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2014年5月31日 (土)

祭り囃子が聞こえる

 昨晩の記事は完全に酔っぱらってる状態で書いた。なぜだかむやみにエモくなってるから読み飛ばしてくれ。昨夜は馨子と練習した後になぜだかワインを沢山飲んでたんだ。だいいちなぜそんなことになったのかよく覚えていない。ふたりでものすごく辛い麻婆豆腐を食っていた。

 今日はライブだけれど珍しく昼間も休みにできたから、昼過ぎまで寝ていた。はやく家を出なきゃな、とか思いながらハンターズランという小説を読んでいた。ラテンアメリカ世界の未来惑星の話だ。ラモン・エスペホというやつがエウロパ人を酒場で殺してしまって、未開拓の鉱山に逃げこんだら怪奇な宇宙人に捕まってしまったところまで読んだんだけど、そこからちょっと描写がたるくて先に進めてない。まだおもいっきり前半だけどな。

 今夜のライブで使うスピーカーを浅草橋の夜更けの人々まで取りに行った。自分のが置きっぱなしになってたんだ。浅草橋につくと祭り囃子が聞こえてきた。どうやら今日は神社の祭りらしい。半纏姿に鉢巻きの男衆、女衆が颯爽と街を歩いていた。
 夜更けに着くとOは祭りになんかこれっぽっちも興味がないといった様子で文庫本を読んでいた。こいつは浅草橋で生まれて、こないだ30年たったくせに一度も地元の祭りの神輿なんか担いだことはないんだ。期待してもいないが、そういうやつだ。それなのに最近は町会に入って祭りを乗っ取って、ロックフェスをやろうとか驢馬をトリにして出そうとか口では言ってる。ここらの老人ばかりの町会なんか簡単に乗っ取れると言うけれど、三社や鳥越のときに出てくるような威勢のいい喧嘩っ早い連中と渡り合うつもりなのか?あるいは柳橋にはそういう連中はいないのかもしれないが。
おれはOの思いつくことに関しては本当に起こるまでは話半分に聞いてる。それでも今まで色んなことが実現したけどな。

 福島で買ってきたお土産を渡すことができた。郡山の笹の川酒造というところの「チェリーウィスキーXXV」というやつだ。チェリーというけれどチェリーの樽とか甘味があるというわけではないらしい。43度あった。とりあえず2人で飲んでみる。さわやかで飲みやすいかと思いきや濃厚な味。でもだいたいウィスキーのことを文章で書くなんで馬鹿らしいことはない。説明は面倒だから省くが、臭いウィスキーが好みのおれとOの趣味とは違った。でもまあまあ美味かった。
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 昨夜、夜更けにかつて常連だったYさんが来たらしい。Yさんは去年の夏、近所の重たい木の扉のバーで暴行事件が起きたときに最初はその場に居合わせてたんだが、恐怖のあまり走って逃げたかどで夜更けを出禁になってたんだ。まあ、ふつう怖くて逃げるよな。でもトラブルから逃げるような男は蔵前橋あたりでは腰抜けということになっている。
Yさんはほぼ一年ぶりくらいに来て、相変わらず放蕩な飲み方をしていったとOが笑いながら教えてくれた。しかも昨晩は事件の当事者であるHさんが夜更けにやってきて、Yさんは久しぶりに肝っ玉縮み上がってたらしいよ。
そう、事件の裁判は終わっていないのだが、当事者のYさんやEさんは夜更けにやってくるらしい。見回りなのか示威行動なのか。どういう神経なのか知らないが、ふつうに接客しているOもぜんたい変なやつだ。

Oに今夜やるライブのことを話すとぜひ夜更けでもやってくれと言う。確かにOの好きそうな音楽だった。だけど浅草橋までピアノを持って行ったらおれはもう持って帰りたくない。だいたいピアノのあるバーにあこがれてたんだよ。置きっぱなしにするぞ。

浅草橋へ帰るとき、神社の前を通るとOが「あの組んであるステージ見えるだろ。あれを乗っ取ろう」と言った。そんなにうまく行くかな。
おれはスピーカーを持って荻窪に向かった。
八時からライブだ。今夜はすごく楽しみな演奏。88鍵ピアノの最低音と最高音を同時に弾こうと思う。



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Out to LUNCH

 こないだ渋谷のライブハウスの階段でおれがグロッキーになってたときにバンドマンの友だちと話してたんだ。
 そいつとはどうやら地元が近いみたいで。東京でも「地元」という感覚はあるんだ。おれのよく行く東側、たとえば浅草あたりと、おれの住んでいる西東京あたりの基本感覚はあきらかにかけ離れてる。せ
っかちで頑固で大変こだわりのある地元意識が強いのは住み着いて三世代以上経っている東東京の人の方だけど、西東京側の人にもわずかながらそういう意識はあると思うんだ。特に都下の人たちは。zampanoの「メリーゴーランドにさよならを」に出てくる「真っ暗な東京都下の空」という歌詞は「東京とか」だと思われることがあるけど、23区に比べると穏やかで光が無くて工場がうなり声をあげるだけの東京都下、とくに東久留米~東大和あたりの静かな夜の雰囲気を言おうとしてるんだ。
で、わが西東京の方の人たちのパーソナリティーは物静かで控えめな人が多いような気がする。おれは全然違うけどね。

 その友だちの彼はおれのブログを読んでいると、地元の土地の名前が出てきて感慨深いしおもしろいと言ってくれた。彼は最近外装を建て直したおれの地元の駅にある謎の草の生い茂った門みたいなオブジェクトとその上についてる鳩よけを設置する仕事をしたらしい。彼のおかげでおれは朝駅に行っても鳩にクソをたらされないですむわけだ。感謝しないとな。

 別に仕事に優劣をつけるわけではないが、彼みたいな現場仕事の職人の話を聞くと頭が下がる気持ちだ。硬派だよな。それに何かをつくりだす、あんな巨大な構造物をつくりだすことのできる職人さんたちにはやはり畏敬の念を抱いてしまう。どうしても飲食店で働くことをチャラチャラしたナンパな仕事のように感じる。それはそれ、これはこれ。
そんなおれだけれども、それでも最近は昼の時間労働仕事にやりがいを感じるときがある。それは職場で賄い飯を作る担当になったということだ。
 言うまでもないことだけど、飯って大事だよな。今までおれが昼間働いていた職場はいそがしすぎて飯を食う暇すらなかった。そういう場所は必ず殺伐としてきてどんどん人が辞めていく負のスパイラルができる。だから半年以上飲食店にいながら賄いも食えないような状況だった。でも最近は人が少しずつ増えて、おれとしてもピザやパスタのレシピを教えてもらえるようになったから、賄い飯を作らせてもらえるようになったんだ。
 おれ自身は正直言って、店の商売でお客様に飯や酒を提供して満足していただいて帰ることに、個人としてはそれほど充足感を抱けないんだ。当たり前かもしれないけど、だからこそ本当に本物のサービスマンや料理人になることはできないだろうと思う。もちろんそれでいいけど。
 ただ賄い飯は別だ。一緒に汗を流して働いている人がおれの作った料理を食べてくれて、それでこの後も働く元気をだしてくれたり、曲がりなりにも美味いと言ってくれて笑顔になってくれること、こんなに嬉しいことはないんだ。それは時給が発生しない時間にやっていることだが、だからこそ純粋に奉仕と勉強の気持ちで作っている。仲間の飯を用意できるって嬉しいことなんだ。
 
 ここまで書いて、おれは大坪と初めてちゃんと喋ったときのことを思いだした。あれはおれがモンスター幼稚園というバンドをやっていたころ。うちのベースのやつが大坪率いるピンクグループのPVを作っていたんだ。
当時、モンスター幼稚園は半コミューン状態になっていて、みんなでベースのやつの家に入り浸って一緒に作業したり寝起きしたりなんかしていた。おれはそのころから得意げに料理をつくっていて、ちょうど冷蔵庫の中にワカメをみつけて、「わかめバター醤油スパゲティ」という怪しげなパスタを作っていたところだった。
大坪が打ち合わせのためにベースの家にやってきて、おれは「わかめバター醤油スパゲティ」をふるまった。正直かなり怪しげな味だったと思うけど、やつは喜んで平らげてくれたのを覚えているよ。それからおれたちはウータンクランの話とかをしてすこしずつ出会っていったように思う。

 何が言いたいかわからなくなってきたな。要するにおれの音楽以外の喜びは料理と、それを分かち合う人たちとの時間だということを言いたかったんだ。当たり前だけどな。でも意外とその当たり前をないがしろにしてしまったせいで必要以上にダメージを受けるケースも多々あると思うんだわ。
そしておれはその当たり前じゃない、当たり前の喜びが自分にとって何なのかをわかっていることで、例えば料理ができなかったり、時間をともに過ごせなかったり、飯すら食えないような時でも、すばらしかった時間を思い出したり、これから起こる素晴らしい時間を想うことだけでも十分やっていける、そんな気がするんだよ。

 おれの頭の上に鳩のクソが落ちないようにしてくれた友人とともにそういう素晴らしい何でもない時間を過ごしたいなと思った。いつやるの?今すぐじゃないけど(笑)。でも再来月は一緒にツアーに行くからな。
人生にとって何が大事なのか、ていうか人生とは何だったのか。いつもいつも考えたりはしないし、できないよな。
でも自分にとっての射程距離の狭い範囲の中での喜びがなんなのか。それをわかることはきっとタフになれることだと思う。
こんなこと書くのは気恥ずかしかったり、ちょっと自意識過剰な気もするが。それでもおれは日々の喜びと音楽作品の表現をどこか繋げたいとおもっている。


願わくば、私にとっての喜びがあなたにとっても喜びでありますように。



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2014年5月28日 (水)

ピアノの似合う木目と漆喰の壁

 ピアノを買った。

 電子ピアノというやつだけど。88鍵あってタッチが重いやつだ。31日の荻窪ちゃぶ久cafeで馨子と大坪洋輔、福井遙介、NGの四人でライブするときに使おうと思ってる。
驢馬とzampanoの東北ツアーがあった五月。知っての通り先月に彼女と別れたおれはもう休日なんて必要ないと思って、ツアー以外の日は休まずに働き続けたんだ。ライブない日はもちろん、ライブのある日も朝バイト行って、夜ライブやって、深夜から朝まで飲んで、そのまま朝バイト行って、また夜ライブやってという毎日を繰り返してた。そしたら二回のツアーを経た後にライブが5連続あった最後の日、25日のBAD ATTACKレコ発企画の日に体調が極悪になってしまった。ライブはもちろんバキバキにかましたつもりだけれど、NGともあろうものが打ち上げに出れないほどに疲弊していて、そのまま退散してしまった。

 次の日もバイトだったけれど、帰って寝たらわりと元気になった。ようするに睡眠不足だったんだな。客も来ないし早めに上がって、今日が給料日だということに気づいた。
四月からまったく休まず働いたおかげで思ったより多くの給料が口座に入っていたんだ。だからおれはその場で金を下ろして楽器屋に行ってピアノを買ったというわけ。
おいおい。そんな大きな買い物をしたらさんざん働いた意味ないんじゃないか?いや、いいんだ。音楽のために生きてるんだよ。音楽ではなかなかうまく稼げないけど、活動するそのために時間を切り売りして労働してるし、ずっとピアノを買おうと思っていたんだから。

 リハーサルのためにちゃぶ久に行って買ったばかりの電子ピアノをセッティングして弾いてみた。ちゃぶ久cafeの木目調の壁にピアノは似合っていた。福井がやってきたから福井にガットギターを弾かせておれのピアノとセッションする。福井はガットギターだと、とんでもなくナイーブな音色でコンテンポラリーなフレーズを弾くんだ。福井は「おれの本来の優しさがにじみ出ちゃってるからな」と言った。アホが。
風が強くて雨が降りそうだった。お客さんが一組入ってきておれらのどうしようもないセッションを聴いていった。おれは横浜HONKEYTONKBLUESを弾いて唄った。ピアノで唯一弾ける曲だ。どうしようもない演奏だった。

 大坪洋輔の曲、驢馬でやっていないような曲でピアノを弾く。流れ星やペンギンがどうしたこうしたという曲。曲の主題はともかくとしてユーラシア大陸みたいな雰囲気がする。大坪の曲にはピアノやガットギターといった優しげなクラシックな楽器がよく似合う。極悪惑星ベジータ王子のくせに何故なんだろうか?
おれはギターでは弾けないような低音域と高音域の和音をガーンと弾いた。幸せだった。素晴らしい曲に合った音色を奏で素晴らしさを輝かせること以外に幸せなどないのだ。おれにはね。
 福井はパーカッションで複雑なリズムを叩いて彩りを添える。おれはピアノになるとギター以上にリズムが弱いからあいつに頼るしかない。

 最近家を探している馨子は遅れて打ち合わせにやってきて、ちゃぶ久cafeで一曲唄っていった。偶然居合わせたお客さんたちがとても喜んで聴いていった。外にでると雨だった。予兆だ。
大坪は自転車で先にスタジオに行った。パンクスは傘をささない。
おれも福井も傘は持っていなかったけれど。

この四人でやるライブは5/31に荻窪のちゃぶ久cafeでやる。八時から。投げ銭だから気軽に聴きに来てくれ。最初は馨子が歌って、次に大坪洋輔が唄うよ。
福井はパーカッションやったりおれのガットギターを弾いたりするし、おれはzampanoの曲ではガットギター、大坪洋輔の曲ではピアノを弾こうと思ってる。ちょっとびっくりするくらい良い音楽に仕上がりつつあるよ。zampanoはよくカフェでやってるからわかるけど驢馬はだいじょうぶ?と思ってるだろ。でも驢馬の連中ってじつはカフェでコーヒーを飲んで黙って宙をみてるような温和しい物静かなやつらなんだと思うよ。おれ以外はね。だから木目調と漆喰の落ち着いた雰囲気に意外と合うんだよ。個人的な表現が聴きたい方には是非おすすめだと思う。
きっと来てくれよ。



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2014年5月18日 (日)

ハイボールは暖かい暗闇に包まれてヒツジさんの夢を見るか

 目を閉じて目を開けたらもう朝だった。
ツアー中はたいてい眠りが異常に深くて入眠時の浅い眠りの記憶がいっさい無い。ロールプレイングゲームで宿屋に泊まった次の瞬間朝になってパーティーのHPが回復している、みたいな感じだ。
 
 仙台では青葉祭りが行われていて人手が多かった。福島のライブの入り時間が遅かったので、荷物を駅のロッカーに預けて仙台で祭りをみることにした。
旅先で祭りに出くわすことじたい「男はつらいよ」的には◎である。ここで地元のお嬢さんと出合い頭におっといけねえこいつはごめんよ!的な運命のボーイミーツガール的展開を期待するNGに馨子は干からびた犬の糞を見るような残念そうな視線を送っていた。

 祭りを見がてら、仙台の外れにある古道具の店を目指す。東京に住むマタギ好きの女性に教えてもらった、ヨーロッパやインドやネパール、タイなどの古道具を仕入れて売るお店。加工してアクセサリーも作っている。大量の何かの鍵、試験管、時計の部品、動物の骨、玉虫の翅、ねじ式錠、古びた喇叭、三輪車とか。
魔力豊富そうなアイテムがたくさん売っていた。


 福島に向かう。これも高速バスで。今回はバスの旅だ。
BLACK COMET CLUBはヒツジさんという大柄のダンディーなマスターが経営するハイボールバーだ。馨子はマスターのことを梟みたいだと言う。森の賢者といった感じ。
マスターヒツジさんとは去年の福島ツアーで対バンして出会った。そのとき話してから絶対にBLACK COMET CLUBに行きたいと思っていて今日が実現した。
内装はシンプルなバー。ジャックを思い出したけどジャックほど暗黒じゃない。淡い茶色のイメージだ。壁に様々な絵が架かっていて、バーカウンターには動物の骨や楽器が慎ましく並んでいた。ヒツジさんの銅版画も壁に架かっていた。絵を愛してる人なんだ。

リハーサルを終えて念願のハイボールを一杯いただいた。なんとも不思議なレシピのハイボールだった。とても旨かった。

ライブは3ステージ。1stはカバー。2ndはオリジナル。3rdはリクエスト(?)

1st stage
1 ドンニャ・マリキータ
2 ヘイヘイブギー
3 月光価千金
4 Part Time Lover
5 fujiyama mama
6 お富さん
7 お久しぶりね
8 just the two of us

2nd
1 RISE
2 ルル
3 Howl
4 ドミノ(新曲)
5 ブルーはどこにでも(新曲)
6 Jack Swing
7 Bird

3rd
1 ジャングルブギー
2 別れのブルース
3 vagina
4 てぃんさぐぬ花
5 恋の季節
6 星影の小径
7 メリーゴーランドにさよならを

 終わったらもう日付が変わってしまいそうな時間になっていた。そしておれはその間ずっとウィスキーを飲み続けてやっていた。あまりに美味しくて。酔っ払いをずっと聴いていただけてうれしかった。ありがとう。

 一足先に馨子は深夜一時の高速バスで東京に帰った。見送った後、ヒツジさんに付き合ってもらって三時くらいまで飲んでしまった。福島の音楽のこと、SFのこと、レコーディングのこと、いろいろ話した。
おれはもう一歩踏み込んだ話をしたかったんだが、それには時間が遅すぎ、2人ともいささか飲み過ぎていた。おれは最近はまっているモリアーティとダーティービーチズの音楽について話した。
ヒツジさんから最後にオールドフィツジェラルドのハイボールをご馳走してもらった。不思議な味だった。

 このバーにおれの大切な友人や仲間たちと一緒に来たい。
でもなかなかそうもいかなそうだ。驢馬で演奏するにはすこし狭いし、ウィスキー狂いの友人は仕事を持ってしまって東京をなかなか離れられないだろう。だいたい一軒のバーに行くためだけに色んなモノを放り投げて来れない人の世が憎い。おれはただここに来たいが為に今回のツアーを組んでもらったようなモノだけど。
来れない、でもそれでいいのかもしれない。各都市を行脚していくうちに大切な場所が一つずつ増えていく。それは地方都市の現実の一角だから、その体験をなにかでシェアしようにも質量が有りすぎてできないし意味がないのだ。最良の方法はきっと飲みながら誰かに話すことなんじゃないかと思う。
おれは誰かに話すときに、きっとタリスカー(言っちゃった)とフィツジェラルドのハイボールの秘密を漏らしてしまうだろう。それでもヒツジさんの営む不思議な闇を湛えたバーのあの空気を伝えることはできないのだ。ただただzampanoが一晩だけでもあのバーの闇の一部になれたことを嬉しく思う。

相方が帰ってしまった後、おれ独りで味わうには贅沢すぎる時間だった。







p.s.
もしかしたら秋に女性のピアニストとzampanoでBLACK COMET CLUBに行けるかもしれない。行けたらいいなあ。



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ロックンローラーは虚空を蹴りながら家鴨の尻尾の夢を見るのか

 高速バスは仙台に着いた。
ここから電車で北仙台に移動。
降りると空は晴れているのに雨が降っている。狐の嫁入りというやつか。馨子が怪訝な顔でおれを見ていた。
 北仙台にあるユースホステルにチェックインする。zampanoは2人ともユースの会員になってるから、ユースがある土地では格安の会員料金で泊まれるんだ。時期はずれなのか泊まり客は我々以外にいないみたいだった。おれは二段ベッドが二台ある男部屋を独占できた。

すぐにライブハウスにリハーサルに行った。北仙台駅の近くにあるPENNYLANEという店はライブハウスというよりは酒の飲めるダイナー風の店に派手な照明のステージがあるといった具合だった。
対バンのTacchy ( たっちー)さんは恐ろしくギターの上手いインストゥルメンタリストであった。
夜更けの常連であり、前回の仙台ツアーでも観ていただいたTさんご夫妻と、仙台のリビングレジェンドロケンローラーDUCK TETSUYAさんがお弟子さんと気仙沼の女性を連れてやってきてくれた。
ライブはツーステージ。おれはDUCKさんの前で恐れ多くも、最近練習している踵落としを披露した。DUCKさん喜んでくれた。

 今回初めてzampanoの物販にTシャツやトートバッグが並んだのだが、あるお客さんの女性がトートバッグを息子さんに贈るために買って行かれた。馨子がメッセージを書いていた。なんて書いていたかは知らない。被災地で行われた有名芸能人たちのボランティア活動の嘘や欺瞞にまみれた実態について聞かされた。
「わたしは疲れちゃうけど、子どもには楽しみを与えたいから」という意味のことを言っていた。
でもzampanoトートバッグに描かれているのはNGにズブロッカをストローで一気飲みさせる馨子の絵なんだけど。小学生向きじゃないかもだけど。
おれたちはつくほどの嘘さえ持ち合わせていなかった。

ライブ後、DUCKさんがエキシビジョンで演奏してくれた。
おれの想像よりも遙かに高い位置まで足が上がっていて、びっくりした。真の戦士だ。
その後お好み焼きをごちそうになりながら仙台でのことをいろいろ聞いた。DUCKさんは明日はキャバクラで3ステージやるのだという。その次は山形の祭り、他にも温泉宿などでも定期的に演奏しているらしい。すごいなあ。仙台のありとあらゆる場所でやられている。ロックンロールボスだ。
宿までお弟子さんの車で送ってもらった。お弟子さんは三番弟子だという。NGみたいなパチモンでもDUCKさんの弟子になれるだろうか。そうすると四番目の弟子なのだろうか。でもなかなか会えないから教えを授けていただけない。おれはDUCKさんのステージングの一挙手一投足(まさに足を)を目に焼き付け、男気あふれかつ謙虚を忘れない言葉を心に刻み込んだ。
何から何までお世話になってしまって大変ありがたかった。次来る時までにもっと技を磨き、仙台にまで名を轟かせていたい。

旅は続く。




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2014年5月16日 (金)

ブルーズマンはグレイハウンドバスに乗りながら猟犬の夢を見るのか

 御無沙汰しておりました。NGです。元気にお過ごしですか。
前回、前々回の記事を更新してから、現実で会う沢山の方々に励ましていただいたり、いろんな感想やお声かけをいただいたにも関わらず、更新しなくなってしまい御免。

 特に落ち込んだりナーバスになっていたわけではなくて、ライブ続きで大忙しで更新をサボっていただけなのでご容赦ください。

本当は書くべきことが沢山あったのに。
サナトリウムのこととか、徳久ウィリアムとのこと、
驢馬の東北ツアーのこと、
秋田はアメリカの荒野みたいにワイルドで、十文字の車の中古販売所でライブして、女子高生が本気でモッシュしていたのを観て涙を流したり、
夜にzampanoで秋田市内の暗黒な雰囲気のバーで激怖ハードコアバンドの前座をしたりね。
青森の弘前で天井の高い映画館跡のライブハウスでリバーブが空間に吸い込まれていくのを観たり、城の桜を観ようとしたら散っていて、眼鏡が壊れたり。
岩手は盛岡で、秘密ロッカーの素晴らしい演奏と家族を観たり。とても親密な雰囲気のバーでファイナルの演奏をして。
そう、BAD ATTACKと秘密ロッカーと一緒にツアーを回ったんだけど感動させられっぱなしだった。非常にヒリヒリしたパンキッシュなツアーだった。
あと東北ツアーでNGTシャツが売れ行き好調だったんだが、東京に帰ってきてその話をしても誰も信じてくれないんだよ。


 帰ってきてから時間労働を八連勤して今日はまたツアーに出かける。今度はzampanoのふたりで、仙台と福島へ。
これでおれは東北は秋田、青森、岩手、宮城、福島と5県回ったわけなんだが、まだ山形にはツアーで行ってないんだ。山形には実は母の実家があるから行けばいいのになかなか機会がなかったんだね。まあ、これから。

驢馬のツアーみたいにレンタカーに6人(メンバー5人とスタッフで馨子が来てたんだよ)を寿司詰めにして楽器満載で行くわけじゃない。高速バスだから気楽なもんさ。
おれはギターのハードケースと言うやつが重たすぎてどうにもこうにも好きになれないんだけれど、バスの発着所でハードケースを持って待っているのは、ミシシッピからシカゴをグレイハウンドバスで廻ったデルタブルーズマンの気分に少しだけなれるから、格好つけるためだけにハードケースで来たんだ。ロバート・ジョンソンは死んでも悪霊になってグレイハウンドバスに乗ったんだよ。
そんなクソ暢気なこと考えていたら、相方のボーカルのアホ女が忘れ物をして発車時刻に遅れやがった。おれは車掌さんに乗車をキャンセルしてもらおうとしたんだけど、待ってくれると言う。高速バスって飛行機みたいに待ってもらえるんだな、知らなかったよ。

 そんなこんなで今夜は仙台でライブやるんだけどさ、明日は福島ね。
おいしんぼで鼻血が出たり、海原雄山がなんか言ったりしてる福島ね。ああいう表現、おれはイラッとくるけど、まあ特に反論するつもりはないんだ。
なんで福島に行くのか?とか放射能で死んでもいいのか?とか言われることもあるみたいなんだよ。わかんないよね。東京の小さい子供たちも鼻血だしたりしてるらしいよ。
ただおれはもう子どもじゃないし、ミュージシャンとかアーティストがある日突然死んだとしても天命だと思うし、それだけの器だったということで。
 日本に住む人々のそれぞれが放射能で差別しあう世の中が、きっとすぐに完成すると思うよ。で、所得の多い人は核シェルターみたいな家に住めばいいけど、そういうわけには行かない人は亡びてしまうのかもね。

 実は先月に第一原発の近くまで行ってきたんだ。津波で流されて無人に近い街だった。人っ子ひとりいない昼間の街というやつだ。それなのに、なぜだか建て売りの新興住宅地がたくさん建っていた。
そして原発に向かう道はガラガラに空いているんだけど、時折作業員らしき人たちを満載したバスが走っているんだ。対向車線には運転手しか乗っていない空っぽのバスが。びゅんびゅん走って帰っていく。作業員を原発までピストン輸送しているんだ。ゾッとしたよ。20km圏内には人間がいなくなって野生化した植物や動物があると噂で聞いて、観てみたかったんだけど、それはかなわなかった。黒い風呂敷みたいなものに包まれた土嚢が堆く積まれていて、あれは汚染された土だという。それが大量に道に放置されていた。アクションゲームで触ると命を1DOWNさせてしまうどくろ印のアイテムみたいだった。馬鹿げている。
 ひどく恐ろしいことが起きていて、大嘘つきがそれをゆがめた形で喧伝していることだけはわかった。他には何もわからないけど。

なんで行くのか?
おれは「がんばろう」なんて言うつもりはさらさらないし、復興支援もできないし、する気もない。むしろ福島の人に音楽や衣服を売りつけて自分の食い扶持を凌ごうとしている節操のない旅商人でしかない。

 ただただ、縁と運命の流れでそうなったとしか言いようがないんだ。zampanoの初めてのツアーで福島に誘われて、ReAcousticというカフェでもりさんや、今回のBLACK COMET CLUBのヒツジさんや、仙台のDUCK TETSUYAさんに出会って、zampanoにとって旅と音楽がどんなに大切な要素か、それが何を与えてくれるかを知ったんだ。
あの人たちとはまだ一度しか会ってないし、福島には今回が三度目だけれど、おれはもうあの人たちとあの人たちが暮らす街と、音楽を愛しているから、例え鼻血が出ても行くよ。
例え未来がどうなろうとそういう筋書きなんだよ。

だから鼻持ちならない金持ちたちや、怯えきっている母親たちや、未来ある子どもたちのとるべき行動とは矛盾しているかもしれないけど、そしてこれが後の世の中から振り返ったときに正しいことなのか?はわからないけれど、やっぱりzampanoは行きます。

日本中どこだって、われわれ自身の生きている生まれた場所が、既に何かの血で染められた過去のある罪深い愚かしい滅びかけた場所で、そのことを忘れないように。



p.s. 驢馬の新しいビデオができました。

驢馬-ロバ-/『昼下がり』MV:
http://t.co/Hmc0JpvFmx



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