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2014年2月11日 (火)

雪だけど、一〇〇年前のキャバレーのように

2月8日、土曜日。
 独露13のあと、根津とフグリと三人で魚屋で朝まで飲んでいたら雪が降っていた。
おれは究極の雨男で、本気出すと雪さえも降るのはご存じの通りである。根津は朝方に心底辟易した顔で震えながら道を歩いていた。
フグリは一見気難しそうな男なのだが、割と人懐っこい性の奴で根津とよく語らっていた。この二人の協力で今回の独露Tシャツできたのだ。
(ていうか独露Tシャツ一枚も売れなかったけどどうなってんの???
欲しい人はNGに連絡していただければ即座にライブ会場などでお渡ししますので。この赤いTシャツ持ってないと冬は越せませんよ!!!)
しかしフグリ、帰るときは颯爽としている。いつか、zampano演奏旅行で福島いったときも雨の中「おれそこら辺で寝ますんで」と言ってさっといなくなってしまた。そういうところは猫のような奴なのだた。
 昼頃に起き出してみると雪はだいぶひどいようで、これは困ったなあ
 友人Oとダンサーのナナさんと馨子で後輩の個展を見に行く約束をしておったのだ。雪だが決行。銀座へ。
銀座一丁目の奥野ビルという古いビルに入っているギャラリーへ。エレベーターが旧式の可動式鉄柵とガラス戸の二重扉。死刑台のエレベーターを思い出した。馨子はルイ・マルを知らなかった。知ってそうなのに。あれはジャンヌ・モローだっけか。死刑台のエレベーターでマイルスとジャンヌが出会って恋に落ちたんだよね。おれ初めてケータイ持ったとき、メールの着信音あれにしたよ。
 
 後輩スネヤの個展は五階で。入ってみると小さな部屋にタイムスリップ感のあるハットを被った人物がいて、そいつがスネヤだ。油絵とか銅版画をかけてあって、大雪の影響で時空間がねじれて100年前にタイムスリップしたような気持ち。
おれたちはさながら鼻持ちならない画商か、怪しげなバーの主人、踊りを踊る妾と、歌を歌う女給といった風情だったらどんなによかっただろう。でも今は1914年から100年後の世界で没落しつつある日本国の銀座だった。ていうか現在から100年遡っても1914年!てことはもうすぐチューリヒ・ダダじゃないか。
 スネヤの作品はとても奇妙な絵で、田舎風の田園風景や鉄塔の中に、身体中を防護服のようなもので覆う人物が意味深な行為をしているといったものが多かった。あと半年で世界大戦が勃発するんだから、さもありなん。予知的な絵だな。
おれは「右翼を運ぶ男」(タイトルは記憶が曖昧だが)という画題の絵が好きになった。右翼が担架に載せられて運ばれているのを遠景に引いたアングルで描かれている。これからそういった悲劇が何度も起こるだろう。この右翼の絵はいつか買いたいと思った。
 
 スネヤの絵を批評しようと話し始めたら馨子がギャッ!と叫んで部屋から出ていった。馨子はおれの批評が大嫌いなんだよ。でもおまえの絵のことじゃないんだからおまえが逃げる必要ないだろ。
 
個展は今日が最終日だったが、この大雪で搬出が不可能だという。おれたちもこのまま閉じこめられてはと100年前の部屋を後にした。
 
一階まで降りるとおもしろそうな眼鏡屋があったので入って、物色してた。店主が話しかけてきて、ダンサーのナナさんがサングラスをかけてるのを撮りたいという。
絵になる女
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サングラスかっこいいな。(この写真勝手にあげてゴメンでももう世界中に発信しちゃったからいいよね!)
 
NGも撮られたよ。
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このNGUZAIな。
眼鏡屋のホームページに載っている。
 
このサングラス、このとき観たときは別に心惹かれなかったんだが、この写真観てるうちに欲しくなってしまったけどどうしよう。中古で安かった。そのうちまた訪れた時にあったら買いたい。
 
 雪の降りしきる中、浅草橋は蔵前へ。馨子は帰宅。ナナさんは女傑たちが集まる恐怖の女子会へと向かった。NGも来る?と誘われたけど辞退した。
 
Oとふたりで夜更けの人々を開けた。道は雪だらけで何ともできない。
 
 夜更けは去年開店したから、Oが個人事業主になってから丸一年ぶんの確定申告を作成している時期だ。
税金と出納のあれやこれやをOから教わっていた。Oとおれは神保町のレストランのアルバイトで知り合って、その頃から何者でも無かったのだが、Oは今や個人事業主である。アルバイト中全然仕事しないで雇用主の頭を悩ませていた男だったが。ルー・リードが聞きたくなって就労時間中に向かいのディスクユニオンにCD観に行ったり。いまではそこのユニオンでおれのバンドメンバーが働いているけど。あそこに自分のCD置かれるのが夢だった。その後レストランは潰れ、おれは二度のCDリリースの機会があったが、まだあの店にはCDが置かれてない(笑)。
 
 Oと、独立法人として事業を興すことのメリットとデメリットについて話し合った。
 おれとOは、確か三年ほど前に神保町の喫茶店ラドリオ(書肆ユリイカの打合せで詩人たちが集ったという伝説的なカフェだ)で、謎の打合せをした。
その頃おれは腐るほど描いてきた絵が、道を諦めたあとにようやく三枚ほど売れて驚いていた。パンチパーマのパチスロの社長が愛人にプレゼントすると言っておれの絵を買ってくれたのだ。その絵を名古屋に送るために梱包して売り払おうとしていた。Oはまだジャックで雇われバーテンだった。そう、あの地震の直後である。おれたちは謎の闇市好景気のような波に攫われて、沢山のわけわからない演奏仕事が舞い込んで来た時だった。
 
Oはミュージシャンたちが街のバーで演奏して独自のルートで賃金をもらえるようなシステムを作りたいと話していた。
 
おれは金も欲しかったけど、Oのわけのわからない人脈や、どうしようもないやくざものばかり集めてしまう体質にシンパシーを感じていた。
 
 まずは店を出して拠点を作る。そこでライブ演奏や絵の展覧会を開いて人を集め、金の流れを作る。その店を事務所にしてレコードレーベルとして機能させる、そしてゆくゆくは音楽興行を打つ会社に発展させる。音楽だけでなくダンサーや画家、建築家、小説家や編集者が互いの仕事をリンクさせるための場として、ビジネスとして、芸術として使う。
 
 それは笑い話でしかなかった。地震の後の闇市好景気の混乱に乗じようとする愚かな二〇代の妄想だったはずだ。おれたちは大昔に憧れていたんだ。一〇〇年前の世界に。でも何が違う?経済が大恐慌に陥り、大地震が起きて、右翼が台頭してきた。あとは戦争が起こるだけだ。
 掃いて捨てるほどいる愚かな二〇代のガキどもとおれたちの違いは、歴史を勉強しているか、否か。神保町は巨大な図書館だ。本の街にアメリカが焼夷弾を落とさなかったから。おれたちは二〇世紀に起きたことを丹念に読み込んでいた。
1999年に自意識があったやつはノストラダムスのことを覚えているだろう。ゆとり世代というが、学校の情操教育とまぬけには因果関係は無いと思う。
ゆとり世代と呼ばれるくらい間抜けな連中は多分、二〇世紀にはまだ意識が目覚めてなかったに違いない。それはしかたない。おれたちは1999年にギリギリ間に合って意識があって、災害とテロと宗教的な自殺を目撃。そして二十一世紀になって、すべては無かったことのように、痴呆のように、集団自殺の世紀がもう一度繰り返されて行くのを目撃した。
 
 二十一世紀も、集団殺人と、集団痴呆、ファシズムのルネッサンスは避けられないだろう。NGの音楽活動の重要なテーマ。zampanoと驢馬でも特に。恥ずかしいありきたりな言葉で言うとzampanoはデカダンス、驢馬はファシズムのルネッサンス。(デカダンスとファシズムを称揚しているんじゃないよ、聴いてる人にはわかると思うけど)
 
 
 とか何とか言ったことは今思いついた後付けで、結果そうだったような気がする、というくらいの話でしかない。
おれとOは打ち合わせた内容を忘れるくらい忙殺されて、気が付けば今やっていることをやっていた。
Oは店を開いて一年、おれは驢馬というバンドの仲間たちとともに、半ばなしくずし的にレーベルをでっち上げて音源をリリース。
 そして誰も来ない雪の日にOの店で税金と役所と組織に関する相談をしていたというわけ。
 
 この後大きな悲劇が起きて、それでもおれたちは相も変わらずのんきな音楽を演奏したり酒をくらって騒いでるとしたら、この店はもしかして「キャバレー・ヴォルテール」だったのかもしれないと思った。世界大戦の最中にあった厭世的で反芸術的な集まり。だとしたらなんだ???
 
おれたちの夢物語は、雪の日だというのに大挙してやってきたお客さんたちの談笑でかき消された。なんでこいつら大雪の日にバーに飲みに来ているんだ?外で雪だるま作っている。
ここはそういう店らしい。そういえば夏に大雨で花火大会が中止になった時もこの店は超満員だったな。
 
過去をみるような眼で現在を騙るのはやめろよ。
だけど、まるでできすぎているみたいだ。
ここに書かれている事実は全て起きていることなのに。
 
多分Oの書いた小説のあらすじなんだと思う。彼は小説家としては才能に欠けていて、それは何故かと言うと、現実を物語みたいに変えていってしまうからだ。二次創作に対する一次創作という言葉があるならば、彼の作品はゼロ次元で書かれている。それはホラ話や、酒の席の夢みたいな話としてしか機能しないんだよ。それはただ現実になってしまう。
 
 もしOの書いた物語の現場に登場したいなら、台東区浅草橋三-二十四を訪ねるといい。
 その店の中では、二十一世紀では滅びたような、ただの酔っぱらいや大騒ぎや夢みたいな話が惜しげもなく顕れては消えていっている。その中にはzampanoも驢馬も登場するよ。zampanoなんてあそこから生まれた音楽だから。驢馬はアルバムリリースのポスターが選挙ポスターみたいに外に貼ってある。
 そこのカウンターに座ったらあなたも物語の登場人物になっている。ただしゼロ次元の物語だから、二次創作のように愛しく思えたりすることはないかもしれないし、小説や漫画のようにおもしろくもなく、ひたすら現実の迫力のあるママ(と最近では呼ばれていたよ)に罵倒されたりするかもしれないが。
 
あしたのランチはもも肉らしいよ。
 
 
(もも肉をどう料理するのかは知らない
(今日のEDテーマはOが歌詞を書いたこの曲で。)
zampano@夜更けの人々 写真by楽太郎
 
 

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