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2013年3月31日 (日)

High School 「おまえの知ってるバンドマン」

高校時代の友人と新宿で呑んだ。

 
 
 一人は、おれも所属していた軽音部の副部長だったM。

Mは四月からインドネシアに出向になって今後数年は日本に帰ってこないらしい。

 Mは去年からちょくちょく驢馬のライブを観に来てくれて、驢馬をいたく気に入ってくれていたので残念だが、インドネシアではパンクが流行ってるらしいから向こうのフェスかなんかに驢馬を招聘してほしい。

 もう一人はラグビー部だったI。Iとは親友といってもいいような仲だった。
なにせ高校時代のおれは軽音部のくせにいつもラグビー部とともに行動していた。
ラグビー部と一緒に早弁し、一緒に昼学校を抜け出してGTラーメン食いにいって、駄菓子屋でベビースターラーメン食って、放課後部活が終わった頃に学校の近くのドン・キホーテの自販機前に集まってアイスクリーム食ってた。
 

食ってばっかりだな。

 
  当時はロックンロール!一筋だったおれはラグビー部の男たちの妙な雰囲気…ストイックというか、硬派というか、ただ単にシャイで女の子と喋れないだけの照れ隠しの硬派気取りと男同士の悪ふざけ・・・がとても肌に合ったんだと思う。
 

 ちなみに軽音部の方ではおれは毎日毎日汗の水たまりができるまでバンド練習して、しまいには軽音部の部室の下の階に部室があった茶道部の人たちが、おれのオリジナル曲「バラクーダから愛をこめて」を歌えるようになってしまった。
 
ていうか、あまりにも爆音で練習してたせいでほとんどの生徒に覚えてもらえた。
 

ちなみにバンド名は「ライ麦畑でつかまえて」という。

ヤバいでしょ。

 
 おれはサリンジャーにドンはまりしていて、おれが勧めたせいでラグビー部の筋肉隆々なやつらが筋トレのベンチプレスの休憩がてら、汗だくでサリンジャーの野崎訳「ライ麦畑」を読んでいるという奇怪な光景が見られた。
 

 Mはというと、心底クレバーな男で、軽音部と放送部を陰で牛耳って職員室に圧力をかけたりしていた。

 彼は悪い男で、中学時代なんかは生徒会の権力を利用して全校朝礼の行進曲にアナーキーインザUKかけてたりしたらしい。
 

 おれの通っていた高校は学生運動の影響が根強く、政治的な行動や左翼的な活動が時折あった。

  国旗国歌反対集会とか、反戦運動の集会とか。

軽音部はその中でもラディカルな先輩が多くて、入ってすぐ民主主義を教えられ、ケーブルの8の字巻きと民主主義を理解してないと部室を使えなかったのだ(若干誇張してますが)。

  そんな中、軽音部はフォークソング部と放送部と生徒会を裏で癒着させ、都の予算を莫大に使って、ライブハウスなみの機材をもっていた。

今覚えてるだけでも、メインスピーカー二本に、ウーハー四発、転がしのモニター二発、パワーアンプ二台に、マーシャル、ジャズコ、ベースアンプはベースマン、ドラムはマルチでマイキング、と。
  後に入ったT美術大学の全ての音楽サークルの機材を合わせたよりもはるかに多く良質な機材を持っていた。
 

それもこれも政治と民主主義のたまものというわけだ。

これだけの多くの機材を学生が管理しているのだから、ちょっとした兵器を持っているのと同じだった。
 たとえば体育祭やろうとしても放送部(裏の正体は軽音部)が、オーケーださない限りはマイクなどの音響設備は使えないのだ。

 逆にプロパガンダや集会をやろうと思ったら即座に設備を使えるのだった。

 そうやって生徒会や職員室に常にストライキの圧力をかけながら軽音部は成り立っていた。ほとんどは先輩たちがやっていたことだが、友人Mもけっこう暗黒な立ち回りをしてた気がする。 
 
 

 信じてもらえないかもしれないが、高校時代のおれは政治や思想にはとんと疎く、音響設備のオペレートもまるでダメだった。
 
 友人Mが様々な議論に加わり、PAのノウハウをどんどん覚えていくのを横で見ながら、おれは使役獣のように、黙って重たいウーハーを運んでいた。三年生まで、下働きだった。    

 音響には興味なかったのだ。

 当時はレイジアゲインストマシーンやビースティーボーイズにも興味なかった。
三年生のとき、文化祭でチベタンフリーダムコンサートをやろう!とMに持ちかけられたことを覚えている。 
 だが当時のおれは頭が固く、政治のステイトメントと交わることでロックじゃなくなると考えていた。

 今じゃ考えられないことだ。

 そんなおれたちももう27だ。Mはインドネシア、Iは静岡で働いている。
Iとは8年ぶりくらいに会った。

「変わらないな、ナカジ」

と言われた。変わった時期もあったように思うが結局元の自分に戻ったように思う。
 

Iは「もしナカジが音楽やめて普通に働いていても受け入れようと思ってきたけど、やめてないし変わってなくて安心したよ。」と言った。

バンドの話をした。驢馬の話。

「おれは最近はもう音楽は聴かねえんだけど、flumpoolとか?よくわかんねえ。
 それにおれが知ってる「バンドマン」はあんなナヨい奴らじゃねえ。わかんねえけど、今のバンドやってるやつらは、おれの知ってるバンドマンじゃねえ」
 

Iの言う気持ちはよくわかる。おれもそう思う。
 

「驢馬っていうバンドはおまえも知ってるようなタイプのバンドマンたちだよ。」


追記、
 次の日、武蔵境stattoでzampanoのライブをやった。
するとおれが高校生の頃に教育実習生で来てた先生がらライブを観に来てくれた。友人のオサオが呼んでくれたらしい。
びっくりした。高校時代以来会った人だったし、確か当時のおれはその先生の授業を妨害したりした覚えがある。

びっくりしたけど、zampanoを喜んでくれた。
なんか高校時代の縁深い二日間でした。

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2013年3月22日 (金)

透明の石疊のある風景

ひさしぶりにT美術大学、おれの母校に行ってきた。
 
後輩が卒業制作作品の展示をやっているのを観に行ってきたのだ。
 
一人、おれのギターの音をBGMに使って作品を作った後輩もいるし、OMJQのバンドメンバーも卒業制作作品を展示してあって、全部は観れないので知り合いのだけザッと見た。
 
ある作品は本当に変わったなあ、と思ったし、
ある作品は欲しいなあと思ってたらくれると言われた。
あるものはそうそう、こいつの感じって好きなんだって再確認したり。
あるものは繁茂していくパワーに満ちててわくわくした。
あるものは遠い山を描いていてなぜだかウルッときた。なんだろう?山には弱いんだな、
 
で、おれには同じ頃大学に入って修士過程に進んだピンボール狂いの友人がいて、彼の修士論文を読んできた。
同じ頃大学に入った奴らもちょうど院を卒業するころなのだ。
 
 
おれの学科は芸術学という、美大の中にあってモノをつくらずに、批評や歴史の勉強や 企画制作をやっている 妙な場所で、ふつうの大学の文学部を想像してもらえたらかなり近いと思う。
 
(おれがそこにいた頃は学内でジャズ喫茶をやっていたことはこのブロクにもかつて書いた。)
 
友人が書いた論文は国木田独歩についてだった。詳しくはここには書かないが、
おれの主観的なニュアンスで語る。

 言葉が石疊のように積まれていって長い長い道となっていた。

見知らぬ故郷を訪ねたような、懐かしさと新鮮な驚きがあって、

おれは急いでその場を去った。
 
おれは、おれの立つ場所から、毎日毎日矢を射らなければならない。
 
 
 在野の詩人音楽家として、たゆまず歩み続けることを誓います。



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2013年3月18日 (月)

めんたいちゃんぽん

16日、土曜日。

薬院のユーテロというライブハウスでライブ。
リハーサルの後、第一回のラーメンを食いに行った。
 
 「如何に崇高な精神といえども顔面が伴わなければ彼女はできない」という福岡のバンドとは東京でも対バンしていて、二回目。終わったあと博多の旨いラーメン屋についてインタビューした。
 
 博多のラーメン、さっぱりしている印象があった。
東京で食べる博多風とんこつラーメンは味が濃く、油も多いのに対して、博多のラーメン屋で食べたものはさっぱりスルッと食べられた。
 
 これは果たして、博多ラーメンがさっぱりしているのか?それとも入った店がたまたまそういう店だったのか?
はたまた、東京の家系などの味の濃い油の多いラーメン嗜好にあわせて東京の博多ラーメンが異態進化したのか?
 もしくは俺のような東京モンは味の嗜好が東京ナイズされていて、ゲイン過剰のマッシブなラーメンに慣れすぎていて、微妙なニュアンスを感じ取れなくなってしまっているのだろうか?
 引き続き調査が必要である。
 

若いお客さんが多く、盛り上がってくれた。
 ライブは大盛り上がりだったがCDなど物販はさっぱり売れなかった。

残念!!!
 
ライブの打ち上げ、テキーラのショットが始まって、NGはビーストモードに入っていたので、誰にも求められていないのに三杯ずつテキーラをショットしていたらしい。

テキーラを立て続けに10杯飲んだらしいが覚えていない。

外の駐車場で寝ていたのを福井くんやみんなが運んでくれたらしい。

本当に迷惑かけました。
 
 
サウナの休憩室の床で朝目覚め、福岡二日目の始まり。
 
 
昼は俺と福井と小出くんの三人で元祖長浜屋というラーメン屋に行った。
 
ここもやはりサッパリ豚骨。
替え玉二回頼んで、計三玉食ったのだけど、麺の量が非常に多くて、お腹いっぱい過ぎまくった。


サッパリしてスルっと食べれるから替え玉ふつうに頼める。

今回の食のギャップと似た体験をアメリカでしたことを思い出した。

アメリカでピザを食べたときのことだ。

アメリカを旅したとき、フェニックスかアリゾナかなんかのピザハットに入ってピザを食べてみた。

ピザハットは日本にもチェーンがあるから日本のピザハットの味はわかる。

アメリカで食べたピザハットは全然油っこくなくてサッパリしていた。

アメリカ人といえば大食漢、高カロリー、ジャンクフード好きというイメージがあったから驚いた。

アメリカのピザハットのピザはむしろイタリア料理で出てくるようなナポリ風ピザに近くて、生地も薄めだったし、味もサッパリ、油っこくなく旨かった。

でもたまたまその店のピザがそうだっただけかもしれない。
 
 今のところ、確たるデータがないけどイメージと少ない体験に基づいた私の仮説は、

「東京の食文化が、どんどん濃い味付け、油多めの高カロリー食化して、繊細な味付けをないがしろにしつつある」
のではないかという考えに至った。

真偽のほどはわからないが、東京に帰ったら博多と東京のラーメン事情を知る人に感想を教えてもらいたいものだ。

 
 
17日のライブはDRUM SONという箱。
佐賀の弾き語りの人と長崎のバンドが対バンで福岡のバンドはいないんかい?!と思った。
フライヤーに「ロバ主催ライブ」と書いてあって、びっくりしたが、
まあ珍道中おもしろかったのでぜんぜんかまわなかた。

お店のひとが驢馬のロゴを手書きで看板にしっかり書いていてくれて嬉しかったなあ。

お客さんは長崎の人たちで、STRIKE THE STRANGEという長崎のバンドを見にきたとのこと。

少なかったおかげで逆に長崎の人たちといろいろ話せてよかった。
 
 
でもCDは売れなかった。

 
 
 ・・・。



 
 
 
というわけでDocumentSnake、東京での発売が決定しました!!

22日のライブからライブ会場で発売します。現在Tシャツ、ステッカーとともに物販コーナー充実してきているので是非遊びに来てね!
 
 
打ち上げ。ついにモツ鍋食べれた。旨かったなあ。黒霧島も東京で呑むより格段にうまく感じた。
 
 この夜はNGも野獣暴走せず、長崎の人たちや 昨晩対バンした東京のバンドao'wの人たちと好きなバンドの話なんかしたりしながら、ピースフルに飲んだ。喜ばしい。

好きなバンドを五つ挙げるというだけの話。
意外なバンド名が飛び出したりしておもしろかったよ。

ちなみにおれは自分のルールとして、オリジナルアルバムを全部持っている上で、海賊版まで買うようなバンドを自分の「好きなバンド」とした。

おれは以下の五つ。

ローリングストーンズ
キング・クリムゾン
ブランキージェットシティ
ミッシェルガンエレファント
ガンズンローゼス

デス!
ベタやんな



福岡、必ずまた行きたい。
次行くときは長崎も回りますと勝手に長崎のお客さんたちに約束してしまた。

九州!!また来るぜ!



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2013年3月16日 (土)

航海記Ⅱ Snakeツアー

NGです。
おれは今、福岡に行く途中。
昨夜渋谷のO-NESTのライブの後、案の定飲み過ぎて、東京駅での集合時間に遅れて、あわてて京成線に飛び乗って電車の中で書いています。
 
今週はライブだらけの週だった。それなのに毎晩友人がライブ観に、会いに来てくれて、おれは本当に幸せ者だ。
今週の模様をざっくりここに書き残しておこうと思う。
 
月曜日、荻窪ちゃぶ久でzampanoのライブ。福井がゲスト的にパーカッション、ギター、ボーカルで参加してくれた。
この日のライブ、charge¥2000で、1ドリンク付き、食べ物フリー!!という驚異的な価格設定だった。ちゃぶ久の食べ物がある意味食べ放題なのはすごいよ(もちろんメニューは限定されているけど)。
美味しかったし、もっと腹を空かせた若者を呼びたかった。

311ということでzampanoで、東北の民謡やった。
福井はSMAP歌って、それが本当に良かったなあ。
驢馬とは違う面。

馨子と福井のデュエットでマービンゲイとタミーテレルのaint no mountainをやったり、ダニーハサウェイとロバータフラックのyouve got friendをやった。
男女のデュエット、なかなか生で聴く機会ないよね、できてよかったな。

同じ面子と同じ設定で五月もライブやります。5/25(土)、zampanoと福井、ちゃぶ久でフリーフード付き。ライブ中お腹空く人におすすめです。
 

火曜日は驢馬のライブで三軒茶屋HeavensDoorだった。
友人、木村州兵が来てくれた。
木村は驢馬のライブは二年前に見たきりだったから、まるで別のバンドのように思ったらしい。
 
笑ったのは「木村州兵」ていう名前を壺くんと小出くんが「どこかで聞いたことある」と言っていて、
実は空心菜のCDに入ってる「メリーゴーランドにさよならを」という曲の中で、最後のNGがいろんな人の名前をレペゼンして叫ぶくだりで「木村州兵!」と叫んでいるのをふたりとも覚えていてくれたのだ。

レペゼンした甲斐があった。
木村州兵の名前を覚えるくらい空心菜聞いてくれて嬉しい。

木村については

http://ng-vanvan.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-d452.html?optimized=0
ここに詳しい。しかし、この鼎談の木村、愕然とするくらいアホだな!めちゃおもしろいやつ。
このときのライブが空心菜のCDに収録されてたのね。

このときじゃないけど、空心菜知らない人のために。
http://soundcloud.com/xiomara/bird-w-jaz20110211
 
木村に、驢馬のNGのポジションはLUNA SEAで言うとイノランだ!と言われた。おれはLUNA SEAをそんなに聞いたことなかったのでLUNA SEA聞いてみようとおもったのだ。
 
 
水曜日。中野のMOONSTEPで驢馬のライブ。MOONSTEPはパブみたいな空間で非常に居心地がよかった。
またやりたい。
この日はパンクスがたくさん集まっていて、驢馬のライブを喜んでくれた。パンクの人たちが喜んでくれるとステージから見るとおれたち本当に嬉しくなるんだ。
 
この日から驢馬の新しいロゴマークのTシャツとステッカーが物販に並んだ。
SサイズとMサイズしかなくて、「NGは着れないかも!!」て懸念されていたけどM着れたよ!肩の位置あってないけど(笑)

ギターウルフのベース、亡くなってしまったビリーさんがDVDのなかで、
「(ビリーさんの性癖は)、Sですか?Mですか?」と聞かれて
「おれはLだよ!」と言ってたことを思い出した。


       ★
 
ここからは飛行機の中で書いてる。
 

 寝坊したけど無事に成田空港でメンバーと合流して福岡行きの飛行機乗れた。ジェットスターという航空会社。ギターウルフ的な名前だよな。
  
       ●
 
木曜日。木曜日はライブはお休み。
木曜日夕方で驢馬以外の日常業務は全て終わらせた。残り三本のライブに向けておれはミュージシャンでしかない!という状態が非常に悦ばしいのだ。
 
驢馬メンバーで集まって、福岡限定でライブ会場発売する「Document Snake」のジャケットを創った。
クラフト紙、ハンコというzampanoに似たスタイルだけど、色々工夫がしてあるのだよ。
 
このクラフト紙にハンコというCDジャケットのスタイル、よく考えたらHOMMヨのライブ盤からインスパイアされたアイデアだということを今思い出した。

そんなことも忘れてHOMMヨのみちゃんやgood lovinのKさんにイケシャアシャアとドヤ顔で渡していたわけだ。

NGやで。
 
 
金曜日、渋谷O-NESTでライブ。
驢馬とzampano、両方で出演した。

驢馬はメインステージ一番目。ドッカンドッカンやったぜ

1 茄子
2 ゲリラライクアボーイ
3 スーサイドマン
4 DAMAGE
5 農薬ファンク
6 B型原理主義
7 少年
 
 本当は毎回セットリスト報告したいのだけど忙しさにかまけてるうちに忘れてしまうのね。
 

その後zampanoでライブ。驢馬で人格が一人死んだため、驢馬のNGとは別の人格で出た。

完全な酔っ払いギタリストで、MCも思いついたことを喋っていたので何言ったか覚えてない。
驢馬ていうバンドのボーカルの方が野次りまくっていた。
 
1 RISE
2 ルル
3 easy&easy
4 街灯365
5 Bird

馨子、アオザイ着て、髪はポンパドールにして、50sアジアン情婦スタイル。綺麗だったよ。
  
 zampano、CD渡して以来、Twitterで大変誉めてもらえてたKさんにライブを見てもらえた。みちゃんも初zampanoを喜んでくれた。 

zampanoの次のライブは再来週28木曜日。
伝説的ブルースデュオTHE うんこのドクターノブさんや今年入ってからzampanoと毎月対バンしてる藤原愛さんと。
オススメライブです。
 
 この日のO-NESTのイベントはおれが闇PAしているFourthFloor主催のイベントだったので、普段おれがPAしてる出演者さんがたくさんいた。文化祭みたいな気分になてしまたよ。

 
そのご飲み過ぎたことしか覚えてません。最終的にあいちゃんと中田くんと磯丸水産にいた。
 
で、その後ちょっと寝たのが大間違いで、起きたら集合時間の10時で。

冒頭に戻るわけです。
 
急いで成田まで行って、無事搭乗できたわけです。
 

福岡つーか、九州じたい上陸は初なので、オラぁワクワクするだ。
 
物販もTシャツ、ライブCD、ステッカーとだんだん充実してきた。

新ライブCD《Document Snake》は東京では売る予定ないんだけど、どうしても欲しい人はおれにこっそり言ってください。

闇ルートで売買できるように掛け合ってみます。

福岡に驢馬が行くぞ!!!!





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