« 密漁 / スペースデブりな朧月 | トップページ | 誰もいないドッグラン »

2016年5月21日 (土)

友情

「どうした?浮かない顔をしているけど。」
 
「ああ」
 
「昨晩は結局どうなったんだい?」
 
「それは今は言えないんだけどさ」
 
「まあいいけど。笑えるね。まだ夏が来たわけじゃないのにそんな憂鬱な顔をしているのは。」
 
「おれはいいと思うんだよ。だけどお互いの状況が違いすぎる。社会的な格差さえも感じるよ。それでもそれを乗り越えるのは…」
 
「言うまでもないさ。未来がないんだ。」
 
「そりゃあないさ。未来どころか現在だって時間さえも信じていないからね」
 
「君のことをモチーフにして、動物が人間に恋をする物語を書こうとしたことがあったよ。くだらなすぎてやめた。だけどまた君は性懲りもなく恋をしているんだ。笑えるな」

「仰る通りだ」
 
「ああ、隣のお店の娘だろ。彼女は普通の娘さ。君はいつも自分のことを度外視して普通の娘を好きになるな。前の相手もそうだった。君のやってることを寧ろ嫌っているくらいだったからな。
だが、今はもっと悪い。彼女は憧れているんだ。この、クソみたいなヘドの出る世界に。憧れは一番危険さ。己の身を滅ぼす、それこそ未来のない動機だ」
  
「悪くはないはずだ。おれたちみたいにドブさらいのようなことをして泥濘の中で何かを掴む仕事もある。
あの娘のやっていることはそこで掴まえた鉱脈の原石をきれいに輝かせて世間の普通の人にまで伝える仕事だ。そういう人がいなかったら、おれたちのドブさらいも知られることなく打ち棄てられて終わるだろう。」
 
「くだらないね。ドブさらいを知らせなければ知らないような半端な生き方をしているような人間には、一生知られなくたっていいんだ。問題にもならないよ」
 
「君はいつだってそうだな。」
 
「いいか?おれたちの生きているのは憧れなんかじゃない。現実なんだ。
そしておれたちのやっていることは誰に求められることのない形而上的なドブさらいだ。ビジネスじゃないんだ。」
 
「そんなことはわかりきっている。いつもおれたちは無謀なことをやって虚無への供物を捧げているんだからな」
 
「いや、まだわかっていない。あの娘は店をやっているだろう?お客さんが来て時間を過ごして何かを得て帰っていく。それは広義では、いいことなんじゃないか?
だが、おれのやっているこの場所は店なんかじゃない。店をやる気なんかハナからないんだよ。
看板も無いし、メニューもないどころか、この場所が一体何のためにあって何をする場所なのか?みんな愚かすぎて気づいていないんだ。バー?ふざけるなよ。こんなバーがあるか?こんなふざけたバーが。誰もがここを店だと思って勘違いして酒を飲んで金を払っていく。滑稽だと思うよ。」
 
「そうだな。強いて言うなら、この店は人間の愚かさを額縁に入れて見れるように展示している四次元の絵だからな」
 
「彼女のやっていることはそういうことじゃない。店さ。この周りの土地にはくだらないお洒落な店がたくさんあるだろ?くだらない祭りや、くだらないしきたりと、そこから脱したと思ってオシャレな形骸的な店をやっているガキどもだ。オッサンのようなガキだな、おれから言わせれば。地元のジジイババアどもの二世三世のな。あの娘は確かによくやっている。店として。
だがおれたちのやっていることは店じゃないんだ。嘲笑さ。人間どもを吊し上げているんだよ。この土地に棲むジジイババアどものクソみたいな店をおれは全部潰したい。問題にもならないやつばかりだけどな。やり口が違うんだ。」
 
「そんなに言うなよ。」
 
「わかっていないようだな。君は綺麗事が好きなんだ。いつもそうだ。しかし本性はおれの考えと大して変わらない。周りの仲間を観てみろよ。君の仲間は悪意のある人間ばかりじゃないか。」
 
「わかっている。そんなことはわかってるよ。確かに悪意の塊ばかりが仲間で、おれは悪意を愛している。でもそれだけじゃないと思う。なにかがあるんだ。悪意は美しい。人間は愚かだ。その狭間に苦しみがあって、何かがある。それをつかみたいんだ。あの娘のやっていることはおれたちのやり口じゃない。だからこそおれはその狭間に秘密があると思っている」
 
「君の得意分野だな。希望的観測と絶望視の狭間でドブさらいをするのは。気がすむまでやってみたらいいさ。ちょうど面白い事件がなくて退屈していたところだ。」
 
最後に彼は
「ほら、苦い恋の味がする珈琲があるよ。飲めよ」

と言われた。

とても苦い恋の味がした。

「苦い。とても苦いよ。それでもおれは好きなんだ」

くっ、と言って彼は笑った。

「綺麗事のほうが、受けるんだろうな」
 

そして「これでも読んだほうがいい」と言って、武者小路実篤の「友情」という小説を貸してくれた。

「純情な恋とは何かを教えてくれるぜ」

 


 
(※この物語はフィクションです。実際の人物・団体とは一切関係ありません)

|

« 密漁 / スペースデブりな朧月 | トップページ | 誰もいないドッグラン »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/187985/65607956

この記事へのトラックバック一覧です: 友情:

« 密漁 / スペースデブりな朧月 | トップページ | 誰もいないドッグラン »