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2014年5月31日 (土)

Out to LUNCH

 こないだ渋谷のライブハウスの階段でおれがグロッキーになってたときにバンドマンの友だちと話してたんだ。
 そいつとはどうやら地元が近いみたいで。東京でも「地元」という感覚はあるんだ。おれのよく行く東側、たとえば浅草あたりと、おれの住んでいる西東京あたりの基本感覚はあきらかにかけ離れてる。せ
っかちで頑固で大変こだわりのある地元意識が強いのは住み着いて三世代以上経っている東東京の人の方だけど、西東京側の人にもわずかながらそういう意識はあると思うんだ。特に都下の人たちは。zampanoの「メリーゴーランドにさよならを」に出てくる「真っ暗な東京都下の空」という歌詞は「東京とか」だと思われることがあるけど、23区に比べると穏やかで光が無くて工場がうなり声をあげるだけの東京都下、とくに東久留米~東大和あたりの静かな夜の雰囲気を言おうとしてるんだ。
で、わが西東京の方の人たちのパーソナリティーは物静かで控えめな人が多いような気がする。おれは全然違うけどね。

 その友だちの彼はおれのブログを読んでいると、地元の土地の名前が出てきて感慨深いしおもしろいと言ってくれた。彼は最近外装を建て直したおれの地元の駅にある謎の草の生い茂った門みたいなオブジェクトとその上についてる鳩よけを設置する仕事をしたらしい。彼のおかげでおれは朝駅に行っても鳩にクソをたらされないですむわけだ。感謝しないとな。

 別に仕事に優劣をつけるわけではないが、彼みたいな現場仕事の職人の話を聞くと頭が下がる気持ちだ。硬派だよな。それに何かをつくりだす、あんな巨大な構造物をつくりだすことのできる職人さんたちにはやはり畏敬の念を抱いてしまう。どうしても飲食店で働くことをチャラチャラしたナンパな仕事のように感じる。それはそれ、これはこれ。
そんなおれだけれども、それでも最近は昼の時間労働仕事にやりがいを感じるときがある。それは職場で賄い飯を作る担当になったということだ。
 言うまでもないことだけど、飯って大事だよな。今までおれが昼間働いていた職場はいそがしすぎて飯を食う暇すらなかった。そういう場所は必ず殺伐としてきてどんどん人が辞めていく負のスパイラルができる。だから半年以上飲食店にいながら賄いも食えないような状況だった。でも最近は人が少しずつ増えて、おれとしてもピザやパスタのレシピを教えてもらえるようになったから、賄い飯を作らせてもらえるようになったんだ。
 おれ自身は正直言って、店の商売でお客様に飯や酒を提供して満足していただいて帰ることに、個人としてはそれほど充足感を抱けないんだ。当たり前かもしれないけど、だからこそ本当に本物のサービスマンや料理人になることはできないだろうと思う。もちろんそれでいいけど。
 ただ賄い飯は別だ。一緒に汗を流して働いている人がおれの作った料理を食べてくれて、それでこの後も働く元気をだしてくれたり、曲がりなりにも美味いと言ってくれて笑顔になってくれること、こんなに嬉しいことはないんだ。それは時給が発生しない時間にやっていることだが、だからこそ純粋に奉仕と勉強の気持ちで作っている。仲間の飯を用意できるって嬉しいことなんだ。
 
 ここまで書いて、おれは大坪と初めてちゃんと喋ったときのことを思いだした。あれはおれがモンスター幼稚園というバンドをやっていたころ。うちのベースのやつが大坪率いるピンクグループのPVを作っていたんだ。
当時、モンスター幼稚園は半コミューン状態になっていて、みんなでベースのやつの家に入り浸って一緒に作業したり寝起きしたりなんかしていた。おれはそのころから得意げに料理をつくっていて、ちょうど冷蔵庫の中にワカメをみつけて、「わかめバター醤油スパゲティ」という怪しげなパスタを作っていたところだった。
大坪が打ち合わせのためにベースの家にやってきて、おれは「わかめバター醤油スパゲティ」をふるまった。正直かなり怪しげな味だったと思うけど、やつは喜んで平らげてくれたのを覚えているよ。それからおれたちはウータンクランの話とかをしてすこしずつ出会っていったように思う。

 何が言いたいかわからなくなってきたな。要するにおれの音楽以外の喜びは料理と、それを分かち合う人たちとの時間だということを言いたかったんだ。当たり前だけどな。でも意外とその当たり前をないがしろにしてしまったせいで必要以上にダメージを受けるケースも多々あると思うんだわ。
そしておれはその当たり前じゃない、当たり前の喜びが自分にとって何なのかをわかっていることで、例えば料理ができなかったり、時間をともに過ごせなかったり、飯すら食えないような時でも、すばらしかった時間を思い出したり、これから起こる素晴らしい時間を想うことだけでも十分やっていける、そんな気がするんだよ。

 おれの頭の上に鳩のクソが落ちないようにしてくれた友人とともにそういう素晴らしい何でもない時間を過ごしたいなと思った。いつやるの?今すぐじゃないけど(笑)。でも再来月は一緒にツアーに行くからな。
人生にとって何が大事なのか、ていうか人生とは何だったのか。いつもいつも考えたりはしないし、できないよな。
でも自分にとっての射程距離の狭い範囲の中での喜びがなんなのか。それをわかることはきっとタフになれることだと思う。
こんなこと書くのは気恥ずかしかったり、ちょっと自意識過剰な気もするが。それでもおれは日々の喜びと音楽作品の表現をどこか繋げたいとおもっている。


願わくば、私にとっての喜びがあなたにとっても喜びでありますように。



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