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2015年9月30日 (水)

秋風と日常のバス停から

ひとりツアーを終えて、今日はただの時間労働日だった。

 朝、家を出てバスに乗り込む。バス停で風を感じたり、感じるっていうけどおれは風は嗅ぐものだと思うんだな、西東京市のバス停で嗅いだ風は東北のものとはまるで違った。酒田はしっとりした肌寒い海風だし、秋田はもうキリッと冬に向かってる秋風だった。西東京市の風はいくぶんかぼんやりしている。ぼんやりしつつも秋の中にいる風は心地よい匂いだった。

 でもやっぱり日常に帰ってきたなって感じるきっかけは、そういう呑気な風の匂いを嗅いでる自分に対して、「うるせえ、クソが。すべてクソだ!!」という思考が働くと、ああ日常だなあと思う。

 おれはバス停でバスを待っているときにSNSとかTwitterとかFacebookをチェックするのが大嫌いだ。最悪な人生な気がしてくる。あと、人と会ってるときSNSのタイムラインをチェックしてるやつが嫌いだ。おれもたまにするけど。

 そういう話じゃなかった。バス停でおれは何をしたいか考えていた。正解は「何もしない」だ。おじいちゃんを見ろよ。

 でも、おれはジジイじゃないし、まだまだ愚かなので、そう言えば秋田で会った秋田美人にLINEを送ろうと思った。その娘におれは連絡先を聞いたら
「何にしますか?電話番号とかLINEでもいいですし」
とつぶらな瞳で言われて即座に
「LINEでお願いします。」
と言ったが正直に言うとLINEというものがおれは嫌いだ。LINE以前にNAVERという会社が消えてなくなればいいのにと思っている。その理由はとんでもなく多岐にわたるが、まあそれはいい。

 とりあえずその娘のLINEの友達になったまではいいが、その後なんのメッセージも送っていなかったことに気がついた。なんて言おう?今バス停から送ろう。
「昨夜お会いしたNGです。楽しかったですね。またお会いしましょう」
とメッセージを送った。我ながら全然ダメだなとしか思えなかった。

その後、酒田から秋田までデタラメ道中を送ってくれたスグルさん(一緒にプリクラ撮った前々回参照)にもメッセージを送った。
「おれ秋田で可愛い娘と知り合ったんだけど何て言ったらいいかまるでわからない」

 こんなことを突然言われてもスグルさんも困るだろう。だけどスグルさんは常にデタラメに「セックス」と言ってるので、きっとおれの心を慰めてくれるだろうと思った。

 例えばだけど、おれがスグルさんに送るメッセージと秋田の女の子に送るメッセージを間違えて送っていたらどうしようと思って興奮した。ハアハア。LINEってそういうことないかい?浮気相手に送ろうと思った言葉を彼女に送ってしまったり。おれはないけどな。NAVERはきっとそうやって儲けてると思うんだよ。ちなみにおれはバイト先の社員に送るテキストを間違ってバンドのリーダーに送ったことがあるぜ。「お疲れ様です」と言われた。

 この間、上記の意味の無い思考に費やした時間は5分ほどだ。これはSNS観て過ごすよりも意味の無い時間かもしれないな。正解はやはり多分「何もしない」だ。現におれの隣でバスを待っていたじいさんは何もしていなかった。無為はときに賢明だということを知ろう。

 ランチを働いて、休憩時間に秋田で寄ったカフェやレストランの話を職場の同僚にした。秋田で出会ったスタッフはみな、おれのバイト先のレストランの名前を知っていた(名のある系列店なんだよ)。
そして秋田の誰もが毅然と優雅に誇り高く働いていた。秋田で出会った店は、壁や建材の表面だけでなく中身までずっしり重い石と漆喰で出来ていたように思った。張りぼてじゃないんだ。例えば出てくる生ビールの樽の銘柄やエスプレッソで使ってる豆から違う。まあそれはいいんだけど。ニュアンスの問題。おれは彼らの方がちょっと好きだ。
 そういうお店でライブやらせてもらえてよかったとつくづく思った。

 ディナーも働いて、今夜は20時くらいにピークを過ぎたらそこまでで上がる予定だった。来週もツアーだから、なんにせよ準備が全然間に合ってない。

 ところがまた事故が起きた。先々週のとき起きた水の事故がまた起きてしまったんだ。ツアーから帰ってきた次の日に、別にまたしてもそんな災難に遇わなくてもいいじゃないか、と思っても無駄だ。

 それで途中で上がることはできず、結局仕事が終わったのは25時を過ぎていた。旅情は吹き飛んだ。イヤというほど現実に引き戻された。

 でも不思議にそれでいいと思った。クソだけどな。すげえ嫌だったけど。

 嫌だけどまあなんとかやるさ。

日曜日、東高円寺二万電圧でスリーマンだ。絶対に見に来てくれ。

 来週は神戸、高松、徳島、松山行って横須賀だ。待ってろよ。

〈DAMAGEレコ初スリーマン「男根」〉
2015年10月4日(日)東高円寺二万電圧
時間 : Open 18:30 Start 19:00
料金 : 前売 1,800円 当日 2,300円(+1d 500円)
出演 : 驢馬 / FIREBIRDGASS / GROUNDCOVER.


〈驢馬-ロバ-「男根ぶら下げ三千里ツアー」2015〉
2015年10月6日(火)神戸スタークラブ
2015年10月7日(水)高松TOONICE
2015年10月8日(木)徳島CROWBAR
2015年10月9日(金)松山doubule-u-studio
2015年10月11日(日)横須賀かぼちゃ屋

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2015年9月28日 (月)

ジョニーと仲間たち

ジョニーへ


二日間お世話になりました。ありがとう。
 収穫の秋だもんね、忙しいところに行ってごめん。昔のブルーズマンは綿花畑の収穫期にあわせてジュークジョイントをサーキットで回って稼いでいたんだって。それに倣ったわけじゃないけど、今年も秋田こまちの新米をたべることができてよかった。


 実はバンドのことで悩んでいて、どうしても思うようにいかなくて、それでひとりで新しく音源作って出かけてみたんだ。
自分には何ができるか知りたかったんだな。


でも、行けども行けども思い出したことは仲間のことだった。乞食晩餐会の仲間たち、ジョニーと秋田の仲間たち、みんなが支えてくれてこの旅は成り立っていた。
そしておれ個人のソロのライブなのに、おれの音源が売り切れたあとは驢馬も、zampanoもみんな買ってってくれたんだ。
 みんなはおれの音楽を認めてくれた上で、驢馬はどんな風なの?新しいアルバムは?なんで秋田市内にこないの?zampanoの新しい音源はないの?馨子は元気?って何度も聞かれた。
驢馬はすごいよ。是非観に来てほしい。馨子はもう喉はだいぶ良さそうだ。
何度も答えるうちになんか来るものがあった。それは存外嬉しいことだった。


 昨日来てくれたジョニーの仲間みんなに支えられて昨日のおれのライブがあったように、おれ自身もメンバーである驢馬の壷さん、壱さん、カツヤさん、ホセと、zampano馨子、社長、ミッキー、ヤヒコ、素晴らしい仲間に支えられて今の自分がある。それを何度も思い知らされた。おれひとりで来てるけど、東京の仲間全員の魂を連れてきているような感覚だった。それはそうだよな。おれたちのCD持ってきてるんだからさ、CDに魂込めて作ってるんだから。
おれが来たことは驢馬とzampanoが来たことと変わらなかった。


 驢馬であること、zampanoであること、その意味とかやりたいことで悩んでいたんだが、すべてはやるべきことで、必要だったんだ。どっちがどうとか考えても意味が無いことだ。何がメインの活動なの?と聞かれたけれど、酒田のシン兄と相談してたんだけど、おれはギターが本業であって、だから驢馬とzampanoとソロはすべてメインなんだ。やるべきことをやることから始める。少しずつ。仲間に感謝。

         ▼

 
 もうひとつ旅しながら考えていたこと、goodlovin'の社長と山口冨士夫さんのことを考えていた。東北に来る度に思うけれど、おれの通っている道は冨士夫さんが作った道で、冨士夫さんの歩いた道だ。そしてgoodlovin'のレーベルが作った信頼があるからおれひとりでもここまで旅できたんだ。みんな冨士夫さん大好きだね。その繋がりでzampano知ってくれたんだもんね。おれは冨士夫さんに会うことはできなかったけど、こうして旅してお店やジョニーの家で冨士夫さんのフライヤーとか写真を見るたびになぜだか近くに感じる。
 北海道でTHE KNOCKERSの対バンしたときにNO REALIZEのパッチ貼ってあったのがパンクスたちのパスポートだとすれば、これはなんだろう。多分なんかあるんだ。もっと道が広がってる気がする。この先にも。見たことも聞いたこともないけど。道。

        ★★★
  


 秋田でジョニーに連れていってもらった店、すべてが凄かった。しののめ、道化の館、パワーハウス、上海?(覚えてない)、Fantazia、トリノス食堂、青い鳥のレストラン、iruma。


 今回いろいろ連れてってくれたのは、前にジョニーが東京に来たときに夜更けの人々に連れてった返答だよな。
秋田すげえって思った。おれたちも夜更けの壁とか内装とか自分らで工事したけどね。秋田の人たちマジで気合い入ってるから内装も凝るし、集まってるお客さんも凄い。山影さんが「いいお店には魔物が棲んでる」って言ってた。そうだと思う。


 いつかバーテンOも連れて秋田の魔窟を回ってみたいけどあいつ浅草橋から一歩も出る気がないからどうかな?


 ジョニーと一緒に宮古島に行きたい。saltっていうヤバいレストランがあるんだ。あそこは最高だよ。


 おれはとりあえず東京に戻って、仲間とツアーのための演奏を仕上げてライブしに秋田行きます。


また会おう!

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Fantaziaとトリノス食堂

 バッキバキに酔っぱらってる状態で眼が覚めた。秋田のジョニーの家だ。ジョニーは現場の作業着に着替えていた。ペンキの仕事らしい。午前中はひとりでジョニーん家で歌詞を書いたり整理していた。
何度も秋田でお会いしている夜叉鬼のひとり、山影さんに迎えに来てもらってカフェ「Fantazia」へ。夜叉鬼のひとりっていうと何か忍者の集団のようだね。山影さんはどことなく忍者ぽいパンクスだ。手塚治虫やつげ義春の話で劇的に意気投合した。

 Fantaziaは劇的にお洒落なカフェでエスプレッソマシーンもばっちり。お子さまも遊んでいてピースな雰囲気。こんな場所でNGが演奏していいのか?!?と思ったが、やるぜ

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1 Xroad Blues
2 どくろ
3 Jack Swing
4 All Night Long
5 Real Folk Blues
6 Knockin' on Heaven's Door
7 Highway of Death

あつまってくれたお客さん、驢馬やzampanoのCDも買っていってくれて嬉しかった。あんまりたくさん持ってきてなかったからすぐ売り切れてしまった。鉄男TVのヤマジーが駆けつけて見てくれた。嬉しい。来月十文字でまた会おう!!!

 その後、ヨシロウさんがやっているトリノス食堂へ。ヨシロウさんは初めてzampanoと驢馬が秋田に来たとき、Live Space四階で最後の方DJをやってくれたんだ。おれあのときDont Test da
Masterをかけてたの覚えてる。すげえDJだ!と思って。そのヨシロウさんが内装や調度品も作った店内は素晴らしい眺めだった。

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しののめのマスター。地中海風

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山影さんも囲んで。

トリノス食堂でもライブ

1 Blowin in the wind
2 RISE
3 センチメンタル・アルコール・マネー
4 Jack Swing
5 交差点のレストラン
6 リハビリテーション
7 Highway of Death
8 Knockin' on Heaven's Door

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ノイズをもっとやれ!というありがたいアンコールやトムウェイツの曲をやれ!という声もあって、調子こいて何曲かやった。

E.C.
1 Real Folk Blues
2 デタラメ道中
3 ol'55
4 Rain Dogs

終わった後、ジョニーと二人で星の湯という銭湯に行った。すげえ熱いお湯だった。

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デタラメ道中/マグダラのマリア

 土曜日の朝、酒田で目が覚めたおれはシン兄と一緒によしこ先生のつくってくれた朝飯をいただいた。よしこ先生も歌い手で、歌の権威なんだ。歌について、声帯について、気をつけなければいけないことをいろいろ教わった。よしこ先生は聞かれなければ無理に教えたり意見を押しつけてくることはない。それでもおれの問いを待ってたかのように、堰を切ったように歌について喉について教えてくれた。
 喉を潰して声が出なくなってしまった演歌歌手の話を。

 声を潰してしまったり、精神を病んでしまったり、片腕が動かなかったり、アル中も、ドラッグやってるやつもいるし、おれも片眼が見えないけれど、振り返って回りをみたらそんなやつばかりだった。

だから何だって言うんだ?

人間そこからが勝負なんだなと思った。そしておれたちはその勝負の真っ最中にいる。

名残惜しかったが、乞食晩餐会は夜に新潟でライブなので、おれたちはここで別れた。シン兄からマリアのイコンが描かれたメキシコっぽいペンダントをもらった。

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「おれ、これ着けてるとなんか疲れちゃって合わねんだわ。NGくんにあげる」

なんじゃそりゃ。呪いの首飾りじゃんか。
 マリアさまはちと宗旨が違うんだが、
おれが最近してるペンダントトップはココペリというインディアンの雨と音楽の精霊のやつだ。ニューメキシコではマリア信仰とネイティブの精霊が混ざりあって謎の神々の土地になっていた。それに習ってこのマリアさまはおれたち片端の集団のマグダラのマリアだと思って受け取った。大切にしよう。

 乞食の兄貴たちの代わりに、スグルさんというシン兄の幼馴染みの車で酒田のラーメン屋を案内し、秋田まで送っていってくれると言う。おれは電車で秋田まで向かうつもりだったが、この申し出にありがたく乗せてもらうことにした。

酒田のラーメンは太めのちぢれ麺と煮干し出汁。サッパリしていて上手い。驢馬で来るときも皆で食べたいものだ。

 スグルさんはなにかつけて「デタラメ」という言葉を使うのがおもしろかった。
酒田から海岸線に平行して秋田まで北上して行く。途中で海に行きたくなってスグルさんに頼んでビーチに降りてもらった。

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とても長いビーチで、季節外れの海の家とか温水シャワーはとてもいい感じで寂れておった。

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ひとしきりカッコつけた写真をスグルさんに撮ってもらって、おれは「デタラメ道中」という曲をいきなり作ってスグルさんに披露した。
こうやって海に来て、ギター弾いたりすることがやりたかった。。
 
秋田に到着。ヴィレッジヴァンガード秋田FORUS店で驢馬のCD置いててくれたので、店内用のポップとサイン色紙を書いた。


 その後別れるのが名残惜しくて、秋田FORUSのビレバンの前のプリクラでスグルさんと一緒に撮った。 スグルさんも体デカイしガラシャツだし、NGはサングラスだし、なんかヤバイガチホモのカップルがプリクラ撮るの並んでるよ、やばあい…みたいな目で女子高生たちに見られている気もしたが、多分それは自意識過剰というものだ。

素晴らしい旅の時を過ごした。
スグルさん、ありがとう!秋田だ!


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酒田を訪れ乞食晩餐会

シン兄へ

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 ドンケツっていう最近のヤクザマンガがあるんだけど、その中にチャカシンという登場人物が出てくるんだ。そいつはところ構わず拳銃を出してぶっぱなしまくるイカれた奴で、ロン毛で身体がでかくて墨だらけで怖がられているけど組内では「シン兄」と呼ばれて煙たがられつつも慕われているキャラクター。
 おれ、会ってるときにはシンちゃんって言ってるのに、文章になるといきなりシン兄って呼ぶのは、このドンケツのチャカシンになんとなく似てるな~って思って。ロン毛でガタイでかくて入れ墨入ってるとことか。性格はそんな似てないけど。とにかく親しみを込めてそう呼ぶよ。
 
 酒田の花街をシン兄の幼馴染みのスグルさんに案内してもらってたとき、ロシア人船員が周りにいる環境で育った話を聞いた。
「小学校の頃からシンイチはトカレフを持ってるっていう噂があった」
と聞いて笑ってしまった。本当にチャカシンだなと思って。持ってたのはトカレフじゃなくロシアの船員さんが置いていったギターだったんだってね。あの青いギター、素敵だよな。

 昔、映画館だった港座だったり、グランドキャバレエだったり、港とか海が見える日和山公園も、酒田にはセクシーな場所が多いよね。
どこにいってもスグルさんは「シンイヂがあたまおかしくなったときよくこっがら海みてた」とか「シンイヂがあたまおかしくなったときこの辺散歩してた」とか教えてくれた。じゃあシン兄はいつでもどこでも頭おかしいじゃねえか!と思って可笑しかったよ。


泊めてくれて助かった。ありがとう。先生の芋煮、美味しかった。


 朝、いろんなことを話したね。カタワになったギタリストの物語は泣けた。でもこのストーリーはまだ途中で、結末はわかっていないね。いつかもっともっと時間が経ったときに歌の題材にしてみたい。

「誰かよりいいとか悪いとか、誰かに憧れてどうだとか、それは東京の考え方だ。そんなもんはやめだ。ここにはこれしがねえがら。どっちがどうとか関係ねえ。自分の通りやるしがねえ」

 シン兄の言ってることは自分自身でいることなんだと思う。
 おれは幸か不幸か東京に育って、むしろ東京で出会った地方出身のバンドマンのファイトとガッツに影響されてきたから、シン兄みたいにまた一歩違う視点からみた音楽観には面喰らう。けれどなぜだか妙に共感する部分もある。

 おれはレコードを出さなきゃいけない、バンドをうまく回さなきゃいけない、とかなんとか色んな「しなきゃいけない」みたいなことに絡まれて囚われてしまって悩んでいたんだ。知らず知らずのうちに自分には無理のあるやり方になってたらしいと気づいた。自業自得だけどな。
 これから驢馬として「男根ぶら下げ三千里」ツアーを回る前に気づけてよかった。またすぐ酒田行くからさ、最高の状態で対バンしよう。

 シン兄が仕事辞めて音楽だけでやってくって言った気持ち、すごくわかる。
おれ、すぐそうなれるかわからないけれど、今回ひとりで旅した経験を音楽に生かして毎日やっていくよ。

 どの街にだって、なんか変で最高な人はいる。その人に届けることができたら。
街の一角の少数派だけ聴いている音楽かもしれない。
日本中、世界中の、とある街の少数派を集めたら結構な数になると思うんだ。
その人にまで届けたい。


とはいえ酒田は酒田にしかない。

クッタカ兄貴、ひろこさん、よしこ先生、スグルさん、ありがとう。

シン兄もお元気で。すぐ会おう。

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2015年9月25日 (金)

ハードケースで独りで旅する音楽

 時間労働を終えて、少し遅くなってしまったが、25時から吉祥寺のスタジオで驢馬の練習。
10/4日曜日、東高円寺二万電圧でのスリーマンに向けて。


 
 朝、5時に練習を終えて富士そばで蕎麦を啜った。少し寒かったからもりではなくかけで。そのまま新宿に向かって7時半の高速バスに乗り込んだ。仙台経由で酒田に行く。今回の旅は驢馬でもzampanoでもない。ひとりだ。


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 なぜ今回ひとりで旅に出るかというと、9月の最後の週末を元々秋田の山奥のフェス「夜叉鬼祭」に出演するつもりで空けていたんだ。夜叉鬼祭に関しては過去の記事を観てみてくれ。

http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/195222/187985/96138072

貼り付けたこれ読み返したらスゴい気持ちになった。このときおれは感動しすぎてショッキングな状態になってて何を言ってるかわからないな。
このときのアホエピソードを具体的に書いていいかい?
 夜叉鬼祭でライブ終えた後は、ここに書かれていた米子さん(仮名)のテントでなんか色んな布にくるまって世話になってて、なぜだかおれは朝方まで小麦粉捏ねてチャパティー(?)を作っていた。米子さん(仮名)は吊り目の気の強い女で、NGは吊り目の気の強い女にめっぽう弱いんだよ。おれになにか手伝わせたいとおもったら吊り目の気の強い女を目の前に置いておけばけっこうなんだってやると思うぜ。「ピザ生地伸ばすのが得意なんですよ」とか言いながらチャパティ捏ね始めたりな。しかもチャパティ捏ねただけで何もせずに終わった。所詮は無害な動物なんだよおれは。それに米子(仮名)は彼氏がいて(当時)、しかも主宰のひとりだったから手も足も出なかったんだ。文化祭かよ!って思ったね。冷静に考えてみるとおれもアホな行動だったな。1年も経ったし時効だろ。それに関係者は全員おれのアホ行動を目の当たりにしてたし、米子(仮名)も今はもう日本にはいないからへっちゃらさ。


 そんなNGのNG行動は置いといて、自然の中の本当に美しい、素晴らしいフェスだったんだ。zampanoの焚き火の前のライブは忘れられない。
 でも、今年は夜叉鬼祭は中止になってしまった。とても残念だ。何度も行っている秋田だし、仲良くなったジョニーに会いたい気持ちもあって、ひとりで行くことにしたんだ。ギター持っていくと言ったらら日曜日に秋田市内のトリノス食堂という場所でお昼にソロライブをやらせてもらえることになった。ありがたい。秋田の方、是非zampanoでも驢馬でもないNGソロを観に来てください。


 で、秋田で出会った酒田の二人組、乞食晩餐会にも会おうと思って連絡してみた。乞食晩餐会はこの記事を読んでみてくれよ。

http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/195222/187985/97149341

乞食晩餐会とは去年の夜叉鬼祭一日目で対バンして出会ったんだよね。それから酒田に呼んでくれたり、今週の月曜日は下北沢インディーファンクラブに出演してたから観に行って、その後飲んでて、クッタカ兄貴を連れ回して夜更けの人々に連れていった。


 今、仙台でバスを乗り継いで酒田に向かってる。寒河江SAを過ぎたあたりだ。今夜は酒田で飲み会(?)。ギター持ってきてるから、ちょっとだけ演奏させてもらうと思う。
酒田には来月も驢馬の「男根ぶら下げ三千里」ツアーで来るから、それの営業の意味も兼ねてる(フリをしてる。そんなにマジメに振る舞えるかは着いてみないとわからないが)。


ずっとずっと思ってたんだが、こうしてハードケースで独りで旅する音楽こそが、ブルーズマンの本懐だと思う。
驢馬のCDも、zampanoのCDも、実を言うとおれの新しいCD-Rも持ってきてる。


驢馬という幻影旅団が全員集合で街に乗り込む前に現れた斥候でもあり、営業のフリをしてこれは修行でもある。そう、修行だ。


独りの音楽を磨いてきます

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2015年9月16日 (水)

だがこれはギャンブルではない

2015年、9月16日水曜日に日付が変わった頃。
 驢馬の2枚目のアルバム、「DAMAGE」の発売日だ。驢馬は去年の暮れからこの日に向かってずっと準備してきた。大変なエネルギーと時間を注いだプリプロダクション、意外なほどに瞬間的に終えることができたレコーディング。武道の試験のような雰囲気だった。何度も何度も練習した技を一瞬のうちに披露する。そんな真剣勝負の感覚だった。それから7時間近く水に浸かっていた水中のジャケット写真撮影。中学校を借りきって撮影したプロモーションビデオ撮影。2015年行ったありとあらゆる行為がこの発売の瞬間に向けて用意されたものだ。

 昨晩はおれはレストランで久しぶりにピザ場に入って調理していた。だが、あんまり混まなかったので、もう一店舗にヘルプに行って皿をひたすら洗っていた。戻ってきてタイムカードを切ると、ドラキュラみたいな店長がアルバム発売を祝って一杯おごってくれた。
「"金がなくては"という曲と"金なんか無くてもどうせ死なねえ"という曲があるんですよ。」とちょっと歌ってあげた。すると調理場に来ていた他店のシェフが「それってヒップホップなの?」と聞いてきた。ドラキュラ店長は「聴いたらあんまり激しくてメタルかと思いました」と言った。「パンクでもありますね。」「疲れてるときに聴いたらビックリしました」「疲れてるときに全くお勧めしません」

 それからアルバムができるまで、様々なことをしてきたことを話した。シェフが「それは賭けだね」と嬉しそうに言ったのが嬉しかった。
「ええ、賭けなんです。だからおれは私生活ではパチンコとかギャンブルは一切しません。」

 帰る前に近くのスタジオやライブハウスをのぞいて、ポスターを貼らせてもらえないか頼んだ。明日はどうなるだろうと考えていた。仕入れてくれた店舗に挨拶に行こうと思っている。スーツを着て、正装で出掛ける。CDをリリースする流れは少しずつわかってきたが、リリース前の泡たつような気持ちにはどうにも慣れない。

泉谷しげるの春夏秋冬の歌詞のような思いだ。深夜3時頃に家に帰ってきたが全然眠れなかった。

何かが始まる



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2015年9月11日 (金)

すべての不良少年がドストエフスキーを読んだら世界は変わるかもしれない

 驢馬のスリーマン「男根」と「男根ぶら下げ三千里ツアー」のスケジュールが発表された。

〈DAMAGEレコ初スリーマン「男根」〉
2015年10月4日(日)東高円寺二万電圧
時間 : Open 18:30 Start 19:00
料金 : 前売 1,800円 当日 2,300円(+1d 500円)
出演 : 驢馬 / FIREBIRDGASS / GROUNDCOVER.

〈驢馬-ロバ-「男根ぶら下げ三千里ツアー」2015〉
2015年10月6日(火)神戸スタークラブ
2015年10月7日(水)高松TOONICE
2015年10月8日(木)徳島CROWBAR
2015年10月9日(金)松山doubule-u-studio
2015年10月11日(日)横須賀かぼちゃ屋
2015年10月16日(金)酒田Music Factory
2015年10月17日(土)秋田Re:MIX
2015年10月23日(金)新宿LOFT
2015年11月6日(金)滋賀U Stone
2015年11月7日(土)甲府CONVICTION
2015年11月11日(水)渋谷CYCLONE(アウトストアイベント)
2015年11月12日(木)大阪心斎橋HOKAGE
2015年11月13日(金)尼崎Deepa
2015年11月14日(土)名古屋DAY TRIP
2015年11月15日(日)和歌山OLD TIME

ファイナルワンマン
2015年12月13日(日)渋谷CYCLONE


 今年は製作が多くて旅に全然出ていなかったからすごく楽しみだ。驢馬は旅に出ているのがいい。東京にいるときは思惑だとか牢獄が多くて、五頭も驢馬がいると少し窮屈だ。

 こういうちょっとした全国ツアー(全都道府県ではないけれど)をまわるようになって思ったことは、アルバイトやりながらツアーを回るとは思ってなかったということだ。全国ツアーをやるようなバンドはレーベルから予算が降りたり、ギャラがウッハウッハしてるのかと思っていた。潤いとは言わないまでも音楽だけで食えているのかなーと思っていたけど、なんのことはない、おれたちがVANISING RECORDレーベルの中の人だからおれたちがツアーの予算を出さなければ誰も出さない。単純な話に過ぎない。

 インディーズでもいろんなやり方があるだろう。まだまだ試行錯誤の途中だけれど、おれたちが誇りを持って言い切れるのは「有り金はすべて制作費にぶちこんだ」ということだ。

 もちろんメジャーレーベルのアルバム制作費とは比べ物にならないだろう。クソが!!!でも、すべておれたちが決断して進めたこのプロジェクトは絶対にメジャーレーベルのアルバムにひけをとらないと思う。無名だから無敵なんだ。驢馬は5人が全員プロデューサーで、プロデュースというのはワケ知り顔のおっさんが鼻くそホジリながらMacをいじる作業じゃねえ。本当に愛して産むからのプロデュースをやったと自負している。

 おい、涙が出てくるくらい良い話じゃねえか、そう思わないか?思わないか。

 ただまあ若干トンチンカンかもしれないけれど、何かの目的を遂げようとして、そのために稼いで、お金を投資できることはけっこう幸せなことだなと思う。ましてやいい年コキはじめた大の男が五人も集まってそういうことをできるのはクレイジーだし、そういう奴らが集まっていれば何かを変えられるかもしれない。
「何かを変えられるかもしれない」なんて現代日本社会で成人男性がほざいていたらアホと思われるだけだけど、音楽にとって「何かを変えられるかもしれない」という「何か」のムードよりも大切なことは無いんだ。だからアホと思われようとマジでやってる。若干じゃなくて相当トンチンカンなところもあるけれど、それくらいのユーモアがないとやっていけないさ。何かを変えるためには。

 そんなこんなでおれは昨日も終日レストランで時間労働だった。

台風だったためかランチタイムには全然お客様はいらっしゃいませんでした。
ランチのラストオーダーの間際になって、自分がドルチェの入っている冷蔵庫を開けようとしたところ、冷蔵庫が傾いてしまい、スタッフ全員で治そうと冷蔵庫を持ち上げ動かしたら、冷蔵庫の陰にあった配水管に接触して折れてしまい水が漏れてしまいました(社員への報告メールから転載。)

 とにかく水が溢れだして止まらず、古い建物のせいか、元栓もなかなか閉まらず、自分は菅の破損箇所をワインの栓がわりにしていたバナナ型のゴム製コルク(店長の私物)で強引に力で押さえ込んで止めるというzampano芸をしているとみるみるうちに水を全身に浴びてびしょ濡れになってしまいました。

 びしょ濡れになりながらずっと考えていたことは驢馬の新しいプロモーションビデオが今夜発表になる。そのビデオを紹介するコメントを考えなければいけなかったのだ。おれはずぶ濡れになりながら考えた。ファンの女性から朝「驢馬って大人と子どもの間って感じがありますよね」というメッセージが来てたことを思い出した。大人と子どもの間ってなかなかヤバイな。おれたち大丈夫かな?とも思ったけれど、ずぶ濡れになって配水管の水の噴出を抑え込んでいるおれはけして大人とは言えない。とはいえ子どもとも言えない。子どもだったらぼんやり観ているだろうなと思った。中途半端な責任感があるからずぶ濡れにになるわけだし。逆にもっと対処力があれば水の元栓を探して止めるだろう。そうしないのは「おれ別にバイトだし」店の元栓なんか知ったこっちゃねーからだ。

 そして誰も元栓を止めないまま自分は溢れ出す水の中はいつくばってずぶ濡れになっていきました。誰も店の元栓を知らなかったのです。そのうち上司の上のさらに上司のKさんがやって来ました。水は止まりました。元栓を閉めていただけたのでしょう。ホッとしたのもつかの間、Kさんは鬼の形相で怒りました。

「おいおい!おいおいおいおい!!何やってんだテメー!!!なにしてくれちゃってんだよ?!?!?!」

「配水管が折れました」

「なんで配水管が折れるんだよ?!テメーが折ったんだろうが??」

「冷蔵庫を動かそうとしたら接触してしまいました。ここに配水管があるとは知りませんでした」

「おれだって知らねーよ?!知らねーとこなにさわってんだよ?!?!だいたいなんで冷蔵庫動かしてんだよ?!?!?!」

「冷蔵庫の扉を閉めたら突然傾きました」

「そんなわけねーだろ??こんな足場で支えてんだぞ!!!!テメーが傾けたんだろ?!コラ!!!!」

「その足場から支えが崩れたんです。もしかしたら足場に隙間があったのかもしれません」

「は?!!?!なんで気づかねーんだよ!!!!?!?!気づくのがテメーの仕事だろーが!!!!そんなテキトーな仕事してていいと思ってんのか?!??ああ?
!!!!?」

「気づきませんでした」


 と話ながらおれはまったく全然別のことを考えていた。なぜ別のことを考えれたかと言うと、Kさんに言われることはびしょ濡れのバナナで流れる水流を抑えながらすでにシュミレーション済みであり、何て言われるか何を答えるかもうわかっていたからである。おれは怒声を浴びながら思い出した。

「すべての不良少年がドストエフスキーを読んだら世界は変わるかもしれない」

 なんの小説で読んだかは思い出せない。そんなに面白い本ではなかったかもしれない。でも、これは驢馬の「殺されたメロディー」通称「支配者」になんとなく当てはまるように思った。これをキャッチフレーズとしてメンバーに提案してみよう。

 水道管破裂箇所を懸命にバナナで抑えていたおれは実際には状況対処としてやっていたわけではないように思う。
 ただ、水があんまり勢いよく溢れ出るから思う存分水を浴びたかっただけだろう。
 元栓がしまり店内のすべての水道が使えなくなった今、おれは床に這いつくばったり冷蔵庫の裏の汚れを全身で浴びたので、真っ黒になっていて、それを洗うためには傘をささずに外に出て空を仰ぎ見ればよかった。

 配水管なんかが破裂しなくても台風の日には水浴びはできるのに。

それでもドストエフスキーを読まなかったら不良少年はこうはならなかった。


 そしておれは不良少年でさえなかった。じゃあなんでこんなことになったんだ?
 かつても今も、ただ不明のなかにいて、不明の旅に出かける。

 ドストエフスキーは「地下室の手記」が一番好きだ。ちゃんと読んだのはあれだけかもしれない。
カラマーゾフの兄弟には悪いが。


このビデオを観てくれよ。

https://youtu.be/6AVmY6z3Q94



(実際のキャッチフレーズとは異なります。このキャッチフレーズは採用されませんでした。)



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