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2016年4月13日 (水)

ゴリラはアローン、でも君は独りじゃない / OMJQ at 仙台

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 毎日が過ぎて行くなかで旅で経験した出来事は、少しずつ風化していってしまう。
その中でも自分の中に堆積して残る記憶は、別に格段どうといったことない些末なことばかりだ。

 仙台二日目の朝は、東京からOMJQのメンバーが来ることになっていた。朝六時頃に到着の高速バスで、おれは前の晩に朝五時まで飲んでいたから、そのまま迎えに行けばいいものを気がついたら眠ってしまっていた。目を覚ますと沢山着信が入っている。昼に駅で集合しようという連絡だった。

 八時半だ。腹が減っていた。ユースホステルに宿泊して、節約のために朝飯はカットしたから食堂はあるが何も出てこない。
着替えて近くにある西友に行った。仙台に来てまでも西友に行かなくてもいいだろう、と思うかもしれない。が、おれの今住んでる家の近くには西友がないんだ。ちょっと行ってみたかったんだ。西友、アホみたいに安いな。

 おれはぼんやり顔で、客の少ない朝の西友をうろついて、パンとクッキーを買った。パンなんて、朝食べない。米が好きなんだ。パンを買ったのは、多分まだ昨晩のアルコールが残っていたからだろう。

 宿に帰ると急速にパンを食べるのが嫌になって、パンを眺めながら煙草を巻いた。

 先日、幼馴染みがおれにzigzagの煙草巻き器具と巻き煙草の一式をプレゼントしてくれたのだ。CDも自主製作しているし、煙草も自分で巻いている。珈琲も豆を買ってきて自分で轢いてエスプレッソにしてる。全部自分でやらなくてはいけないような状況になっている。きっと今回はそういう人生なのだ。

 今は缶珈琲を飲みながらクッキーを食べた。これは西友で買ってきた大量生産の工業品だ。家からお弁当を持ってきても変だし、西友は安い。これはこれで美味しかった。

 昼に仙台の駅前に待ち合わせてOMJQのメンバーと合流した。仙台は冷たい雨が降っていて、とても寒かった。
サックスのカワイ、ピアノのワカメ、リーダーでドラムスのオリハラ。
ワカメとカワイはこれから動物園に行くという。おれも動物園に行きたかったのだが、オリハラは動物園に行くのが嫌だ!と宣言していた。寒いし、雨降っているし。

 寝坊したおれはワカメとカワイにオリハラの子守りを押し付けられてしまった。二手に別れて、動物園に行くチームと、オリハラとおれで仙台をぶらつくチーム。とても動物園に行きたかったが、寝坊した負い目もあるし、仕方ない。

 仙台を歩いた。仙台は実はzampanoで初めてツアーに来た土地だ。鈍行で仙台にやって来て、オールディーズのバーでおじいちゃんたちがやっているオールディーズバンドと対バンして、メキシコ料理屋ではメキシコ人のふりをしたフィリピン人の流しの後に演奏して、スナックに行ってチイママと馨子がデュエットしてる最中におれは眠ってしまった。もう四年前のことだ。

 正直、仙台の何処に行っても馨子を思い出してしまう自分がいた。服が売っていると片っ端から入ったっけ。意味不明な健康志向のカレー屋でカレー食ったり、国分町で無邪気に騒いだりした。馨子のことが無性に懐かしかった。

 という話をオリハラにすると、「バカか。別れた恋人か。」と言われた。言われてみれば、パートナーとしてそれ以上の思い出がある。ちょっと辛い話だけどな。だからおれは今回の旅で、zampanoの印象をなんていうか払拭したかった。zampanoで仙台に来たとき、ライブが成功したとは言い難い。あのときよりももっといいライブをして、仙台の印象を変えたい気持ちがあった。

 オリハラはそんなおれを見て「へ~」と言っていた。おれは何処にいたって自分自身のヘンテコな拘りを周りに撒き散らしていて、それはzampanoであろうが、なんであろうが大して変わらないのだった。

 オリハラと、なんだかよくわからないカフェに入った。昼飯を食うつもりだったが洒落乙メニューばかりで腹にたまりそうなものはない。しかたなくおれは瓶ビールを飲むことにした。オリハラはなんとなく愚かな男を見るようでいて、おれではなくて窓の外の小雨になっても肌寒い仙台を観ていた。階下では音楽が鳴っている。

 一方その頃ワカメとカワイは降りしきる雨のなかの動物園で、妻に先立たれたゴリラを観ていたらしい。ゴリラは物憂げに寝っ転がっていたという。なんだそれは。おれもそのゴリラを観たかった。ゴリラ・アローンだ。

 そんなおれたちOMJQが合流してその晩やった音楽がこれだ。興味があったら聴いてみてほしい。

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2016年4月 9日 (土)

welcome to da Back Town

旅のことを書くことは、しかも旅を終えて帰ってから書くのはとても難しい。それでも書こうと思ったのはケラワックの「孤独な旅人」という本を読んでいて、ケラワックのような「自然な口語体」で書くなら、おれにも少し書けるかもしれないとおもったからだ。
 ケラワックは叩きつけるような、吐き出すような文体で「宇宙の優しさを説教することを義務」だと考えているらしい。常々、宇宙は優しくないものだと思っていたけれど、そういう視点もあるのかな。もし宇宙が優しかったら、と考えるとよくわからないが穏やかな気分になれる。

 おれのひとりで行った演奏旅行はさくら観光バスという格安の高速バスで始まった。さくら観光のバスは四列シートで少し狭いんだ。春休みなのか学生風のガキどもでシートは満席だった。なんせ格安だからな。ガキどもと一緒に並ばされて集合場所からバスまでちょっとした距離を歩かされるのは閉口した。
 おれは旅の前に銀髪に染めて、真っ黒い革のジャケットでリゾネイターギターの入った重たいハードケースを係員を強引に言いくるめてバスの下部のトランクに載せた。学生風のガキのアルバイトは厄介者に当たってしまったという顔をしてたよ。大丈夫だよ、と心の中で呟いた。おまえのようなアルバイトに会うのは初めてじゃないが、きっとおまえがおれに会うのは今回で最後だ。

 東京から仙台までは高速バスで五時間ちょっとだ。午後四時頃に着いた。仙台の駅の東口には半田屋という食堂がある。ここが安くてうまいんだ。駅の近くで働いている人たちが急いで昼飯を食いに来るような場所。おれは半田屋が好きで、今回はここでしこたま食った。鯖の味噌煮とかな。鯖の味噌煮が好きなんだ。

 そこから歩いて会場に向かった。一日目のライブはバーで、仙台にすむベテランのロックンローラーDuck Tetsuyaさんから紹介していただいて店の周年ライブに出演する。国分町のど真ん中にあるビルの六階で、かなり危なげな地帯だった。国分町は東京で言うところの歌舞伎町のような場所らしい。飲み屋と、風俗店が乱立していて、こういう場所は妙に落ち着くものだ。

 会場でリハーサルしていると、早くもお客さんが来ていた。賑やかな女性だった。リハーサルのPAは卓がステージにあってミュージシャンが自分でやれという。 馴れたものだが、始めてくる場所だからどれくらいの音量で行けばいいのかわからなかった。常連のお客さんとユニティする目的も含めて、リハーサルの音のバランスを聞いていてもらった。ブルースが好きだという。珍しい女性だ。ライトニンのmojo handをひとくさり聴いてもらった。

 開演してみると、危なげな立地の会場にも関わらず、中学生の子どもとお父さんお母さんでやってるファミリーバンドが出演してブラックサバスを演奏したり、ほのぼのムードだった。知っている人は歌舞伎町のライブバー、ゴールデンエッグを想像してもらえたら近いかもしれない。もう少し綺麗だが。西荻のwjaz.とかにも雰囲気は似ている。こういう場所はなんだかんだ得意だ。

 驚くべきことに二番目にDuckの親分が出演した。Duckさんは、福島や仙台、武蔵境stattoなどで、zampanoと対バンしてた以来だ。zampanoじゃなくなったおれを快く歓迎してブッキングしてくれた。本当に感謝している。Duckさんはどんな場所でも、どんなときでも、ライブをやりはじめるや否や即座に会場をブチ上げてしまう。恐ろしいパフォーマンス力を持ったミュージシャンなんだ。Duckさんの後は正直やりづらいが、やりがいがある。素晴らしい対バン相手だよ。

実はこの日は、宮城県涌谷町のクルーMEGALOMANIAのRe-voltarが一曲おれのステージに参加することが決まっていた。前回の秋田行程で、difraktoの山影のキョーダイとトラックメイカー/DJの山田さんの粋な計らいで、秋田四階のクラブイベントの最中に下のフロアでギターを弾かせてくれたんだ。そのときにサイファー的に通りがかったラッパーがみんなフリースタイルしてくれた。そうして出会ったのがRe-voltarだ。親愛を込めてレボ君と呼ぶようになった。
 秋田で一回だけセッションしたレボ君と急激に意気投合して、今回の仙台ライブでも一緒にやろうということになった。彼はフリースタイルタイプのラッパーではないと思う。でも何か、スパークしたい、させたいモノがあったんだろう。おれはラッパーが好きだ。彼らはミュージシャンの中でもちょっと異質だ。ボクサーみたいなものだ。

 そんな風に企んでやってきたが、バーで演奏される音楽は、有名な洋楽のカバー曲やジャズやオールドロックンロールやカントリーで、ちょっとヒップホップなムードとは違ったかもしれない。でも、おれたちはやった。ロックンロールやジャズが好きだったら、本質的な意味ではヒップホップも行けるんじゃないかな、と思ったんだ。それにおれたちはギターとマイクだけで生演奏だ。レボ君、すごいガッツのあるMCだった。おれはガッツのあるやつが好きさ。果たしておれたちの演奏はバッチリ受けたよ。

ライブが終わって、みんなでセッション的にやろうと言うときに、やめようかどうか悩んだが、やっぱりもう一度レボ君とステージに上がった。常連さんのミュージシャンがベースとドラムスで参加してくれた。非常に上手いプレイヤーだった。Hideawayという曲を一瞬ででっち上げて、Hookを作っておれが歌い、後はレボ君が何バースもラップした。フリースタイルもう出てこなくなっても、おれは彼に「出てこなくてもいい、もう1バースラップしろ」と言った。NGだよな。でも彼はやったんだ。彼もまた素晴らしいプレイヤーだった。

 ギグがハネた後はレボ君と彼の後輩のダンサーと朝五時まで飲んだ。涌谷町は仙台から車で一時間弱かかるような遠い町で、そこからわざわざ来てくれたんだ。

 あまりにも面白そうだったので、レボ君に色んな話をインタビューした。初めてラップしたときの話、田んぼの真ん中のライブハウスを自分達のイベントで満杯にしたエピソード、あの大きな地震311の話、即座にリリースした曲、レーベルを立ち上げてプレスと流通にかけた経緯、フライヤーが余って機材車で田舎道を走りながら窓を開けてフライヤーを道端に文字通り「撒いた」話、東京のツアー、そして秋田のツアーで、そこで偶然変なギタリストに出会ったんだと。

 涌谷町は田舎だって彼は言ってたが、冗談じゃなくて、例え話じゃなくて、地方からとんでもない力を持ったミュージシャンが現れてきている。そして彼らは別に「東京」に行って活動してビッグになろう、というのとは違うんだ。違う物語が色んな場所で始まっている。山形県酒田のシン兄が言っていた。「ここでいい、ここでねば気づかねえことがたくさんあった」そういう人と出会えて嬉しいよ。
おれは東京都台東区柳橋から来た、と今回のツアーでは最初に言うようにしていた。漠然とした東京じゃなくて、シン兄に酒田のブルースヒロがあるように、山影のキョーダイに秋田の夜叉鬼としののめがあるように、レボ君に涌谷町のBack Town Recordsというレーベルがあるように、おれにも浅草橋の夜更けの人々と、ひばりヶ丘の根津とやっているm.i.l.kがあって、そこで作った音楽を旅に持ってきている。そう言い切りたかった。

 どうやらおれたちは飲み過ぎたようで、朝方の仙台はマジに寒かった。次の日に共演する片岡フグリから着信があったが、おれは全く気づかなかった。とにかく、いい夜だったよ。

 

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2016年4月 1日 (金)

東京

 おれは今、吉祥寺の天下一品でラーメン炒飯定食を食っている。明日からツアーだ。どうして家じゃなくてこんなところにいるかと言うと、レストランのバイトが終わった後、仕事上のトラブルで上がれなくなってしまって、終電を逃してしまったんだ。
 明日から仙台にツアーに行く。バカなもんさ。バイトだから全てをブッチ切って早く上がればよかったのにな。なんていうかおれにはそうできなかったんだ。

 そうできなくなった最大の理由は仕事終わりのシェフの最後の一言にあった。

「今期はみんなのおかげでいい売上を達成できた。お疲れさま。アルコールを一杯だけでも、飲もう」

 その言葉を聞いてたアルバイトはみんな帰ってしまった。おれはその時点で仕事が終わってなかったし、もう御茶ノ水行きの電車も無くなりかけてる時間だったよ。


 なあ、この時点でこの文章を読みたくない人は、もう読むのをやめた方がいい。

 もう一度言うが、おれは明日からツアーなんだ。絶対に帰って家で寝るべきだと思うよ。現にそう思ってるし、部屋には残してきた育ちかけの豆苗が待ってるもんな。明日の朝そいつを味噌汁の具にして食おうと思ってたんだ。

シェフはけっこうワイルドな人だ。前にもこのblogで紹介したかもしれない。かなり荒くれた人生を送ってきて料理人になった人だ。だからってわけじゃないけど。なんとなく今帰るわけにはいかないな、そう思ってしまった自分がいたよ。

おれはツアーに出る度に旅先で酒を買ってくる。それは店の人たちが飲めるように、冷蔵庫の奥に隠してあった。まだ残ってる酒がある。丹後に行ってきたときの酒と、新潟に行ってきたときの山廃だ。とりあえず全部あけたよ。

もう閉店後のレストランにはおれとシェフしかいなかった。むちゃくちゃなトラブルが昼過ぎにあって、けっこう精神的にはしんどかったけど、シェフと飲む酒は旨かった。今家に帰って、もう1フレーズ練習すべきかもしれない(多分そういうことではない)。今家に帰って、物販を何か手落ちがないか、もう一度チェックすべきかもしれない(ちょっと、いやかなり遅いけどな)。何よりももう何分かでも多く眠るべきなのは間違いない。

 それでもおれはしなかった。クソが。インディーのミュージシャンてなんなんだろうな?毎分毎秒音楽に賭けたいが、そんなおれは今、今日もアホ面下げてバイトしている。にも関わらずおれはあんまり仕事ができない。そういう問題なのか?友達の割りと成功しているミュージシャンはバイトなんかできなかったよ。飲食店で働く社員たちをゴミを見るような眼で見て、自分は時給をもらって仕事をサボり、そうして音楽で成功していった。そういう奴は何人も知っている。

でも彼らは出会っていない、普通の場所に普通の人がいて、何年も繰り返して少しずつ上がったり下がったりしながら突然人生を終える。知ったような顔をしているが、誰もまだ人生に出会っていない。

 独りよがりの音楽はやりたくないって思うけど、戯言のような人生の反映されてない音楽をやってるのか?そうじゃない、何度も自分に言い聞かせる、それを決めるのは聴いたひとたちだ。

どんな場所にも、今を生きている人間がいて、その人の生きている時間をちょっとだけわけてもらいながら音楽をやっている。


        ★


 おい、今おれは始発で中央線に乗って家に帰るぜ。家に帰って物販の用意をして、少しだけギターに触って、寝るのは高速バスの中にするさ。シェフと飲む酒は旨かったよ。彼は荒くれものだけど倫理観は強いんだ。音楽が好きじゃなくてもいいし、万人に受ける音楽も作れないから、逸物持ってる人が家に帰ったときに聴きたくなるような音楽をやりたい。そういう音楽は足りてないからな。ブルースだよ。


今夜は、仙台のHideawayという店の周年のイベントに出る。誰かの店の周年に出られることは嬉しいさ。毎日が積み重ならないとそういうイベントはできねえもんな、ハレの日に呼んでくれてありがとう。

秋田のサイファーで出会った宮城のMEGALOMANIAというクルーのMC、レボ君がおれのライブに参加してくれる。

楽しみだ

行ってきます。

もう少しで家に着くと思った矢先で水道橋駅の線路に人が転落して電車が止まった。
皇居の堀には桜が咲いている。
朝の上りの電車は何かを憎んでいるかのように宙をギョロギョロ見回すか、何かに祈るように目を瞑る人たちがいる。
何処に出かけるんだろう?電車はまた動き出した。
秋葉原を過ぎた辺りでビルに乱反射した朝陽が見える。
朝陽を観てたら間違って乗り過ごして、東京まで来てしまった

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