魚の幽霊が出たり、おれがそれを感知しても不思議はない。

それともこの街のどこかで今もエラ呼吸しているのだろうか?



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2014年9月 7日 (日)

リゾネイターのブリッジ構造

 驢馬の北海道ツアーの前の日。

 おれはギターを修理に出しに行った。いつも通っているリペアマンのお医者さんで、ガットギターがズダボロに壊れてしまったときも見事に治してくれた名医なんだよ。

今回はリゾネイターギターを治してもらいに行った。リゾネイターがビビっていたんだ。多分ピックアップの配線のせいなんじゃないかと手術する運びに。
NCM_1108.JPG
珍しいタイプのギターだから一連の写真を撮っておいた。

リゾネイターの中の構造。ブリッジの下部がそのまま共鳴する。
NCM_1110.JPG
スピーカーのコーンのような構造。

蓋を閉める

NCM_1111.JPG


リペアマンの先生は帯広出身で、次の日から北海道ツアーで札幌・帯広に行くと言った。帯広の「十勝豚丼」のことを教えてくれた。

 夜は物販作った後に、いろいろ残務処理をしていて結局深夜までかかってしまったんだ。
ミッキーから飲もうと言われていたから、一杯だけ出発前の杯を交わそうと駅前に向かった。

ミッキーはおれのTwitterのやり方を激しく批判していた。ライブ告知だけのツイートなんか見たくないって。そう言われればおれもそう思うよ。いろいろ言い訳したけど、おれの方に説得力に足る説明はできなかったな。

 ブログももっと読みたいと言われた。ありがたいことだ。ミッキーが言うにはこのブログを読んでいる潜在的な読者の数はかなり多く、その読者はNGに批判的でありながらも最終的には応援しててくれる味方だから、彼らをこそ大事にしろと言っていた。
この潜在的読者たちはネットに限らず、批判精神が高く、安易な広報や、打算的な営業活動には決して引っかからないタイプだそうだ。
 だから彼らを楽しませるためには小手先のツマラナい作り話は止して、現実とか本当のことを真摯に書くしかないのだった。

 
 まったく予定外に飲んでしまったからもう朝だ。午前七時に東京駅から成田に行くシャトルバスに乗るから六時には出ないといけない。間違えて一睡もできなくなってしまった。
 
おれはミッキーと別れ、家に帰った。コンビニとかでプリントアウトできるようにフライヤーの原稿を入稿して、あと驢馬の試聴用音源をネットにアップロードした。

北海道は寒いのだろうか?暑いのか寒いのかに関わらず、ライダースの革ジャンを着たかった。驢馬のツアーはみんな革ジャン着て行ったりしてたっけ。あれは福岡ツアーの時で今回と同じような格安のジェットスターの航空券で行ったんだ。

 2014年、何度も何度も演奏旅行に出たおかげで荷物は一瞬で最小限のモノをパッキングできるし、スーツが少しヨレていたからおれはスチームアイロンをかける余裕があったんだ。今は午前5時42分。パソコンでは音源のアップロードが青いノロマなナメクジが這うように進んでいる。だがなんとか六時になる前にナメクジを終えて家を出ることができそうだ。
電車に乗った。東京駅までHOMMヨのニューアルバム「コールドフィンガー」を聴きながら行くことにした。サンプル用の白盤では聴いていたんだけど、ちゃんとしたプレス盤で聴くのはこれが初めてだった。コールドフィンガー。ニイさんの歌が曇天によく似合っていた。このままならば七時のバスには余裕で間に合うだろう。駅のホームで缶コーヒーを買った。sucksという曲になった。驢馬のやつらのある男は「セックス依存症にしてくれ」だと思ってたし、ある男は「セックスオーシャンにしてくれ」だと思っていた。だがそれは歌詞の聞き違いだったらしい。丸の内線から八重洲中央口は遠かった。依存症の奴がやがて来て、セックスオーシャンが遅れそうだから荷物を置いて駅に迎えに行こうかと言う。おれは奴は泳いでくればいいと言う。歌声はくくくと嗤う。9月初旬の東京の曇天には革ジャンはまだ暑かった。オーシャンはバスに間に合っておれたちは成田空港に向かう。バスの中にはいろんな国籍の人たちが。イヤホンで続きを聴いたライカ。うーわんわん。








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2014年8月18日 (月)

茄子とベーコンのスパイシークリームパスタ

 今日は時間労働。日替わりのパスタは茄子とベーコンのスパイシークリームソースで、肉料理は鶏もも肉の香草パン粉焼き、魚はサーモンのソテーのレモンバターソースだった。
おれのバイトしているレストラン、お盆時期はめちゃくちゃに混んでたのに今日は暇だった。おれは驢馬フェスのとき休んでたから入れ替わりにお盆はずっと労働だったんだ。

 今日はランチだけで終わりで後は終日事務作業だった。帰りにブックオフに寄って、作業中かけっぱなしにしようと思って「チカーノ・ギャングスタ」というDVDを買った。500¥。おれはチカーノの文化に興味があるんだ。

 CDを買ったり、音楽を聴きながら帰ろうかとも思ったけど最近は音楽はあまり聴いてないんだ。なぜだかな。街の中で音楽を聴くよりは蝉だとか突然やってくる雨のクソうるさいピンクノイズに耳を傾けた方が今を楽しんでる気がする。
帰って、窓を開け放したままパソコンの前に座って、チカーノ・ギャングスタのドキュメンタリーを観た。あんまり面白くなかった。パチューコと呼ばれるズートスーツを着たゴロツキチンピラの姿を観たかったのだが、ドキュメンタリーに現れたチカーノたちはニュースクールなオーバーサイズのTシャツにキャップを被った連中だった。
 撮影クルーが参加を許されたチカーノの集会、薄ら暗い怖いところじゃなく、カフェ・ベローチェみたいな照明の明るいスペースで行われていたのが興味深い。そんなジジババが集まりそうな公民館的なオープンスペースでさっきまでスピーチをしていたリーダーが突然刺された。本当に人殺しをなんとも思ってない人たちの街なんだ。
 あと、ティファナに来た46歳になるチカーノ・ギャングが「盗んだ車を売ろうとこの街にきたんだけど、その車が盗まれちゃったよ」とインタビューに答えていたのがウケた。





8/18(月)驢馬@東高円寺二万電圧

THE BUTALIN+VWVW presents
奇病X -盆踊りだけがナツじゃない!!-
THE BUTALIN
VWVW
驢馬
黄金狂時代
はう
RUIN
DJ:Ian Martin
O18:00/S18:30
A1500/D2000



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2014年5月16日 (金)

ブルーズマンはグレイハウンドバスに乗りながら猟犬の夢を見るのか

 御無沙汰しておりました。NGです。元気にお過ごしですか。
前回、前々回の記事を更新してから、現実で会う沢山の方々に励ましていただいたり、いろんな感想やお声かけをいただいたにも関わらず、更新しなくなってしまい御免。

 特に落ち込んだりナーバスになっていたわけではなくて、ライブ続きで大忙しで更新をサボっていただけなのでご容赦ください。

本当は書くべきことが沢山あったのに。
サナトリウムのこととか、徳久ウィリアムとのこと、
驢馬の東北ツアーのこと、
秋田はアメリカの荒野みたいにワイルドで、十文字の車の中古販売所でライブして、女子高生が本気でモッシュしていたのを観て涙を流したり、
夜にzampanoで秋田市内の暗黒な雰囲気のバーで激怖ハードコアバンドの前座をしたりね。
青森の弘前で天井の高い映画館跡のライブハウスでリバーブが空間に吸い込まれていくのを観たり、城の桜を観ようとしたら散っていて、眼鏡が壊れたり。
岩手は盛岡で、秘密ロッカーの素晴らしい演奏と家族を観たり。とても親密な雰囲気のバーでファイナルの演奏をして。
そう、BAD ATTACKと秘密ロッカーと一緒にツアーを回ったんだけど感動させられっぱなしだった。非常にヒリヒリしたパンキッシュなツアーだった。
あと東北ツアーでNGTシャツが売れ行き好調だったんだが、東京に帰ってきてその話をしても誰も信じてくれないんだよ。


 帰ってきてから時間労働を八連勤して今日はまたツアーに出かける。今度はzampanoのふたりで、仙台と福島へ。
これでおれは東北は秋田、青森、岩手、宮城、福島と5県回ったわけなんだが、まだ山形にはツアーで行ってないんだ。山形には実は母の実家があるから行けばいいのになかなか機会がなかったんだね。まあ、これから。

驢馬のツアーみたいにレンタカーに6人(メンバー5人とスタッフで馨子が来てたんだよ)を寿司詰めにして楽器満載で行くわけじゃない。高速バスだから気楽なもんさ。
おれはギターのハードケースと言うやつが重たすぎてどうにもこうにも好きになれないんだけれど、バスの発着所でハードケースを持って待っているのは、ミシシッピからシカゴをグレイハウンドバスで廻ったデルタブルーズマンの気分に少しだけなれるから、格好つけるためだけにハードケースで来たんだ。ロバート・ジョンソンは死んでも悪霊になってグレイハウンドバスに乗ったんだよ。
そんなクソ暢気なこと考えていたら、相方のボーカルのアホ女が忘れ物をして発車時刻に遅れやがった。おれは車掌さんに乗車をキャンセルしてもらおうとしたんだけど、待ってくれると言う。高速バスって飛行機みたいに待ってもらえるんだな、知らなかったよ。

 そんなこんなで今夜は仙台でライブやるんだけどさ、明日は福島ね。
おいしんぼで鼻血が出たり、海原雄山がなんか言ったりしてる福島ね。ああいう表現、おれはイラッとくるけど、まあ特に反論するつもりはないんだ。
なんで福島に行くのか?とか放射能で死んでもいいのか?とか言われることもあるみたいなんだよ。わかんないよね。東京の小さい子供たちも鼻血だしたりしてるらしいよ。
ただおれはもう子どもじゃないし、ミュージシャンとかアーティストがある日突然死んだとしても天命だと思うし、それだけの器だったということで。
 日本に住む人々のそれぞれが放射能で差別しあう世の中が、きっとすぐに完成すると思うよ。で、所得の多い人は核シェルターみたいな家に住めばいいけど、そういうわけには行かない人は亡びてしまうのかもね。

 実は先月に第一原発の近くまで行ってきたんだ。津波で流されて無人に近い街だった。人っ子ひとりいない昼間の街というやつだ。それなのに、なぜだか建て売りの新興住宅地がたくさん建っていた。
そして原発に向かう道はガラガラに空いているんだけど、時折作業員らしき人たちを満載したバスが走っているんだ。対向車線には運転手しか乗っていない空っぽのバスが。びゅんびゅん走って帰っていく。作業員を原発までピストン輸送しているんだ。ゾッとしたよ。20km圏内には人間がいなくなって野生化した植物や動物があると噂で聞いて、観てみたかったんだけど、それはかなわなかった。黒い風呂敷みたいなものに包まれた土嚢が堆く積まれていて、あれは汚染された土だという。それが大量に道に放置されていた。アクションゲームで触ると命を1DOWNさせてしまうどくろ印のアイテムみたいだった。馬鹿げている。
 ひどく恐ろしいことが起きていて、大嘘つきがそれをゆがめた形で喧伝していることだけはわかった。他には何もわからないけど。

なんで行くのか?
おれは「がんばろう」なんて言うつもりはさらさらないし、復興支援もできないし、する気もない。むしろ福島の人に音楽や衣服を売りつけて自分の食い扶持を凌ごうとしている節操のない旅商人でしかない。

 ただただ、縁と運命の流れでそうなったとしか言いようがないんだ。zampanoの初めてのツアーで福島に誘われて、ReAcousticというカフェでもりさんや、今回のBLACK COMET CLUBのヒツジさんや、仙台のDUCK TETSUYAさんに出会って、zampanoにとって旅と音楽がどんなに大切な要素か、それが何を与えてくれるかを知ったんだ。
あの人たちとはまだ一度しか会ってないし、福島には今回が三度目だけれど、おれはもうあの人たちとあの人たちが暮らす街と、音楽を愛しているから、例え鼻血が出ても行くよ。
例え未来がどうなろうとそういう筋書きなんだよ。

だから鼻持ちならない金持ちたちや、怯えきっている母親たちや、未来ある子どもたちのとるべき行動とは矛盾しているかもしれないけど、そしてこれが後の世の中から振り返ったときに正しいことなのか?はわからないけれど、やっぱりzampanoは行きます。

日本中どこだって、われわれ自身の生きている生まれた場所が、既に何かの血で染められた過去のある罪深い愚かしい滅びかけた場所で、そのことを忘れないように。



p.s. 驢馬の新しいビデオができました。

驢馬-ロバ-/『昼下がり』MV:
http://t.co/Hmc0JpvFmx



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2013年11月27日 (水)

バベルの電車

11月24日日曜日。
 今日はひさしぶりに労働の記。

 NGは去年交差点のレストランが潰れてから今年の一月から新しく公園の側のレストランで働きはじめたのはご存知の通り。
 最初はカフェラテ作るのがいやでいやでしょうがなかった私だが今やラテが入っても鼻歌交じりでスチームできるくらいになり、ラテアートとしてはネコやハートなどのキッチュなポップアートに反旗を翻すべく、ミロ風やダリ風、ポロック風など、シュルレアリスムや表現主義によったラテアートを完成させてきた。
 カフェラテを画布としたラテアートにおいてもアバンギヤルドを尊ぶNGの好戦的な姿勢にグリーンバーグ先生も草葉の陰で涙を流しているに違いない。

 そんなNGも運命の流れにより夏頃からキッチンに入った。
 キッチンではNGのアバンギヤルドもサラダにドレッシングをポロック風にシュバ!シュバ!!とドリッピングするしかないのか?!危機的NG!と思われたが、もっと地味で深刻な危機がNGを待っていた。それは仕込み地獄というもの。なんだそれ?仕込み刀みたいなものか?江戸時代か????

 仕込み地獄とは料理の仕込み作業が無限にあって終わらないことに候。

 今までホールであったからお客さんがいなくなればすぐ終わったような時間労働が、お客さんが帰ってからが本番!!仕込みが山ほどある!という状態に陥った!!!

そして運命はNGをあざ笑うがごとく、店の経営を翻弄していく。

辞めていくスタッフ、スタッフ、スタッフ。まだ一年もみたぬうちに古株?みたいな謎の雰囲気。いや、そんなことはない、認めたくはない。

そんな店のスタッフたちを嘲笑うように移ろいゆく街の景色。
いつしか秋になり、K祥寺の街には無印良品中央線女子的雰囲気を圧倒する風が吹き始めた。


その傾向は西からきたという。

もともとH王子、T川では古くからやくざが根付いていたという話は聞いたことがあった。そもそもは江戸から延びる街道沿いに発展した町。
H王子ほどの近からず、遠すぎない田舎では却ってお上の目が行き届かず、農作物の献上をちょろまかした農民たちが、山一つ隔てた賭場でギャンブルに入れ込んだという。その頃の賭場を仕切っていた極道ものたちが、今のいわゆる「西東京」に生息するヤンキーDQN文化の始祖と言えるかもしれない。

西のDQNたちは、東京なのに田舎という地の利を生かし、大きなクラブやイベント、大きな道路の暴走、福生・立川の米軍基地との軋轢からくる謎の西海岸文化などを飲み込んで爆発的に成長してきた。

さらに大きかったのはオタクカルチャーとの融合だった。B-boy文化とオタクの結合は菊地成孔が論じたカニエ・ウェストの論考に詳しい。日本においてそれが起こった土地がなんと立川だった。

オタクと、B-boy≒DQNが出会うことでどのような文化やソフトが生まれるのか?をここで論じるほどの紙幅がないのが悔やまれる。(このテーマについては私より適切な研究者が現れて論じることだろう)

結果として起こったのは、圧倒的な消費絶対数の増加だった。
オタクが買う、コンプリートするという購買意欲と、DQNのよく働き経済を牽引する購買力が結合したのだった。

新たなバビロン、T川が誕生した。


K祥寺にとっての大誤算は映画館だったに違いない。

K祥寺は都下にあって単館系のロードショーを上映する希有な映画館や、駅前に近い映画館を持ち、かつては中央線都下の民は吉祥寺に行かなければ映画をみれないようななんちうか雰囲気があった。

しかしT川バビロンに巨大なシネマコンプレックスが二つもできたことで、人々の足はそちらに向いてしまった。そこには巨大なショッピング施設も併設されている。

これで映画を見たDQN家族がバビロンでショッピングする流れが確立されてしまったのである。





 
、、、という謎の書き付けがデータに残っていたのでとりあえずあっぷします



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2013年11月24日 (日)

フリーターに変態しただけ

目の前にいる人が今、目の前でバキバキ音を立てて成長してゆく。

これはどうしたことだろう。
おれは今まで学生生活が長かったから、若い人と関わることが多かった。
だから成長の過程を見ることが多かった。人の成長を見ることは馴れていると思いこんでいた。

でもそれは違った。

20歳前後のガクセイモドキ(そういう生態の生き物がいるんだ)が成長するのは成長というか、虫で言うところの変態に近くて、蛹が羽化して蝶になったりするのに近い、かなり形態的に「見える」変化だから成長のようにとらえられがちなんだ、だけど、あれは形態的変化であって成長とはまた違う。先天的にプログラムされている変態。

「成長」とは樹木が伸びていくように日々の変化としては目に見えづらい。それでも確かに伸びてゆくこと。それは上へだけ伸びていくことでもない。

地下の闇に足を踏み入れ、複雑に根を張って、それでいてなお虚空に手を伸ばし続けていなくてはできないことだ。


文明人間の社会生活においての詩人たちの想像力は、葉のない枝が寒々と生えている完全な不毛の荒野だと思われているがそれは違う。
現実の世界(地上)に根を伸ばし、地下(想像力の世界)に葉を青々と生い茂らせる倒錯の森なのだ。

だからおれたちが目の当たりにしている荒涼は、荒涼ではなく、すべてが根なのであって、倒錯した森の中にいる。本当の実りは地下の想像力の中にある。

サリンジャーの引用だけど。


人の成長とは何かということを目の当たりにしていて、おれは置いてきぼりを食らいそうな気分になっている。

おれも毎日、闇に踏み込み、虚空に手を伸ばし続けなければ、

人知れず叡智を極めた巨木に伸びてゆきたい気持ちではあるが、

まだガクセイモドキからフリーターに変態しただけの弱虫だった。


(弱虫とはすごい言葉だな、弱い虫、ジャクチュウ)

  


 
八月の残党という曲を驢馬がYouTubeに発表したよ。

https://t.co/M3O1XDhI7t

メンバー間では通称「フリーター」と呼ばれている曲。

大坪の歌詞をホームページに載せてあるので読んでほしい。

http://the-lova.tumblr.com/tagged/lyric






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2013年9月26日 (木)

10/2独露10!グッドオールドたまり毒とバロック・テラりウム、ネオ・ディーバ系女子

近々のライブについて。

来週水曜日は

 

独露Ⅹ!!!!!!!!!!
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10/2(水) NG企画「独露」第10回@吉祥寺fourthfloor

 

出演者 NG / 山下健太(鼻ホームランの森) / ハナカタマサキ / じゅんじゅん(電氣ブラン)

open19:00/start19:30
adv¥1500/door ¥2000

吉祥寺fourthfloor
http://fourthfloor.jp/
東京都武蔵野市吉祥寺南町1-5-5 炭屋 ビル4F 0422-46-2106

遂に迎えました第10回!とはいえまだ第9回の対談の文字起こしが終わってないのに10回がすぐそこまで迫っています。

 

 

こりゃあ困った!

よし、出演者紹介します。

 

山下健太!!!  from 鼻ホームランの森!!

http://hanahonoforest.digiweb.jp/

先日鼻ホームランの森の企画を観に行って来たことは前の記事に書きました。

 

山下さんとは間接的な知り合いではあったんだけど、ちゃんと話したのは先々月の二万電圧のNGソロライブのとき対バンした時でした。

 

鼻ホームランの森がひとり(多分、3,4年前だったかな???)だったころから何回か観てますが、前の印象がすべて吹き飛ぶくらいこの人の音楽が好きになっていたNGであった。

支離滅裂な街だな

すごくいい、グッドオールドミュージックにたんまり毒とスィートがしこんであって結果美味しいという。素晴らしい芸術家です。

 

ハナカタマサキ!!!!

http://masakihanakata.com/

NGのハナカタさんの第一印象は「アブナイひと」でした。ごめんなさいハナカタさん、、、

宅録でこういう音世界を築いてるんだけど、ソロはまたこの色彩感とはちがう感じなのですが、、、

あ、こっちの曲の方が好きだな。

こういう、なんていうかバロック的な音使いと異常展開のある音楽を一人でやってる方。

 

箱庭療法的なミクロ世界観が観えてゾゾッとするのはおれだけかな?いや、みんなに聴いてほしい。ボトルテラリウム的ソロミュージシャン。

 

めちゃくちゃにギターが上手いんだけど、曲が劇ポップでよいのだけど、

問題はそこじゃなくて、、、「あっ!この人アブナイ!」とNGは思いました。失礼なNGだな。

大変魅惑的です。生で聴いてほしい。

山下建太a.k.a.鼻ホさんや、ハナカタさんを呼ぶともはやギターが上手いとか、曲が良いとかいうことは問題じゃなくなって、

いち人間が狂気とどう対峙するか、それを観ることになるとおもいます。多分ね

 

じゅんじゅん(電氣ブラン)!!!!!!

http://78.xmbs.jp/jun95/

http://10.mbsp.jp/denkiburan/

 じゅんじゅんは中田くんの紹介で出会って、前にNGとしんいちのラリパッパーな企画のときにzampanoで電氣ブランと対バンしました。

 

じゅんじゅんは上に書いたようなアブナイ男たちとはまた違って(失礼)、おれの知る限りは旨そうに酒を飲む健全な女性なのだけど、とにかくひたすら歌がナイスです。

 

でもおれが知らないだけでアブナイやつかもよ(雑)

 

じゅんじゅんは馨子と同世代で、そこら辺の同世代組だと、怪奇奇形オルタナ女吉田笙子もそうである。

馨子、じゅんじゅん、吉田笙子ら辺(ら辺と言ってもその3人しかいないが)をおれは

「ネオディーバ」という超ダサい単語で雑に括ってみてみた(雑すぎてゴメン)

ネオディーバの特徴は

○古いロックなどに異様に詳しい

○浅川マキ、カルメンマキなど「マキ系」な雰囲気かと思いきや、本人はそんなに聞いてない。

○意外と2000年以降のロックシーンをばっちり聞いているが、本人たちの音楽からその形跡がない。

○歌が上手い。何故か歌謡曲調。

というような感じだよ。ネオディーバというより「ネオ・マキ」と言った方がわかりやすかったかもしれん。

だからなんやねん!という声が聞こえてきそうで困るな。

最近このブログのコメント欄が盛り上がってきとるから。

もし疑問に思ったり感動したりすることがあったら、そこの君、君だよ。君もコメント書きたまえよ。

とにかくおれはじゅんじゅんと一緒に飲みながら病的にポップな感じ(あ、言っちゃった)になりそうな独露第10回を楽しもうと思います。 

 

あ、NGは紹介もユーチューブもありませんよ、ごめんなさいね

絶対見に来てください!

p.s.

最近のソロライブではこういうギターインストの演奏を再開しました。

https://myspace.com/ngvanvan

https://myspace.com/ngvanvan/music/song/earth-in-forgetful-snow-feeding-77527235-85431994

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2013年9月14日 (土)

若冲

9/3火曜日。朝方福島の漫画喫茶で目を覚ました。
 隣のブースからJETヒロシの寝息が聞こえた。隣の隣のブースの馨子は、もう起きていた。
 JETヒロシ、福島に来るまで四連続ライブの上に徹夜で来たという。起こさずに置き手紙をして去ることにした。

後でJETからの返事の手紙もらった。

20130917154959048.png


 今日は帰るだけ。帰りも鈍行です。
 伊藤若沖を観に福島美術館へ。zampano、今度9/19にタワーレコードインストアライブのときに配布するZINEに載せる原稿の締め切りが迫っていた、というか少し過ぎていたが、まあ、ね。
 若沖を観て想像力を刺激しようと思ったのだ。

ncm_0390.jpg

 若沖、凄まじかった。客、爺婆ばかりだった。若沖、画集などでは観たことあったけどホンモノは初めてだったかもしれない。

若沖観てて思った。自分の作りたいもの、こと、例えば音楽、絵、文章など、自分の作りたいものを常に出すためには、常にボキャブラリーを鍛えて増やしていなければならない、と思った。
 
 なぜか、今、文章や絵が描けない。どうしてだか、それは自分の文章のボキャブラリーの衰退、絵筆の描くストロークがぎこちなく、技術のパターンがなくなっているから、かもしれない。

書きたいもの、描きたいものはある。だが、自分のボキャブラリーが衰退していることで、自分の求めているものにアクセスするのに時間がかかってしまう。そして単純な、均一なものに落とし込んでいってしまうのかも。

 若沖には無限のボキャブラリーを感じた。そして己のすべての技術を未だ観たことのないイメージに奉仕させる。

こんな言い方で合ってるのかな、乱暴な言い方ですが。

 


 

東京へ帰る。
 夕刻になってしまったので、各駅停車の旅は多くの乗客たちとともにゆっくり進んでいった。通勤、通学の人々。方言が飛び交う。

ある駅、郡山だったか。中学生くらいの大群が乗ってきた。坊主頭の大群。強烈だ。群れないでもう少しバラバラに行動してくれ、と思う。でも彼らは彼らの生態系に従っているだけなのだ。

馨子が聞いた話によると、ある男子学生の好いている女子学生が同じ車内に同乗していたらしく、周囲は喧々囂々の大騒ぎだったらしい。

強烈だ。こんなとき、スゴいとヤバいとかしか言えんなあ

多くのお客さんが乗ったり降りたりして各駅停車のツアーは終わりに近づいていった。

黒磯から上野は意外と乗客も少なく、座って行くことができた。
馨子は座るなり眠ってしまった。

鈍行だから、演奏旅行という非日常と普段の日常のグラデーションが、とてつもなく緩やかなカーブを描いてゆっくりゆっくり変化してゆく。
 それがよかった。
 各駅停車の演奏旅行はzampanoには向いているかもしれない。2人だけだし。移動費安いので気軽に出れる。(東京~仙台の往復で4500円、三日間トータルの移動費は6000円弱だった)

zampano、ようやく道に出たってかんじだ。
もう、はやく次の旅に出たくなっていた。

でもすぐ、出る。次は月末に驢馬、狂気と一緒に行く秋田。

波乱の旅の予感。

 

 

 

 
 



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