カテゴリー「JD's style」の記事

2011年12月31日 (土)

Jack swings 'round midnight

今年いっぱいで友人のOがジャックのバーテンをやめることになった。

ジャックっていうのは(何度かこのブログにも書いたけどジャックの記事 )、浅草は蔵前のバー。地下鉄の出口を出てすぐ隣の重たい木の扉のバーだ。

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木の扉の横にはジャックダニエルのボトルが壁に描かれている。
本当は店の名前があるのだけど、常連のお客さんたちはみんな「ジャック」とだけ呼んでいる。

友人Oがバーテンとして働いていて、彼の計らいでおれの絵や版画を店内に展示していた。
遊び場を手に入れたガキみたいに調子に乗ったおれたちは、店の音響システムを入れ替えてレコードが聴けるようにターンテーブルを置いた。
簡単なPA装置も置いて、マイクやギターアンプを使えるようにした。

そうやってジャックは、終始暗黒な音楽がかかっていて、絵が展示されている、時たまライブをやるバーに変わったのだった。

店の雰囲気が変わっても、浅草ならではの気が短い(?)お客さんの雰囲気は変わらず、様々な音楽や絵が並ぶ中でジャックの常連さんたちは大いに飲み、嗤い、語り、騒いでいたものだ。

おれは展示の斡旋やライブのブッキング、時おりDJもやって、ギターの演奏を披露するため足繁くジャックに通った。

ジャックで展示をやったのは
イヤマリ、奥村、馨子、
ライブ演奏としては
カワラサキサトシ、ゲンロウタ、イヤマリ、新田、奥村、川合、馨子、福井、オガ、ナナなどがいる。

大部分はおれの大学の関連で手伝いをお願いした人たちである。この場でお礼を言います。ありがとうございました。

おれはOとともにジャックの店内のトータルコーディネートをしてたわけだけども、本当に楽しく続けられたのは忌憚なく本音の意見をぶつけてくれたお客さんたち、常連さんたちの生の声が聞けたからだと思っている。

常連さんたちは本当によくしてくれてありがたかった。

でも困った一見さんにもたくさん出会った。
 
パンチパーマの怖い社長さんに凄まれたり、じいさん2人がばあさんをめぐって修羅場喧嘩を繰り広げたり(グラスがわれまくったなあ)、セクハラしまくった親父が食い逃げしようとしやがったり、ウィスキーをストレートで何杯も一気しながら演奏したり(これはわりと毎回要求された)、まあ、なんというか貴重な体験ができた。

ジャックで色んな人たちと知り合ったおかげで、横浜のホテルの演奏仕事をもらったり、花火大会でも演奏したり、いろんな依頼を受けた。

今年は演奏の仕事を通して色んなことを考えさせられた。
とはいえ何を考えていたかあんまり覚えていない。
 
ただ、古いジャズやブルースはこういう騒がしい酒場で主張するためにもパワフルな表現を獲得したのかな、とか考えたように思う。

酒場で酒浸りギタリストの気もちょっとあったが、そんなカッコいいものではなく、淡々と演奏して、淡々と呑んでいた。
力技ではなくて演奏の上で自分をオーバードライブさせる術もわかってきた。

ときどき、オーバードライブさせすぎて4ステージ終わって酒をガバガバ呑んでも物足らないときもあったな

あんまりコントロールできていないのだ。

このブログで少しずつ報告してきた友人Oとジャックの話はこれで一旦終わる。
Oとはまた新たな店舗計画を立てていて、うまくいったら報告できると思う。

おれと、なによりもO…太田一希が悪乗りして創った「ジャック」を楽しんでくれたお客さんたちと画家たち、ミュージシャンたち、そしてバーテンダーとタップダンスするバーテンドレスに最大限の賛辞をおくりたい。

ありがとうございました。

Photo

 ジャックでよくかけていた曲↓

  NG select JACK MIX after dark until 1960s (Barbaroi MIXed 014 by NGBarbaroi
↑おれがジャックのためにミックスした音源。

 

  The Devil's Music 2 by Frankie Sumatra
↑この人のミックスはジャックでメチャ受けました。



ジャックでよくかけていた音楽のユーチューブミックス。

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2011年12月15日 (木)

タップダンスとギターの即興

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 月曜にタップダンスとギターの即興ライブをやりました。蔵前ジャックにて。

ナナさんというジャックで働いてたバーテンドレス(女性のバーテンはバーテンドレスていうらしい。昨今の男女平等的wackな呼び方ならバーテンパーソンかな?)と、NGの必殺ItariaMondrialCrassicちう変態エレキギターでのインプロヴィゼーション。

 ナナさん(tap)とは浅草Kurawoodジャック7周年ライブでも福井(per)とナベさん(upright bass)とNG(gt)でセッションいたした
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left→right  NG(gt), 鍋さん(ba), ナナ(tap), 福井(per) @浅草Kurawood

 バーテンドレス・ナナさんは11月でジャックをご卒業なすったので、月曜にやったライブはジャック引退記念セッションでした。
(バーテンドレスがバーテン辞めたらドレスになるのかな??)

 ジャックでやると大体1stセットから波乱万丈のライブになるのだが、
 この日もなんつうか、お客さんの感想が凄まじく(ここには書きますまい)、一時はどうなるかと思ったが、まあなんとか2ndステージでは納得というか満足していただけたようだ。1stを観ていただいたお客さまがたには申しわけないが、まあそうなっちゃったんだからしょうがない。なるようにしかならんのであった。

 とにかく私としてはタップダンスの勉強が足らないと思った。
まず第一にタップダンスがどういう音楽を使って踊るかを知らない私であった。
浅草Kurawoodでのジャック7周年ライブの時はまあワカラナイなりに音楽勢を固めていったのだが、もはやタップとやる二回目のライブだとゆうのにノホホンとして自分のフリーインプロギターの練習しか用意してなかったけんねえ、そらあかんわ

なのでたまにはちいと反省してタップダンスのことを色々調べてみた。

吾輩NGの根本発想として、
「古典以外に参照すべきものはない、新しくなればなるほどよくない、古典を作りだした人の発想にその後の発展の総てが内包されている」
という偏見があるので、とにかく古典を調べてみた。







 

はい。これはジャズですね。

しかも私が最近聴き漁っているスウィングジャズでござるな。

なんだあ。

よくよく考えてみればマイルス・デイヴィスの自伝にも
「ハーレムでタップが流行っていて、フレッドアステアより上手いようなタップダンサーが路地裏でコカインやりながらタップダンス勝負してた」とかいうような内容のエピソードが出てきたのを思い出した。

 ジャックでタップとセッションしていたときも結局はジャズ的な語彙に落ち着いちゃたのであったが、あながち外れでもなかったようだ。(しかし気付くのが今さらすぎるな)

 ならばジャズから派生したフリー・ジャズやインプロをタップと掛け合わせるのもごくごく自然な流れな気がしてきた。

というかスウィングをベースにして超illかつダーティなスウィングから無調ソロとかとりながらタップもフリーテンポにしていったら面白そう。

とか思ってたらそんな雰囲気のバンド見つけた(無調にはならんけど)


 

思いついたことはたいてい誰かがやってる夜の中ではあるなあ。(まあ吾輩のアイデアの凡庸ゆえよ)
ヴォーカルがタップやってそうな雰囲気だけど気のせいかな???

しかしこのニュアンスをよりインプロヴァイズしてダンスとやったら面白い気がする。

でも我々のライブは既に終わった後なのであった

なんという怠慢!堕落!NG!!

今度試してみよっと。

 

せっかくだからkurawood ライブの時の写真もうちょい上げます

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ナナさんと、なにか敬虔な雰囲気の福井くん。福井君はパーカッションが上手いのだ

 

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この写真好きだなあ。鍋さん。黙ってるとかっこいい。(ていうかこのバンドの男三人は普段いらんこと喋りすぎな気がした。黙って演奏してればよかった。)
 

(撮影は小澤さん。ありがとうございます)

 

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2011年10月28日 (金)

夜の音楽

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10/29土曜日に企画ライブをやる。
今回の企画は蔵前にあるバー、ジャックの七周年ライブ。
ブログを読み返してみてわかったのだけど、このブログの中で「ジャック」のことはライブ告知以外はほとんど書いてなかった。
今回はジャックの七周年企画ライブの直前だし、ジャックという店との関わりを書ける範囲で書いてみようと思う。

ことの発端はOという男との出会いから始まる。(いきなり本名伏せた意味はあんまり無いのだけど、こういう再発見手記風スタイルで行く。)

 Oとは、私が長年アルバイトしている神保町のイタリアンレストランで出会った。
彼は詩や小説を書いているらしく、音楽に詳しかった。
その頃私はHapworthというバンドをやっていて、Oがライブを観に来てくれたことがある。
ライブが終わった後、Oに言われた言葉は
「要するに夜の音楽がやりたいわけでしょ。
 でも君の音楽はまだ夕方だ。」
と言われた。

 この言葉は永いあいだ私の頭をまとわりついて離れなかった。

 Hapworthをやっていた頃、音楽性に関することや私の歌について感想を言われたことは多かったが(音楽の専門性の高い友人の多い悪癖で、専門性が高い批判ばかりをされがちなのだ)、
全体の雰囲気やニュアンスに対する率直な意見を言われ慣れていなかったこともある。

 別にことさら夜の音楽を指向していたわけではないが、確かに私の好きな音楽は所謂「夜の音楽」だ。その中途半端な憧れの発露が、O曰わく「夕方」という表現だったのだろう。

そしてよくよく考えてみると、私は二十歳を過ぎてから、絵画と音楽にしか関わってこなかった。
 夜の音楽を聴きながらも、実際の夜の世界や、夜の音楽を必要とする人たちのことをほとんど何も知らなかったのである。

 その後、バンドのことで行き詰まった私はOに連れられて飲み歩くことになる。
 バンドマンは自分たち以外の世界に疎い。(少なくとも私はそうだ。)現在のライブハウスの多くは隔離された空間なのだ。
 
 Oは飲み仲間が尋常じゃなく多い。私はいろんな業種の人と飲み、語らうことになった。

 Oと親しくなって暫くしてから私は彼から文学賞に応募する詩の選出を頼まれたのだった。
 正直に言うと変な日本語の詩だった。
 Oが言うには、これらの詩はどうやら自分の作曲した歌の歌詞らしい。Oは長いことひっそりとバンドをやっていたという。
Oがやっているバンドが一体どんなバンドなのか、彼は一体どんな音楽を創るのか興味を持った私は、Oのバンドのスタジオ練習にセッションしに行った。
 Oがやっていたバンドというのが「le mot(ルモ)」である。
 
 その後、Oに依頼されて様々な場所でライブをやることになる。
 隅田川花火大会での野外演奏や、夏やっていた関内のホテルのライブなどもOが斡旋してくれた演奏だった。
 
話は前後するが、Oはジャックでバーテンとして働くことになる。
ジャックはもともとOが常連客として通っていたバーなのだが、まわりまわってOが働くことになったのだった。
 図らずも店という空間を任されてしまったOは、私に店に飾る絵と、店でかける音楽、そしてライブ演奏を依頼した。

 そうして私の浅草(蔵前)通いが始まった。
最初は私の版画を展示し、美大の後輩たちの絵を推薦して展示した。
ターンテーブルやミキサー、パワーアンプを一新して、レコードを持ち込んだ。
そして私のミュージシャン仲間を紹介して一緒にライブをやった。酔客の前で、或いはガラガラの夜もあったし、一晩に4、5ステージ要求されることも屡々だった。

Oと私が追求したのは夜の音楽である。Oは久しく出会っていなかった「レコードを掘る友人」となった。
Oと私は競うようにして真っ黒い壁にJack Daniel'sとしか書かれていない空間に合うような、恥ずかしがらずに言えば、闇夜のような音楽の詰まったレコードを探した。
 
 夜の音楽探しは、当然のようにトム・ウェイツからはじまり、ラウンジ・リザーズからAECやセロニアス・モンクに飛び火し、プッシーガロアやPiLも勿論かかり、ジョー・ヘンリーに歓喜した後は、キャブ・キャロウェイなど戦前のジャイブにも波及した。

夜の音楽とは何か?
それはもう半ばどうでもよくなってもいるのだが、ただ深夜過ぎてまだ酔い客の帰らないバーでは確かに必要とされている音楽がある。
ジョー・ヘンリーが店でかかって、客の誰もが黙る瞬間を何度か目にした。
郷愁とは違う、圧倒的な音楽の次元で人間に語りかけるもの。
 
 
 

そして、今週末のジャック七周年記念ライブの企画が持ち上がった。
出演者の選定はジャックらしく、私とOが一緒に呑んだミュージシャンから先に決めていった。
だからというか、ジャックで多くの演奏をともにしたサトシさんやイヤマリ、馨子は出演依頼し損ねてしまった。(なんというかスマン)
 
私は驢馬、Oはle motで出演する。
 
 驢馬もle motも私やOが考える理想の「夜の音楽」にはまだなっていないように思うし、それとは少し方向が違うようにも思う。
ただ、Oの斡旋で酒に関わる色んな場所で演奏することになった私と、毎晩ジャックダニエルを客に出しているOの二人の、夜だろうが昼だろうがどうでもいいような現在の姿をひとつの形で表現したかった。
とにかく奇妙な経緯で夜に踏み入れた人たちの集まりではある。

博打もしたかった。一晩箱を借り切って勝負をしてみる。

とにかく今現在私が聴きたい音楽が鳴りまくるので楽しみだ。29日。

 









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2011年9月 8日 (木)

夏の思ひで

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(隅田川花火大会にて。バーJD’sStyleの前で野外演奏。左から新田、NG、オガ やすこ撮影thanxx!)

 例によってご無沙汰してしまいました。NGです。みなさん元気でしたか。。

今年の夏はがんばってたくさんライブやってました。

すごくいまさらですが、八月のライブ公演記録を載せます。

今年の8月が今まで音楽活動してきて一番たくさんライブやりました。

だからどうってわけじゃないけど、記録としてこのブログに残しときます。

ここから色々とはじまるといいよね。そうなると嬉しい。次に繋がるためのライブをやってきたつもりではあります。

とかいって毎回我を忘れて楽しんで演奏して、そのまま酒を飲み続けていたので、八月の記憶はもう忘れそうでもあります。

ライブ観に来てくれた人はこれ観て思い出したり (無茶だな)

観てない人はこれ観て想像したり (それも無茶だ)

もう夏の思ひ出ですよ。

こんなん思ひ出とか言えないくらいのレベルのミュージシャンにはやくなりたい。

 

8/5(金) 驢馬 @東高円寺 二万電圧(feat.福井遥介on guitar)

8(月) 驢馬 @浅草 Kurawood(feat.山口"頁"裕也on guitar)

9(火) 驢馬 @下北沢 three(feat.福井遥介on guitar)

10(水) イヤマリvo,馨子vo,NGgt @関内ワシントンホテル 夜景の見えるビアホール

17(水) イヤマリvo,福井vo/gt/per,新田ba/per,NGgt @関内 夜景~

20(土) 驢馬 @西荻窪 w.jaz 
    企画「あの夏、いちばん静かな密林。」(福井遥介驢馬脱退ライブ)

24(水) 福井gt/vo,NGgt @関内夜景~

27(土) イヤマリvo,馨子vo,NGgt,新田ba,オガper,福井gt/vo @隅田川花火大会

28(日) NG(guitar solo) @荻窪ちゃぶ久「沖縄day」

31(水) 馨子vo,福井gt,NGgt @関内 夜景~

 
 

 こうやってみると八月は福井遥介と7回もライブやったんやね。

彼はマジに凄腕のギタリストだけど驢馬から抜けちゃったのでした。

(壺/壱のクラシック「昼下がり」驢馬ヴァージョン!!)

まあきっとそのうちに彼のギターがライブハウスで聴ける日がまた来ると思うよ。
 福井の生前最後の録音も発売してます

Photo

驢馬 1stCD-R「Damn Right, that's the Truth」4曲入り¥500-
 
 ライブ会場で販売中どす

ヤマミドリネコのジャケットデザイン。レコーディングはNGと福井でミキシングしました。
イヤマリも2曲目にゲストで16小節ほど歌ってます。 

 

あと隅田川花火大会は今年も楽しかった。オガ(from一萬P)と二年ぶりくらいに再会した。

 

まあそんなこんなだよ!!

NG的には
一番よかったライブは20日の企画密林のときの驢馬かな

いちばん危険だったライブは28日のちゃぶ沖縄デーライブが危険だたな
ひさしぶりのギターソロであった。
でも、いちばん危険だったけどいちばんヒントが多くて今後に生かせそうなライブでした。

八月のライブは楽屋裏で本当にいろいろ大変なことが多かったのだけど、
福井には本当にたくさん手伝ってもらった。ありがとう!

NGからMVPあげる!!

でもそうすると馨子やイヤマリや新田やひいては壺くんや頁にもMVPを贈呈すべきな気がするので、
 
 
MVPはNGがもらいます!
 
ありがとうございました!!!!!

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2011年7月 6日 (水)

タフな状況 going on

 6月からタフな状況が続いている。
しこたま酔われたお客様を相手にうまく立ち回りつつも演奏する。
 
立ち回れてるかどうか微妙なところだけど。
 

20世紀初頭の音楽は、深夜のアルコールに沈滞した吐瀉物のような場所から生まれてきたのかなと想像する。
アルコールや吐瀉物を超えた、もっともっと奥の奥に、蒸留されたような濃度の高い空気があって、そこでは日常の価値という価値がひっくり返る。
価値が転倒した世界では、愚か者が賢者に教え、貧乏人が富豪のように振る舞う。

近代以降に生まれた、アルコールが樽いっぱいにある(かのように見える)社会、
過剰供給とその過剰供給に見合わない苦痛を強いる世界に憤りながら、樽いっぱいのアルコールを飲み干す人々。
彼らの無数の智顕の一滴が大衆音楽を造り出した。
 
んじゃないかな
 

アルゼンチンタンゴの巨匠アストル・ピアソラの曲に
「ブエノス・アイレス午前零時」
という曲がある。
ブエノス・アイレスでは午前零時を超えたあたりから狂騒が始まり、タンゴの演奏も佳境を迎えるらしい。
 
クラブもそうだしそりゃそうだよね
 
以前、通っていたブルースセッションもそうだった。
 
今は夜中なのか?
今、何飯食ったかわからない毎日。
 
遠くまで来たのか、近くでうろうろしているかわからないし、
過去も未来もぐちゃぐちゃな演奏をしているけれど、
なんとか泳ぎきりたい。
ここから先も知らない場所と時間だ。

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