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2015年12月31日 (木)

横浜からの手紙 2015

山影のキョーダイへ

 山影どん、暖冬の秋田はどうだい?
おれんちは今まで北側の部屋だったんだけどさ、浅草橋に引っ越してから南側になった。窓がでかくていい眺めなんだ。昼間は暑いくらいさ。冬でもこんなに暑いんだから夏はと考えるとゾッとするよ。

 今、おれは渋谷で驢馬の今年の最後のライブを終えて、横浜に向かっている。横浜では例の日本音楽の櫻井先生に呼ばれて、ソロライブをしに行くんだ。「イギリスやアメリカのパンクロックはキリスト教を否定するのになぜ日本のロックミュージシャンは仏教を否定しないんですか!?」と言った激しい先生。おれは仏教を否定するような壮絶なパンクはできねえけど、秋田のときにやったようなブルースとノイズの即興音楽をやってくるよ。ああ!あのときのこと思い出すなあ!楽しかった。


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横浜伊勢佐木長者町のワシントンホテルはzampanoの名前のない頃に馨子や福井と演奏してた場所なんだ。

 年内すべての驢馬のライブが終わって、zampanoは馨子の最後のライブを終えた。そしてこれからひとりで演奏しにいく。あのときの東北を旅した気持ちになんとなく似てる。「メリーゴーランドにさよならを」というzampanoでもやってた曲に「祭りのあとにはさすらいの日々を」という歌詞があるんだけど、そういう状態です。

 馨子の歌は最高によかったよ。こんなこと言ったって仕方ねえけどな。でも、おれは音楽をやっててよかったって思った。こんなことが起こるんだって、奇跡みたいな瞬間が何度もあった。そのために音楽をやってるっていうか、生きてるみたいなもんだからな。

 驢馬のボーカル壺ニャンが珍しくzampano観に来てて、「よかったよ!NG以外は!!馨子と福井がよかった!」と意地悪な感想を言って帰っていった。おれはライブ終えて朦朧としてたから
「壺ニャンはこれからも一緒に過ごす人なんだなあ、意地悪だけど本当のことを言うやつだなあ」
なんてぼんやり考えていた。後日も壺ニャンは会うたびに「あの日はよかったよ!NG以外は!!」と何べんも言うからやっぱりあいつのことは嫌いだ。

 驢馬の年内最後のライブはすごくよかったと思う。おれの機材はツアーのあとズダボロに磨耗していて直す時間が一切無かったが、最後まで音が止まることなくがんばってくれた。正月はメンテナンスして休ませようと思う。そう言えば元旦にジョニーが東京に来るって言ってたな。
 
 今夜のソロライブではHighway of Deathをやろうと思ってる。レミーが死んだから渋谷のライブハウスでは転換でずっとモーターヘッドがかかってた。まあこの曲はモーターヘッドとは関係ないけど。
 思いついたんだけどさ、ずっと仏門を勤めた浄土真宗の僧侶だったうちの爺さんの魂がさ、まだこの世をさまよっているような気がするんだ。そうして作った曲だけど、孫のおれがそんなテーマを歌うことは案外、日本の仏教に対する否定と言わないまでもアンチテーゼになりうるんじゃないかと思ったよ。ちょっと無理あるか?やはり手を合わせる気持ちはある。日本人だもんな。


   ★★★★★★★


デッドマン・リビジデッド (Highway of Death)

23時45分
おれの心臓は止まった
カーテンが降りるように
ゆっくりと瞼は閉じてゆく

午前零時に出発する
死人を乗せた高速バス
戸締まりもせずに出てきたおれは
参列シートに飛び乗った

Highwayを走る
魂の行方も知らされず
Highwayを走るDEADMAN
別れを告げることできずに


何度カーテンを開けても
係員がすぐ閉めてしまう
暗闇に閉ざされた車内で
しかたなくおまえを思い出す

おれは星が見たかった
流れゆく街の灯りが
走馬灯が見たかった
人生とは何だったのか知りたかった

Highwayを走る
魂の行方も知らされず
Highwayを走るDEADMAN
別れを告げることできずに

気がつけば炎が燃えている
出口の見えないトンネル
係員はここで降りろと言う
ここからは路肩を歩いてゆけ

辺りには煙が立ち込める
出口の見えないトンネル
後ろには不安げな影だけが
ゆっくりとおれについてくる

おれは星が見たかった
流れゆく街の灯りが
走馬灯が見たかった
人生とは何だったのか知りたかった

Highwayを走る
魂の行方も知らされず
Highwayを走るDEADMAN
別れを告げることできずに
Highwayを走る
おれはまだ夢を見ている
Highwayを走るDEADMAN
おまえにもう一度会えたなら


   ★★★★★★★


 筆無精でなかなか返せなかったけど、こうして誰かに向かって書くのは楽しいものだな。2015年は本当にお世話になりました。2016年はもう少し書こうと思う。そういう仕事も始めようと思ってるんだ。またすぐ会おう!ありがとう。夜叉鬼たちみんなによろしく。


NG
December 30, 2015 - 横浜

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2015年12月22日 (火)

鈍行

 鈍行に来てくれてありがとう。


 おれはこの文を大塚に向かう各駅停車の車内で書いてるよ。これを読む頃にはおれたちのライブは終わっているだろう。


どんなだった?よかったかい?片岡フグリとzampanoで考えたイベントだ。たぶんちょっと不思議な気持ちになれたんじゃないかい?


 対バン、WINDOWSはふざけた名前だよな。原田卓馬は10年以上前から対バンしてるライバルだ。理屈っぽくて人懐っこい、めんどくせえムカつく野郎だ。最近音楽だけは真面目にやる気になったみたいだから、長年の偏見を解いて仲良くなった。ナインティーンのカバー「ミッドナイト・トリトン」のリズムは原田ん家にあったアンティークなリズムボックスで適当に録ったものだ。夏の終わり頃にさ、虫の鳴き声を聴きながらやってもらったんだ。


 吉田和史と墓標はおれはまだ見たことないんだ。どんなだろう?フグリが呼んでくれた対バンだから楽しみさ。なんか知り合いの知り合いみたいな気がする。


 片岡フグリとはzampanoの一番最初の旅を共にした仲間だ。あいつは猫みたいなやつ。同じ鈍行列車に乗っていても知らんぷりして別の車両に乗って旅した。そんな関係性だ。距離感っつうか。
 それでもおれたちは同じ鈍行に乗って旅した。あの初めての旅で「ブルーはどこにでも」という曲を書いた。旅と人生のすれ違いや別れを書いた曲。それにしてもzampanoの曲は別れのことばかりだな。


 馨子がいきなり脱退を発表してきっとびっくりしたろうと思う。でも実は前々から考えていたことだった。はじめのきっかけは些細なすれ違いだった。馨子がちょっと遅刻したりしてさ。おれはおれでライブがある晩は泥酔して怒鳴ったり暴れたりいなくなったりしていた。馨子はおれのそういう傍若無人が本当に嫌だったんだと思う。酔えばド阿呆で、素面のときはスパルタ練習とハードなレコーディングを要求した。嫌だったろう。
 少しずつ馨子が無表情になっていったのにおれは全然気づいていなかったよ。もうダメかもしれない、と思い始めたのは馨子が喉を壊してしまってからだった。いくつかのライブをキャンセルし、いくつかは独りで出演した。レコーディングとリリースのプロジェクトは白紙になり、おれはひとりで東北に演奏に出かけた。ひとりになりたかったんだ。何ができるか知りたかった。
 
 ひとりの旅でわかったことは皮肉にも、自分は馨子に助けられてここまでやってこれたんだということだった。
 あいつの魅力的な声と、天真爛漫な笑みと、まっすぐで子供のように純粋な好奇心が、旅で訪れた街の初めて出会った人々の心を揺さぶって、次第に愛されるようになったんだ。
ひとりで行ってみて馨子が、zampanoが、いかに愛されているかを知った。
 そしておれはひとりでいてもひとりではないと思い知ったんだ。


 おれは東京に帰ってきて、馨子にもう一度やっていけないか話してみた。懇願に近かったように思う。でもふたりの関係は完全に冷えきっていてダメだったんだ。その晩のライブはkubobonさんの異能の宴だった。代々木バーバラだ。驢馬のベースのカツヤさんが珍しく観に来てくれた。カツヤさんのことだから何か予感してたんだろう。優しい笑顔で関係の崩壊したzampanoの演奏を観ていたよ。とても優しい笑顔だった。

    ζζζ


 この音源はzampanoが次作のために録りためていたものだ。あと五曲くらいレコーディングして、タイトルは「南回帰船」というものにするつもりだった。民俗学者のレヴィ・ストロースだね。船の字が違うけれど。zampanoとしてはフォークロアに挑戦していこうと思ってたんだ。フォークロアってなんだ?と思うかもしれない。「民族伝承」みたいな意味だけど、ラテンアメリカの発音では「フォロクローレ」って民承でもあり、その土地の音楽のことでもあるんだよね。おれたちの使ってる意味は「昔話」くらいに思ってくれていいよ。
 おれたちはフォークロアを作ることができなかった。ここに収められた曲は、だから、なりそこないの昔話だ。それでも、誰かに聞いてもらえないかと思って。


 聴いてほしいんだ。


 この音源を手伝ってくれたドラムの福井、一緒に旅した仲間だ。おれたちは旅を通して本当に色んな風景をみて、人々をみた。
あの地震のあとの福島を。東北の日本海側ににまたがる鳥と海と山を。夜叉鬼たちの棲む山を。南の島を襲った台風VONGFONGちゃんを。宮古島のとんでもないブルーを。
 zampanoはずっと旅してきたんだ。


 いつか渡り鳥のようにどこかに帰るんだろうか?


 おれたちの船はどこに行くんだろう?


そんなことばかりをずっと考えていた。
 


   ζζζ


 NGの長ったらしい話はこれでおしまい。
馨子が脱退って言ってるけど、zampanoはどうするの?って思ってる人もいると思う。おれの気持ちとしてはこのzampanoの物語をまだ終わりにしたくないんだ。この後の続きがどうなるか知りたい。自分でもどうなるかわからないけれど。それに、すぐにはどうにもならないとも思うけれど。なんとか、続きの物語を紡いでいけるようにと思って、毎日を過ごしている。
 待たなくていい。でも覚えておいてほしい。zampanoのことを。
 
 
 sincerely.
                 NG
      2015年12月21日 鈍行にて

                    


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2015年12月21日 (月)

ブルーはどこにでも

ぶるーるるるるるーるーるー
ぶるーるるるるるーるーるー

あてのない旅に出ようよ
君とならどこまでも行けるよ
交差点で魂を売ったら
風向きで行く先を決めよう

ドーナツを頬張って
スーツケースに全部詰め込んだら
シートにもたれて眠ろう
夢をみるふりをして眠る君を見ている

どこに行くの?知らないよ
未来は誰にもわからない
夢を見た それは現実じゃない?
なんで涙が溢れるの?

ブルーはどこにでもある
闇が深く息を吸いこんで
ブルーはどこにでもある
窓辺で光が瞬くときにも

少しだけのさよならを
ここからはひとりで行くよ
ブルーはどこにでもあるから
寂しがることはないさ
I always feel so blue

そして君はいなくなった
僕がちょっと目を離した隙に
色褪せたベンチの下にも
落書きだらけのトイレにもいなかった

どこにいるの?教えないよ
きっとふたりはもう会えない
君を見た それは夢じゃない
なんで涙が流れるの?

ブルーはどこにでもある
ふたりの吐息が重なるときにも
ブルーはどこにでもある
ひとりでギターを抱きしめるときにも

君と見た夢はとても素敵だったから

離れてもぼくのこと忘れないでいて
ブルー

ブルーはどこにでもある
思い出そうとしても忘れられないときにも
ブルーはどこにでもあるから
寂しがらなくていい
いつも傍にいる

ブルーはどこにでもある
闇が深く息を吸いこんで
ブルーはどこにでもある
窓辺で光が瞬くときにも

ぶるーるるるるるーるーるー
ぶるーるるるるるーるーるー
ぶるーるるるるるーるーるー
ぶるーるるるるるーるーるー


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2015年12月 3日 (木)

全然普通のロックバンド

12月1日月曜日。

朝から時間労働だ。キッチンのやつが逃げたのでまた厨房に入っている。そしてまた新人のアルバイトに調理業務を教えることになった。なんでおれに教えさせようとするんだろう?おれは絶対に教えるのが下手だと思う。今までおれが教えたアルバイト7人のうち5人が逃げた。うち一人はちゃんとした会社に就職して辞めた。うち一人だけがまだ働いている。でもその人は最初から料理できる人だった。ほらおれのせいぽいだろ?!?!だけど料理できない奴がなぜ調理場で働こうと面接しにくるのか気が知れない。たぶん面接のときに「未経験でも大丈夫ですよ~」と嘘をついているに違いない。ちなみにおれはたいした料理経験はなかった。おれは基本的にホールにいたのだが、2年前に調理場のやつが逃げたので臨時で料理するようになったのだ。それから月日が経った。少しだけ包丁を使えるようになり、少しだけ作れる料理が増えたが、それと人に教えるのは全く別だ。新しい人は年上のバンドマンだった。バンドマンといえば自分自身をはじめ、ゴミクズ野郎が多いし、ひとつの職場にバンドマンが二人もいたらそこはかなり経営的に危険な判断だと思う。おれの前の職場、神保町の交差点のレストランは、おれをはじめ、幼馴染みのドラマーKZK、まだ『夜更けの人々』をはじめる前の詩人志望のO、役者志望の天パー、脚本家志望のN、声優志望の女の子が4人(!)、役者志望だが実際にはゲームしかしてない奴がひとり、ダンサーの子がひとり、ついでにバングラデシュ人が3人となった時点で店が潰れた。今考えるとよくそんなに大勢雇えたな。たぶん人件費の計算をしていなかったんだろう。そんなこんなで同じ職場にバンドマンのアルバイトが二人もいるのは不味い話なんだよ。この新人は今まであまりシフトに入っていなかった。先日アイドルタイムに客席で眠っていたら店長とシェフが「Aさん(新人のバンドマンね)、なぜシフト入れないのだろう?バンドが忙しいのかな?」と相談していたのが遠くで聞こえておれは飛び起きた。「おれよりも!!!!」店長とシェフはおれの眠っていた照明を落として暗闇に包まれているV5席の方を振り返った。「おれよりも!!!!忙しいバンドマンということは!!!おれよりも売れているバンドマンということですか?!?!?!?!」店長とシェフは「いや、知りませんけど」という顔をしているのが暗闇のV5席からでもわかった。おれは二人の反応に全然一向にかまわずこう言い放った。「もしおれよりも売れていて!!!おれよりも!!!!忙しいバンドマンがいるとしたら!!!おれだったらアルバイトはしない!!!!!」毅然と言い放った。店長とシェフは特に何を見るでもなく、煙草を吸いながら窓の外に視線を泳がせている。「おれが!!!!売れていたら!!!!こんなにたくさんシフトには入らない!!!!!だからおれより売れているバンドマンがアルバイトしに来るわけがないんだ!!!!!!!!」店長とシェフは「わかったから君は一生売れないでください。ツアーとかいっていきなりドバッと休んだりしないで、ずっとずっとここでアルバイトしてていいんだよ」と心の底で思っているような気がした。おれは被害妄想的になっていたのだった。そんな月日を経ておれはバンドマンのAさんとやっとシフトが重なり出会ったのだ。まずAさんは包丁が持てる男だった。それだけでおれは「もう何も教えることはない」と思った。さらにAさんは根気強く、何事にもハッキリと話し、答える性格だった。それだけでおれは「もう何も教えることはない」と思った。さらに言えばAさんはNGの謎の話やテキトウ極まりない言動にも爽やかに笑って答える男だった。それだけでおれは「もう何も(以下略)…ていうか、おれはキッチンにいなくていいんじゃないのか???」と思った。彼は仕事ができる男だったのだ。おれは今夜引っ越しがあるしとっとと帰ろうと思っていた。だが、さすがに新人に教えることは山のようにあるし、さらにシェフに「Aさんに今日は野菜のカットとか教えます」と言うと「え?なに言ってんの?野菜の切り方なんて教える必要ないだろ?調理場の業務全部だよ。全部今日教えて」と言われてワーオ!となった。そんなこんなでおれは全然上がれなかった。上がったあと、Aさんに「バンドマンなんですよね?パートはなんなんですか?」と聞いたら「ベースです。全然普通の、ロックバンドなんですよ。NGさん(さすがに職場でNGとは呼ばれてないけどねこのblog上なので)もバンドマンなんですよね?パートはなんですか?」と聞かれたから「ガットギターです。全然普通の、ハードコアとかソウルミュージックとかやってます。ちょっとラップも入るけど」と答えてやった。Aさんは「それって全然普通じゃないじゃないですか(笑)。興味湧きました。バンドの名前は何て言うんですか?」と聞かれたから「驢馬です」と教えてあげた。バイトを上がって、浅草橋に移動しながらAさんのバンドのホームページを見た。東京と大阪でワンマン決定!と書かれてあり、その二会場とも、驢馬の今までやったことのあるライブハウスのキャパシティーよりも若干広かった。おい、おれよりも売れてるかもしれねえな。マジかよ。

だが、言っておくぜ。


おいおまえ。


おれの、

バンドは、

全然普通じゃねえ。


それがロックバンドだ。

わかったか?

この日はこの後も色々あったが今日のblogはこれで終わりだ。

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2015年12月 1日 (火)

湖には行けない運命のような気がしてる

 秋田にいる山影さんから電話が来た。
山影さんはzampanoのことがすげー好なんだ。だからとても残念がっていた。
おれ、何て言ったらいいかわからなかったよ。zampanoは愛されてたんだな、と思う。こんな風になったことは初めてなんだ。

山形にいる勝さんからもLINEが来た。勝さんは秋に行ったおれの一人ツアーのデタラメ道中を供にした仲間さ。
NGくん、大丈夫か?って言われておれは東高円寺『シュワルツカッツ』に出演したら店員さんが美人だったんで大丈夫だ、と連絡した。
『シュワルツカッツ』に行ったらリハーサルに誰も来てなくて、仕方ないからおれはワインを飲みながらマスターの駄亭(ダティー)さんとその美人の娘の店員さんがお皿に黒猫を描いてるのをみてたんだ。ダティーの娘役なんだって。娘が嫁いでしまうからまた新しい娘を探さなければ、とダティーは言った。そんな残念なことあるかい、今日初めて出会ったのに!とNGは叫んだ。美人さんだった。「美人と過ごす時間は短い」という歌がかつてあったな。


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黒猫ならおれだって描けるさ、とおれは娘の絵筆を奪って皿に絵付けをはじめた。「それはいつもの悪いNGだよ」というカツヤさんが驢馬のツアー中におれに言う言葉と柔らかい笑顔を思い出した。いつもの悪いNGだ。
「わーわたしの黒猫よりセクシーですね!」
「だろ?」
おい、恥知らZはお前の番だ。いやいつもおれの番か。

その日のイベントは『黒猫酒場』、主催のナカヒラミキヒトさんはドブロギターで歌い、クラリネットとアコーディオンとチンドンで戦前歌謡をやるような筋金入りだった。なぜか蔵前『夜更けの人々』にCDが置いてあって聴いたことがあった。本人に聞けば浅草橋には数度しか行ったことがなく、『夜更けの人々』という名前は聞いたことがあるが誰のことだかわからないと言う。不思議なものだ。そんなこと現代にあるのか?ナカヒラさんも、『シュワルツカッツ』も『夜更けの人々』も誰も人が出会ったり別れたりすることに関して深く詮索しないからだろう。今の世の中ではインターネットやSNSで全部わかっちゃうような危険性もあるが(このblogもそうか)、「そんなことは何も知らないし、出会った人と今このときしかわかりません」という超然とした態度が時空を歪めることができる。『シュワルツカッツ』の黒猫酒場、いい場所と時だった。


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      ★★★★★

 大丈夫か大丈夫かと全国各地から問い合わせが来てるNGですが、大丈夫じゃないことがひとつあって、それは相模湖交流センターでやってるサウンドスケープの展示を観に行こうと誘ってる人からことごとくキャンセルされるという地獄に落ちているのだった。もしかして今回は行けない運命の人生なのかもしれない。
http://www.sagamiko-kouryu.jp/event/#gallery20151220

フィールドレコーディングの人なんだけど、この人の録った海に渡してあるロープ、沖の方まで延びているようなあのロープにコンタクトマイクをつけて波の伝わってくる音を録音したサウンドスケープ作品を5年前死ぬほど聞いていた。どこに行くにもそのCDとウォークマンを持っていって電車の中でも、バスの中でも聞いていた。その人の展示。

最初は友達のキャバ嬢と行こうと思ったのね、だけど急に行けなくなって。次にやる気のないOLと行こうと思ったんだけど当日ドタキャンされて。とにかくどうにもこうにも行きたい!と思って大学の後輩を誘ったんだが残念なことに向こうが風邪ひいて行けなくなってしまうという事態が起きて、おれはこれはもしかして相模湖には行けないのかもしれない、と思い始めた。

この展示、実は友達が企画キュレーションしているからどうしても絶対行きたいのだけど、ていうかひとりでも行けよ!って思うけどな、

そういうところは大丈夫じゃない。

だが、これも悪いNGだな。


       ★★★★★


 明日から浅草橋に引っ越すのだ。柳橋のあたり。

こないだ宮古島から来たサクさんという平良のキッチン『Salt』のシェフを羽田空港まで送っていったとき、サクさんを見送りながらおれは「浅草橋に住もう」と決めた。

日本全国をバンドのツアーで旅するようになって、色んな土地で素晴らしい体験をしてたくさんの人と出会った中で、自分のホームタウンを持ちたい、土地にコミットしたいと思うようになった。

おれの地元は西東京市なんだけど、この場所で何かできないか、けっこう色んなアプローチをしていたのだけど、なかなかうまくいかなかった。それはひとえに地元の仲間が散り散りになってしまったことも大きい。そして今でも組んでやってる一番の地元の仲間とおれは、実はもともとは違う土地から来た余所者なんだ。西東京ってけっこう他所の土地の人の集まりなんだよね。一人だけ、まだ地元でガッチリ組んでやってる仲間がいる。でもそいつとやってることは場所とはまた違うスタンスの、ネット上で異国の人にもアプローチしてこうっていうプロジェクトだ。それ以外は散り散りになりつつもまあなんとかゆるく繋がっているけど。そしたら西東京市に拘らなくてもいいかな、と考えた。西東京市以外で自分がこれまでの活動で深くコミットしてきた場所は『ちゃぶ久cafe』のある荻窪の教会通り、前述の浅草橋は蔵前『夜更けの人々』、あとなんだかんだで八王子にある出身大学の多摩美大もそうとう関わってきたホームだ。

その中で、自分のホームとして、やっていこうと思ったのが浅草橋だった。ここ数年にわたり夏祭りや大晦日のなんやかやを一緒に過ごしてきた。そういうとき、帰るときに自分の家のある街がここだったらな、とずっと思ってたんだ。ツアーを終えて東北道から帰ってくるとき、両国ジャンクションで隅田川の高架ら辺でもう「ただいま」っていう気持ちになって、その自分に気づいて、ずっと考えていたんだ。


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と言ってもたぶんこれからも今まで通り東京を西から東まで駆けずり巡ってる気もするけど。

急展開多くて大変だけどがんばるよ。

とにかくおれは湖にはいけないような気がしている。
なんとかならないかな

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