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2015年4月20日 (月)

鉄錆色の道路で無呼吸

 祖父の法事のために新潟県の上越高田に帰った。
祖父が亡くなったのは一年前だ。一周忌のために珍しく家族が全員集まった。

 法事が終わった後、おれは夜中の22時頃から駅周りをうろつき出して、バーを探し始めた。今回の旅は法事とは別の目的があった。親父の故郷である新潟県上越市で、ライブをやりたい。そのための情報集めだ。

 昼間街を探したときに、レコード屋は目星をつけた。レコード屋には明日行く。ライブハウスは特に調べてはいなかった。おれは特にアタリもなく繁華街を歩いていった。
 駅前のメインストリートは寝静まっていて、交番とタクシーの待ち合い所だけが蛍光灯の光を照らしている。閑散としたメインストリートの裏路地を入ると無料案内所だったり、キャバクラの看板が並んでる。キャスト常時50人在籍って書いてあるが本当だろうか?疑わしい。そこをさらに進んで行くとあった。「Stomp」と書かれた看板。建物の二階にある。いくつかのヒント、「rolling stones」とか「mojo hand」とか書かれている。間違いなくブルースバーだろう。

 そのStompというバーに入ってみた。細長いスペースにカウンター。想像したよりも人は入っていた。高田は夜桜が有名で、今夜は桜のシーズンだ。客はみな夜桜を見た後の客らしい。とりあえずウィスキーを頼んだ。つきだしになにか山菜を出してくれたが、名前を忘れてしまった。こう、先がくるっと曲がっているやつだ。

 マスターが何かリクエストはないか?と聞いてきた。「ライトニン・ホプキンスはありますか?」当たりだった。マスターはライトニンが大好きだった。Stompという店の名前をみたときからライトニンか、ジョン・リーが好きな店主だろうなとヤマを張っていたのだ。ライトニンに賭けたが、別にジョン・リー・フッカー好きだったろうと大丈夫だとは思うけれど。
店主はライトニン・ホプキンスの「mojo hand」をかけてくれた。大名盤だ。
おれはmojo hand に入っているSANTAという曲が大好きだった。店主は非常に喜んでくれたようだった。
「この街でね、ブルースを本当に愛しているのは三人しかいないよ。」
店主は本当にブルースを愛していた。

 おれはCDとか音源はおろか、名刺やフライヤーさえ持ってはいなかった。だから己がどういうミュージシャンかは口八丁でプレゼンテーションするしかなかったんだ。
それでもなんとか自分がブルースという音楽を愛していることを拙い言葉で伝えた。この世にブルース以外に大切なものなどないと、そういう勢いの物言いが得意なやつなんだおれは。本当にそう思っているけど。
 きっとまた来ると、そう言ってバーを出た。

午前1時過ぎ。もう通りの客引きのキャッチもまばらだ。キャバ嬢の送迎や、代行運転の車がちらほら見える。

 通りを観てみるとはす向かいにクラブかあった。ダンスミュージックとかをかける方のクラブだ。
 上越のクラブシーンに興味があったので入ってみた。そこのクラブは爆音の重低音でR&Bが、そしてそのあとはhip-hopのショーケースがやっていた。

 ひっつめ髪のソウルディーバ風の娘が歌っていた。少し古い感じのR&Bだった。少しというのは10年前くらいというか。そのあとのhip-hopはラッパーの青年とこれみよがしにマックブックの林檎印を光らせているトラックメイカー風のDJ。音楽的にはKREVA的な感じでJ-RAPメインストリーム風。特に面白くはなかった。

「上越!say ヒィェエーーー!」と6回言っていた。

 演者も音楽もそんなに興味そそられなかったが、お客さんは印象的だった。みな、食い入るように真剣にステージを観ている。若い、20代前半にみえる男女たちだった。眼がむちゃくちゃに真剣だ。ラッパーを目指してるのかもしれない、もしくはダンサーなのかも。熱い視線だった。

こういうお客さんの前でライブやってみたいなーと思ったが、どういったルートで出演交渉したらいいのか、よくわからない。
爆音のなかで、誰かと喋れるきっかけもなさそうだったので、40分くらいステージを見てクラブを後にした。

 繁華街を外れて川沿いを歩いた。幼い頃から何度も訪れた街だ。今ではとてつもなく寂れつつある。
アスファルトが赤いのが夜でもわかる。豪雪地帯の上越だから、雪融けとともに鉄の錆が溶け出して道が赤く染まっているのだろうかと想像した。


 午前2時すぎて泊まっていた部屋に戻った。同じ部屋に親父も寝ている。親父は最近、睡眠時無呼吸症候群とかいうのかがひどくて、酸素マスクをつけて眠っている。スターウォーズのダース・ベイダーみたいだと自分で言っていた。定期的に漏れる酸素の音が、生きたり死んだりすることをどうしても考えさせた。

真夜中。自分の好きなことばかりやって飲み歩いてる男と、無呼吸の父と、骨壺から墓石の下にしまわれた祖父。

 そう、高田の葬式は骨を直に取り出して、ホウキとチリトリにしかみえないような用具で掃くようにして骨を墓石の下に空いた空洞に投げ入れるのだ。どこからどこまでが祖父の骨だったかわからないくらいにバラバラになって。言うなれば祖先の骨の破片と混ぜてしまう。
初めて観たのでかなり面食らったよ。

なんの連鎖なのかわからないが、おれもいつかバラバラの骨の破片になって祖先の骨紛と混ざってゆくのだろうか?それまでこの街や、この墓はあるのだろうか?

赤いアスファルトの続く雁木通りは何年も変わらないようだ。だが映画館やデパートはなくなって確実に寂れているけれど。
地下の闇には祖先の骨が混ざりあって眠っている。

高田城の夜桜は100万人の観光客が観に来るらしい。夜桜は見なかった。

鉄錆の色をした道をなんとなく眺めていた。





 



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2015年4月11日 (土)

グールド好きなジジイの娘の吹く魔笛

雪が降った。
東京の四月の雪は五年ぶりらしいとニュースでやっていた。

 時間労働は暇すぎて、かなりはやく上がれた。まだ23時で日付は変わっていない。おれは不意の自由な時間に喜び、調子に乗ってバーに飲みに行ってしまった。いつも驢馬で入ってるスタジオの上にあるバーだ。
入ってカウンターの端っこで飲んでるつもりだったんだけど、常連さんぽい客の話に間違って絡んでしまった。
 
Aがそのバーの店長、Bは常連客である。



A「わたしね、「ボブ・ディランバー」というところに行ってみたんですよ」

B「ほうほう」

A「そしたらBGMでまったくボブ・ディランがかからないんです。」

B「えーなんで。」

A 「それでお店の人に聞いてみたんです。ボブ・ディランはかけないのか?ってね。そしたらお店の人はボブ・ディランなんてききたいの?!珍しいって言うんですよ」

B「いったいどういうことだね」

A「それでやっとボブ・ディランかけてくれるかと思ったらディランじゃなくてザ・バンドなんですよ。これザ・バンドじゃないですか?!ボブ・ディランじゃないですよってわたし言いましたよ」
 
B 「おかしいねえ」

A 「そしたらお店の人はあなた本当にボブ・ディランききたいの?ボブ・ディランなんかかけたらお客さんみんな帰っちゃうよと言うんです。それでもいいからかけてくれとわたし言いました。そしたらボブ・ディランをかけてくれました」

B 「どうなりましたか?」

A 「本当に他のお客さん帰っちゃいました。わたしガッカリしてしまって。ボブ・ディランかけちゃいけないんですねえ。だからわたし店ではボブ・ディランかけません。」

おれはもう黙っていられなかった。

おいてめー!なんでそんなことされて黙ってるんだよ、ガッカリしてる場合かよ!それてめーがいじめられてるんだよ!もしくは担がれたんだよ!!
ボブ・ディランかけて帰る客なら全員最初からいなくてよかっただろうが!!
てゆうか何が言いたいんだテメーは!

 
 だいたいおれの友人がやってるバーではボブ・ディランは永遠にかかっているし、ボブ・ディランどころかジョー・ヘンリーやジョニー・キャッシュとかが無限にかかっているが、誰も帰らないし、それで帰るような客なら最初から来ないでいい!という態度を微塵も隠していない。

我慢ならなかったおれはそのバーでひとくさりイチャモンをつけてしまった。間違えた。
そのあとおれは何故か深夜2時までバーにいるやつらの音楽論を批判し続けたら、なぜだか意気投合した風な雰囲気になってしまって、Bのジジイの娘がフルートで魔笛を吹けるのが天才かどうかという意味わからな談義をしていた、おれはそのジジイを罵倒し続けた。

延々と否定されたはずなのに最終的に気をよくしたBのジジイは去り際に一冊の本をくれた。グレン・グールドの本だ。

グレン・グールドって知ってるか?
クラシックのピアニストで、コンサート嫌いで人嫌いで、潔癖症の素晴らしいピアニストだ。
コンサートを一切やめて、レコーディングのみで作品を発表し、友達には会わずに電話だけで話すという奇人変人。
バッハのゴルトベルク変奏曲が本当にすごい。

その本は如何にしてグレン・グールドはグレン・グールドになったかとその素晴らしさが書かれた本だった。

おれはグールドは大好きなんだが、別にグールドみたいになりたいわけではない。
だからグールドがどんなだろうとどうだっていい。それにドキュメンタリー映画を観たことあるからだいたい知ってるしな。

朝手ぶらで家を出たおれのジャケットには、帰りはグレン・グールドの本がポケットにささっていた。
ちょっと疲れた。帰って寝ればよかった。おれもあんなジジイになってしまったら嫌だなと思うが、もしかしてなっているかもしれない。

音楽好きで偏屈で狭量で話の長いジジイだった。



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2015年4月 8日 (水)

妹はメロンパン

ジョニーへ
おひさしぶりです。

手紙くれてありがとう。

 blogいきなり更新滞ってごめん。

遠い土地にいるからこのblogが途絶えてしまったら近況わからなくなってしまうよね。


いつもそうなんだけど、大きなイベントを終えると放心状態になってしまって、更新滞るよね。それでイベントで興味持ってくれた新しい人たちに見放されるというわけだ。わかってるんだけど。

 それだけ春宵はよかったみたいなんだよ。zampanoを初めて観た人がマジで感動して泣いてたらしい。おれはそれだけで良いんだ。みんな笑顔だったな。



 今回筆無精したのはあながちイベント後の放心状態なだけでもなかった。
実は新しい作品に向けて新しい動きをしていたんだ。それはまだ発表できないことが多くて、だから何も言えなくて日記も不自然な話題になりそうだから黙っていたんだ。

 今、言える範囲では、おれの旧くからの友人ミッキーが新しくインディペンデントのネットレーベルを始める。そこのリリースで、zampanoの曲、あとおれの新しく発表するクラブミュージックプロジェクトの作品を発表することになってる。

半分は既出の作品だけど。楽しみだろ。おれ新しいことやるとき本当に楽しみなんだよ。楽しみにしててほしい。




 全然関係ない話題で言うと、一昨日妹に会ってふたりで飲んだ。
そう、おれには妹がいるんだよ。5才離れてるんだが。

 妹とちゃんと話すのは実に3年ぶりくらい。そして一緒に飲んだのははじめてだった。

 妹はおれとは違ってちゃんと働いてる。
それでも就職して三年目?(多分)とかで、一昨日は休みだったからシルクスクリーンを学ぼうと思って訪ねていった場所でなぜだか武術家のおじさんとメロンパンを食べてお茶して、来週は「小太刀」(小さい刀ね)の昇給試験を見学に行くんだって。

なに言ってるかわからないだろ。妹はマトモなはずなんだけど、やっぱりおれの妹なんだなーって思ったよ。



また少しずつblogは更新してこうとおもってるからのんびり眺めててください

NGより




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2015年4月 2日 (木)

春宵の思いで

春宵、ありがとう。

 昨晩のライブ、脳味噌の神経の一本一本がショートしてゆくのを感じた。想像力が焼き切れていくような。

すべてが歯車に組み込まれて、運命の車輪の噛み合わせの中で轢死するチャップリンのような。

YANOMAMI、福井のドラムはドヤ顔クエストラブ感。久しぶりに見たペイジのギター。黒瀬の意外に冷静で熱いベース、ヒロさんの異様にソウルフルなボーカル、わかばちゃんの気だるげな声、馨子の必死な、それでいて表情とは裏腹に伸びやかなボーカル。全体としてイモっぽかったが、面白かった。


sonesolo (ATLANTIS AIRPORT)。対談にソネさんじゃなくボノが呼ばれていたことにプンスカしつつサングラスかけてMCするのがキュートだった。ピアノは拙かったがむしろそれがよかった。いろんな歌い手がいる中、確実に声だけで空気を変えられる。それを観た。改めてひとりの歌で歌詞を聞くと、もっと知りたいと思う。


笹口騒音ハーモニカ。最悪だった。すげえよかったんだよ。キレキレで。メチャクチャ気合い入ってたし。「さわね」からベイビーブルーへの流れは圧倒的だった。今回に本当に気持ちをもってきてくれたのだと感じた。すごかったよ。
 
 
タザワ式。やはり一番プロだし、音楽が気持ちいい上に、最高に笑顔で演奏してくれたタザワさん!ありがとうございます。
タザワさんは最初アウェイだと思ったかもしれないが、曲を重ねるごとに拍手の熱気がすごかったよね。良いものは良いということ。

zampanoは自分だからよくわかんねえけど、集まってくれたみんなが目の前でワクワクしてくれたのを感じてうれしかった。本当に来てくれてありがとう。


 帰りにみんなで呑もうって言って。おれと笹口くんでソネさんにアルハラパワハラ的に誘ったんだが来てくれなかった。その時おれははじめて笹口くんと意気投合したことを感じた。

自分のこころだったり、人生の時間だったり、あるいは脳細胞だったりを鉛筆削りで削るようにシャープにして描いて、非常に良い絵が描けたと思う。それはおれだけじゃなくて相方の馨子もそうだし、ドヤ顔のFuck-Eもそうだし、何よりも集まってくれた人たちみんながそうだったのかもしれない。

今、春の宵が終わって茫然自失としている。


昨夜zampanoのライブが始まった瞬間、あいつ聞いたことのない叫び声をあげた。絶叫というか、暗闇の雪山の遠くから咆哮するような声。アレは聞いたことなかった。

ああいう叫び声を聴くと、
この女「狼の娘」というよりは、「人間の娘になる呪いをかけられた狼」なんじゃないかなと思ってしまう。そういうメンバーは最高に面白いし、そういう動物と一緒にバンドをやりたい。

だからやっぱりしばらく旅を続けることにした。第一、旅の他にやりたいこともやるべきことも無い。zampanoとしては。


 春って切ない気持ちになる。哀しいことばっかりだ。でも春宵をみんなと過ごして、嬉しい春の思い出ができた。ありがとう。






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