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2011年12月23日 (金)

一揆も起こせぬ犬畜生

 おれたちは山奥の寺院で一揆の用意をしていた。

 山奥の寺院に暮らす坊主は食えない男、大酒飲みで博識をほこる悪名高い変人であった。
坊主は破天荒で激しやすい性格であり、酒に酔った挙げ句に政治と宗教の談義に華を咲かし、聴衆(おれたちのことだ)に殴る蹴るの暴行に及ぶことも珍しくなかった。
そんな悪たれ生臭坊主だとしても、彼の説教(まさしく゛説教゛である)を聞くためにおれたちは足繁く寺院に通った。

 坊主の眼はどんなに怒りで染まっているときも妙に醒めており、いうなれば諦観に似た雰囲気があった。おれはそんな坊主の様子に興味をもっていた。
 坊主風に言えば、「悟って衆生の想いに満ちた眼」をしているということなのだろうか。
おれには「悟っている」はずの坊主が革命理論を云々ぬかして泡を吹いている姿は滑稽なように思えた。

 結果的にみれば、坊主は長い時間をかけて、おれたちを「オルグ」したのだった。
――「オルグ」とはドイツ語で、説教したり殴ったり蹴ったり誓わせたりして、団結させてやる気を出させることらしい、と坊主に教わった――おれたちは坊主の下で学び、訓練し、いっぱしのゲリラ闘士となったのだ。もっとも坊主は「オルグ」は使うくせに「ゲリラ」という言葉を嫌い、常に「一揆」という言葉に誇りをもつよう強調していた。

 寺院の本堂の裏には隠し部屋があり、そこは膨大な量の歴史的史料と革命的名書を収めた書庫であった。サヴィンコフやらカラマーゾフの兄弟から、クロポトキン、サイード、ネグリ/ハートの帝国などがあった。
同胞たちは坊主の奨めるこれらの書を読んで狂喜し熱を語り合っていたが、おれは今ひとつ興味をもてないでいた。
 おれが読んでいったのはこの村の歴史資料であった。それも公の記録ではなく、民の一揆の記録を記した、公表不可能の資料が大量にあった。こんなものをいったいだれが書いて遺したのか。答えはこの寺院にあった。一揆を内密に記録するのはこの村に伝わる抵抗運動の精神的中枢である寺院の住職に代々任された使命であったのだ。

「だが、」と坊主は語った。

「おれの爺さんの代から抵抗運動の組織と記録を続けるのは困難になった。
戦争があったんだ。内務省から特別高等警察が内偵にやってきて赤狩りが行われた。この寺院の真っ赤な正体に気づかれるわけにはいかない。爺さんは自殺した。仏教用語では入定と言うらしいがな。爺さんが何も伝えなかったおかげで親父はなにも知らないただの坊さんだった。そうやってこの寺は戦争を乗り越えたんだよ」

 他におれが熱心に読んだ本と言えば、数々の仏教の経典に、空海、親鸞、日蓮など日本の仏教に関する書であった。彼ら聖人たちが民にとっての煽動者であり革命家であったという話は、坊主からの受け売りだ。
 外国の赤や黒の本は、おれには難しくて何が書いてあるかよくわからなかった。だけど仏教書には共感できた。なにより仏教書は極端に赤かったり黒かったりはしないものだ。

 私立の中学受験をする直前の勉強にせきたてられた小学生みたいにして、おれたちは一揆の準備に励んでいた。
武力蜂起の準備というものは、日本においてはとにかくバレやすいものであるけれど(「実録連合赤軍」という哀しい映画を観ておれたちは沢山のことを小学生のように「勉強」した。)、この人里離れた山奥の農村において、まず第一に人目がなく、村の人びとの協力体制が敷かれているなか、おれたちは心置きなく訓練に励んだ。

                                    ★

 春先の村祭りの夜に、おれたちは坊主に呼び出されて寺院の本堂に集まった。
 おれたちというのは、農村で青年団を組織している年齢にあたる若い男たち(16~30歳までの男)を束ねるリーダー格の集まりである。
 おれの名前は英人(ヒデトシ)だ。なんでこの漢字でヒデトシと読むかはおれにもわからない。ふつうヒデトだろ。みんなには単に「ヒデ」と呼ばれている。年齢は25だ。おれがどんな奴かは、まあおいおいわかってくるだろうし、この物知りげな嫌味っぽい口調から大体わかるだろうからここでは割愛させてもらおう。親父はこの村の生まれで、若いころに亡くなって、おれはややこしい経緯をへてこの村で暮らすことになったんだ。
おれの他には、腕っぷしが強く弁も立ち、年齢的にもおれたちのリーダーである郷田(29)、
この山あいの村のなかではいちばん大きな屋敷の息子で東京の大学を中退して、帰郷した後はきこもりのような生活を送っていた穂子川(23)、
 少し頭が弱いがこの一揆組織のムードメイカーである野火(19)、
 そして女がひとり。この村の役場のやつらに「アグリカルチャー」がどうしたこうしたとわけのわからないことを吹き込んで、自然食レストランとかいう妙な味の店を作ってしまった行動派の女性、源雫(27)がいる。

さて、寺の本堂に集められたおれたちは坊主から気分の悪い話を聞かされた。

「おれたちの組織のなかに密通者がいる」

と坊主は言いやがった。
途端に「なんてこと!」と叫んで源がヒステリックに色々喚きはじめた。
こんな風に誰かが疑われるようなシリアスな状況でじっと黙ってられないような女なんだ。

「少し黙れ、雫。」と郷田が言った。

「とにかくおれたちの一揆のなかに密通者がいるんだな?坊主よ。誰か教えてくれ。今すぐぶち殺そうじゃないか」

 おれもまったく郷田に同意見だった。
 非合法活動をやっている身に不信と裏切りは心底こたえる。大体こんな山奥のゲリラ組織を密告するためには裏切り者はどんな苦労をしたんだろうか。
携帯電話も通じない、インターネットもたいして普及していないようなド田舎の糞ゲリラ戦を当局までわざわざ密告するようなガリ勉野郎にはそれに見合った代償が待っていて然るべきじゃないか。要するに「くたばれ、地獄に堕ちろ」だ。

「殺す?!裏切り者を殺すですって??」と言って源がまた騒ぎはじめた。穂子川は蒼ざめた顔で震えている。野火はあんまり会話の内容を理解していないのだろう、源が大声を出すのを面白がって笑い転げていた。
源が落ち着くのを待って坊主は口を開いた。

「おまえらは総括でもしようっていうのか?仏様が見てる前で殺生しようっていうのか?
おれたちの組織にリンチは禁止だ。どうしてもぶち殺したいなら郷田、おまえがここを抜けろ。
おれたちの一揆は、殺されるか、生入定(いきにゅうじょう)するかだけだ。私刑はもってのほかだ」

生入定(いきにゅうじょう)とは坊主のお祖父さんである先々代の住職がやった「即身仏」とやらのことだ。おれは即身仏のことを調べてしまったんでどんなものかはわかってる。木を喰ったりするんだ。恐ろしい自殺だ。おれは仏教に心惹かれはするものの、仏教は未だ理解を超える概念も多い。

「じゃあどうしろってんだ?裏切り者がいるんだろ??ひとりずつとっちめてくしかないじゃないか!?」

 郷田はいつだって物事をシンプルに考える。
都会人のなかには人里に熊が出たっていうと動画を録ったりテレビ局に電話したりして、さらには熊を射殺することを抗議して大騒ぎするような信じられない連中がいるらしい。
郷田にかかれば人里に熊が出たら銃を持ちだして撃つ、それで終わりだ。
そして郷田にとってみれば「おれたちの一揆」(郷田は好んでそう呼んだ)に対する裏切り者などは人里で食うことを覚えてしまった哀れな熊さんと同じで、単に殺すしかないのだ。そいつはもう自然界に戻る術はない。そしてどんなに山が近かろうとここは自然界ではないのだ。
おれは郷田のそんなシンプルさが好きだった。彼の一家は代々ハンターだ(マタギという)。彼は熊を神のように尊敬しているが、人里に降りた熊はもう神ではないのだ。

坊主はにやにやしながら慌てるおれたちを見ていた。

「まあおまえらで考えるんだな。おれは実行するものではない。導き記録するだけだ。それがこの村の坊主の役割というものさ、とにかく私刑は論外だ。」

坊主は「おれはそろそろ酒を飲みに戻る」と言って母屋の方に戻ってしまった。

 今宵は村の祭りの真っ最中なのであった。寺院の母屋には寺の檀家が集まって祭りとは関係ない祝宴がひらかれていた。この村は八十八夜祭をやるのだが、おれたちは村祭りの雑務でてんてこまいした挙句にこの気分の悪い話を聞くために呼びだされていた。この村の八十八夜祭はてんで小規模のもので、じじいやばあがこの日に来る獅子舞と神楽をみて大喜びするだけのものだ。
もっとも獅子舞も神楽も12キロ隣の村に金払って来てもらっている。つまりこの村の郷土芸能とはまったく違う代物なんだが、役場にいる新しい地区長が勝手にこしらえたイベントが、妙にこの村の老人たちに好評を呈してしまって、伝統と関係ないクソ面白くもない祭りを毎年やる羽目になっている。
だからこの祭りが嫌いな檀家や若い衆がこの寺に集まってこれまた関係ない宴を開いて、さも便乗してる風に酒を呑んでいるのだった。祭りじゃあ今ころは役場の前で神楽をやっている時間だろうか。

「どうすればいい??」
怯えた顔をした穂子川が言った。まったくこいつの顔は病的だ。穂子川はいつだって郷田の顔色を伺っていた。郷田に弱点があるとしたら、それは穂子川だろう。郷田はどんなかたちであれ自分に従ってくるものに弱いし甘い。ついつい舎弟のように可愛がってしまう。村では金持ちで、さらに一応インテリとされている(東京の大学に行ったんだからやはりインテリだろう)穂子川が慕ってくるならば、なおさら郷田は拒めないのだった。
源は黙っている。今度はダンマリかいお嬢さん。とおれは思ってしまうが口には出さない。源雫は何も言わない時が一番美人だね。こういうことを誤って口に出してしまうとどうやら女性には嫌われるようだ。

「裏切り者!裏切り者!裏切り者は僕だよ!!」
さっきから野火が叫んでいる。またみんなの注意を惹きたい一心で出鱈目を言ってるんだ。源は頭の弱い野火が叫ぶのを聞いて自分から騒ぐことをやめたようだ。賢明なことだ。郷田は野火を殴って騒ぐのをやめさせた。

                    ★

おれはこの組織の連中を大して信頼していない。
それは、裏切る裏切らないの問題ではなく、抵抗運動・武装蜂起・一揆に――呼び方は何でもいい――現実的に対処できる奴がこの組織のなかにはいないように思えるからだった。
気概の上では問題ないんだ。郷田はこの村のことを心底熱く考えて、どんな「我慢」や過酷な武力行動も辞さないだろうし、源は郷田に対しては数々の批判を持ちながら独自の「アグリカルチャー」論で未来を明るく計画している。穂子川はビビりさえしなけりゃ優秀な参謀として郷田の熱意を作戦化・理論化して助けるだろう。なにより穂子川家の財力と絶えることのない寄付とカンパでこの村も、そしてこの抵抗組織も持っているようなものだ。
野火はどうだろう?野火は底抜けに明るく楽しい奴だが、郷田や穂子川や源からは控えめにs言っても厄介がられていた。しかし坊主が一番目をかけているのは野火であった。

野火こそがどんなテロ行為も辞さない真の危険人物・要注意人物であった。彼は村の交番と学校をぜんぶ焼いてしまった。寺院で三里塚闘争のフィルムをみんなで観た次の朝に放火したのだ。彼の狂気と速行動の姿勢にはみんな参ってしまった。
みんなでやっとのことで警察に捕まる前に、彼を確保したときは

「あの映画をみて、制服を着てるやつはみんなクズだ、ってわかった。だから燃やしたんだよ。」

と言った。誰もなにも言えなかったさ。坊主は一人で大笑いしていた。
坊主はそれから寺院に彼を匿った。危険なくらいの迷いなさと、そのスピードにちなんで彼はそれ以来「野火」という渾名をつけられ野火の本名は永遠に封印された。彼の本名のほうは学校の火事のとき死んだことにしたんだ。
(蛇足ついでに話すと、野火を狂気に駆り立てた三里塚幻夜祭のフィルムだが、匿われている間に彼は何度もそれを観て、フリージャズでもロックでもなくゼロ次元がいたくお気に召したらしい。寺院の中で野火はよく裸になっては「ゼロ次元ごっこ」をして遊んでいた。正直な話、野火が学校を燃やしたのは制服が嫌いだからではなくて学校で0点をとることで虐められたくなかったからだとおれは推測している。燃やしてなくなる前、野火は定時の高校に通ってたんだ。)

 つまりは悪い奴はいないし(まあ野火なんて一般的には悪人かもしれないが)、タレントもそこそこ揃っている。おれはまあまあこの組織の連中が好きだ。だが、一揆なんてものはそういう次元ではできないものだ。なかよしグループのやる気や行動力や夢や、些細な金の力だけじゃあ成功しないんだ。だいいちこの連中にはヴィジョンてものがないからな(おれもそんなもの持ち合わせていないが)。
 ヴィジョンっていうのはインディアン――ネイティブ・アメリカンのよく使う言葉だ。
源雫はインディアン(こう呼ぶと源は「ネイティブよ。彼らをインディアンと呼ぶのは24$でマンハッタン島を買いたたいたような呪われた白人種たちよ!!」と怒ったものだ)の歴史を学ぶために奨学金に応募して受かって見事にアメリカに渡った。よく考えると源は穂子川よりよっぽどインテリなのだが、村のやつらから見た源雫という女は「外国に行って農業をやってた、もの好きの姉ちゃん」でしかない。そしておれも村のやつらには同意見だ。本人も気づいたらしく今じゃ日本のこの村で農作業に勤しんでいる。
まあ、とにかく「ヴィジョン」がないなんていう言葉は源雫がよく嘆いていた受け売りで、おれの言いたいことはそういうことじゃなかった。

おれが言いたいのはつまり、この組織には「信頼関係」というものが無いということなんだ。
みんな自分のことが好きで、村のためにがんばってる自分のことが好きで、だから自分は信頼してるけど、自分の輝かしい未来のためには利己的で、邪魔な奴には引っこんでいてもらいたい、そんな感じなんだ。利害関係が一致しているというところかな。
だから郷田、源、穂子川の三人は野火を恐れている。野火が自分のことを好きとも何とも思ってないことは明らかだし、野火が何のために恐ろしい行動に出るか理解できないからな。野火はまったく利己的な計算をしない。犠牲になろうとしているわけでもない。利己的な打算で動いている奴らに理解できないのもしかたないさ。
そう、おれはこの連中のなかでは誰よりも野火のことが好きだ。野火の心が無心だからだ。彼はある意味で真に仏のような存在だ。修羅だ。業が深くて炎のように燃えさかることによってだけ、おれたちは浄化されうるんだ。
まあこれは好き嫌いの問題で、説明するのは難しいな。とにかく信頼関係が築けてないなら一揆はおろか況や革命などは起こせない。とおれは思っている。こんなことをいちいち説明するのは無駄な事さ。おれがなぜ野火のことを気に入ってるか説明するのと同じくらい意味はないよ。

                    ★

郷田が野火を殴って静かにさせた後、おれたちはとにかく黙ってしまった。郷田は目をつむって唸っているし、穂子川は相変わらずガクブルだ。裏切り者がいるとすれば――こんな考え方はしたくないし吐き気がするが――おれは穂子川があやしいと思っていた。穂子川は坊主の話以来ずっと真っ青だ。こいつは本当にお調子者で、お調子者の礼に洩れずビビりなんだ。裏切り者か。ビビりは裏切るのだろうか。穂子川が打算を持たない野火のことをよく理解できないように、おれには調子のいいビビり野郎の思考回路がよくわからない。それじゃあドッコイドッコイだな。
まあ都合のいいことに穂子川の意見は郷田が代弁してくれるし(本人の前であろうとなかろうと)、穂子川もそれには異存ないようなので、おれはいつだって調子こいた小心者と会話する必要はなかった。もっぱら気前がよく大胆な猟師の男に向かって話してればよかったんだ。

「気分が悪い。おれも酒を飲むことにするぜ、とってくるからここで待ってな」

そう言って郷田は席を立った。立つとき穂子川に目で合図したので腰ぎんちゃく野郎も一緒になって母屋の方へ消えた。本堂の秘密会議はおれと源と野火だけが残された。
野火は郷田に殴られてからべそべそ泣いていて、「しずちゃ~ん」とわめきながら源に膝枕してもらった上、源の履いているスキニージーンズの太腿に涙と鼻水の染みをつくって、さらには頭を撫でてもらっていた。困ったガキだ。
野火は裏切り者ではないとおれは思っている。単に思っているだけだ。でも損得を計算することをしない奴が裏切りなんて意味不明なことをするだろうか?まあそれもおれにはよくわからないだけかもしれない。

「ねえ、ヒデ。ヒデはさっきのお尚様の言葉どう思う?聞かせて。」

源雫一流の馴れ馴れしい言葉でおれに水を向けてきた。源はまわりに郷田や穂子川がいないときはおれのことを「ヒデ」と呼ぶ。それ以外は「英人くん」だ。どっちにしろ忌々しいんだ。源はいつだって坊主のことを「お尚様」と呼ぶが、そのくせ全く尊敬していない。仏教とか一揆とか、そういう概念からはまったく遠い思考を持った女だ。自分の頭ん中の理想とこの一揆の利害がまさに一致しているから行動をともにしている、それだけなんだ。

「怪しいやつがだれだか知りたいのか??怪しいやつは、おれだよ。」

と言ってやった。客観的にみたらそうだ。おれはこのプロジェクトに一貫して批判的だったし積極的じゃない。郷田と抵抗運動の方法論を巡って何回も口論になっているが、残念ながらハナシでも腕っぷしでも郷田には勝てなかった。
郷田は穂子川に全幅の信頼を寄せているし、野火のことは問題外だと思っているだろう。
そして郷田は源雫に少なからず好意を寄せている。わかりやすい方の好意だ。
で、穂子川も何考えてるかは知らないが郷田と同じ意見というわけで、野火は泣いてるだけ、源はヒステリーで何も考えられないと来た日には、

「要するにこの話し合いのテーマはおれが裏切ってるんじゃないかと疑っている、そういうことだろ?」

「私、なにもそんなこと言ってない!!」

と源は真っ赤に目を腫らして抗議してきた。

「ヒデ、なに言ってるかわかってるの?自分で自分のこと裏切り者って言ってるんだよ?
確かにヒデはいつも協力的じゃなかったから、みんなはヒデのこと疑ってるかもしれないよ?
でもそんなこと自分で言って郷田さんに聞かれたらどうするの?
意味分かんないよ。ヒデは密通者じゃないんでしょ!?ねえそうでしょ?
わたしヒデのこと信じてるよ。だから本当のこと教えて?」

おれ、ことヒデとしては嘆息する以外なかった。源の口から出る言葉は見事に「女子」のようなフレーズのオンパレードだ。村の若い娘たちに煎じて飲ませてやりたいくらいだった。
「女子」ってのは戦後も戦後60年くらい経って都市部で流行った概念だ。10年前にこれまた都市部で流行った「ギャル・コギャル・マゴギャル」といった概念を進化、拡大させてガキも商売女もOLも主婦も巻き込んで、女性の商業的需要と供給に統合させた。経済的に完全に飽和してしまった社会ではオヤジどもが売ることも買うこともできなくなった。モノを売り買いできたのは「女子」と、それに付随するカスみたいな男ども(男子と呼ぶらしい)だけだったそうだ。そんな悲惨な時代があったらしいと坊主に聞いた。

曰く「つまり第三次産業から脱構築して進化した第四次産業が「女子」なんだな。ただ「女子」というものへの経済的奉仕は私有財産が始まったころから潜在的にあった、古いものでもあるんだ。新しくもなんともない、人類がずっともってる持病みたいなもんだよ。主に第一次産業しかないド田舎の村には遠い話だな」

実際、この村には源以外の「女子」はいなかった。発生必要条件がそろわなかったからだと思う。「女子」が発生するためにはまず第一に性の問題があって、第二に経済の問題がある。
この二つが歯車のようにガッチリ噛み合ってはじめて「女子」は誕生するのだが、わが村において経済は薄弱、まあそれはいいんだが、肝心の「性」に関してわりと能天気に解決してしまっていた。
はやい話、この村には夜這いが横行していた。セックスに関してはあらゆる意味で経済的にフリーだったのだ。
夜這いとは高度にシステム化された技術で、村全体で運営される。近代人が考えるような強要や服従や軟禁や経済的脅迫ではなく、同じ村の適齢期の者同士ならば基本的に誰とでも合意の上でセックスして良いというシステムだ。
考えてみてほしい。強要や服従や軟禁や経済的脅迫を行うのは近代以降の経済的に豊かな貴族たちやカトリックの教徒が考案したセックスなのだ。テレビドラマでも組織的強姦を行うのは経済を掌握している地主や役人だろう。

夜這いにはもちろんタブーはある。他の村に夜這いに行くのはなかなか難しいし、嫌われている相手を無理やり誘うのが難しいことは言うまでもない。(そんなわけで力づくの郷田や、地主の末裔たる穂子川は村の若い娘からはあんまり人気が無かった)
 で、おれと野火はよく連れ立って女を誘いにいく、夜這い仲間だった。特に野火はなんでか知らないが村の娘に人気があり(交番と学校を燃やしてからは本当にモテモテだった)、おれは野火の人気にあやかって色々と美味しい思いをしたものだ。

 不思議なもので、一夫一妻のような一人の男と一人の女が付きあってゆくようなシステムが、互いにもつれ合った所有と被所有の感覚を産み、家具や電化製品のような、ローンで購入した住宅のような私有財産感を育んでいくのだ。そんなあらゆるものに値段のついたおてごろな環境の下で「女子」は生まれる。

 女性は自分の属する共同体と男に満足し、自分の仕事に誇りを持っていたら「女子」になる必要はない。彼女らはことさら媚を売ったり可愛くする必要が無い。他の楽しみを知っているからだ。夜になれば自身の魅力で男を積極的に落とすことができるのをわかっているからだ。働くことや食べること、性行為がいかに誇り高いことかを知っている。そんな女性は「女子」にはならずに単に「おんな」になるのだった。
 

 おれは村の娘や姐さんたちが寺院の率いる「一揆」に少なからず興味を持っていることを夜の付き合いを通して知った。
 彼女らの評価では「一揆」は、「アイデアはまあまあいい、だがやってるやつらがいまいちセクシーじゃない」ということだった。
おれは自分の性的魅力に関して文句を言われているようでかるくしょげたが、「一揆」のことを彼女ら村の若い娘たちに報告するということ、彼女らの意見をこの「一揆」に反映させることで、秘密裡に協力し合うことを誓っていた。
そして郷田や源といった一揆の中心核のメンバーがほとんど村の夜の側面との付き合いがないという事実に愕然とした。あいつらは「村のため」と言っているが何をみて言ってるんだ?村では昼には無駄な話はしない。夜に本音と下半身が出てくるのだ。郷田はハンターの一家で代々山にいるからまあ仕方ないのかもしれない。じゃあ源雫は夜は何やってんだ?すやすや眠ってるのか、徹夜で本でも読んでいそうだ。

とりあえずおれの抱えている大したことない秘密と言えばそんなものだ。これを密通とよぶのだろうか?おれは村の娘たちをとっても愛しているからこの一揆に参加して、批判的立ち位置をとっている。野火もきっと同じだと思う。愛してるからやるし、やるから愛してるのだ。そういう意味ではおれも野火と変わらないくらい思考が直接的なんだ。

 源になんて説明したらいいのやらわからずに、大して説明する気もなく黙りこんでいると、驚くべきことに源雫は泣きはじめた。膝枕されていた野火の方はというと、とっくに眠ってしまっていたようだ。

「ヒデさ、雫はさ、いっつもヒデのこと考えて心配してるのに、ヒデはわたしのことなんかどうでもいいんだよね、悲しいよ。」

おれは「そんなことはない」と言った。その通りの意味だ、おれはよく源のことを考えていた。この一揆には源が必要だからだ。
この一揆がもしも社会的に成功するとしたら、それは武力衝突の後に対外にむけてプロパガンダするスポークスマンの説得力と訴求力で決まる。武装蜂起まではまあまあ可能で、その後が本当の問題だった。郷田や穂子川には一貫したイデオロギーは無い。おれにもないし野火にもない。肝心の坊主がおおやけには動けないとなると、源以外にスポークスマンは考えられなかった。
 そこまで考えておれは笑ってしまった。おれも郷田や源と同じように、相手のことを利害の一致した道具としてしか見ていない。信頼関係を気づけない原因はやはりこのおれだ。おれが引き金になって不信の渦が出来上がっているんだ。

 

まずいところで酔っ払った郷田が戻ってきた。郷田は泣いている源を見るなり、おれの首根っこを掴んで締め上げた。

「おいヒデ、さっき坊主は私刑や総括を禁じたよなあ???
おれのいない間に雫になにをしたんじゃ?ああ!???」

「郷田くん、やめて!ちがうの!!ヒデくんわたしを責めてたんじゃないのよ!」

「雫は黙っとれ」

郷田は源の言葉を一顧だにしなかった。郷田の腕に力が籠っていっておれはだんだん苦しくて嫌になってきてしまった。意識がぼやけてきている。
必死に郷田の腕にしがみついて郷田を止めようとしている源雫の姿をぼんやり眺めながら、あるいは必死になった泣いている源雫もわりと綺麗なのかもしれない、とくだらないことを考えていた。

 

 

 

 

 


 という夢を見た。と言ったら人は「嘘こけ!」と怒るでしょう。

 たしかに半分以上創作と編集なんですが、こんな設定の夢を観ました。
夢って不思議なもので、複雑な設定も夢の世界に入ると味噌汁の具を把握するように瞬時に体験的にわかってしまいます。なんで言葉で説明しようとするとどうも野暮になっちゃうようです。
どうせ野暮になるなら思い切り野暮に夢の情景を説明しつくして書き足して独白小説調で書こうと思い立ったのが今作品です。お楽しみいただけたでしょうか。

 見た夢の筋立てではまだまだ続きがあるのですが、切りのいいところで一旦筆を置きます。

もし続きが気になる方がいましたらコメントください。
 
(作中に女性蔑視的な表現が多々出てきますが作者の意向により修正しませんでした。じつはこれが重要な伏線なのです。まあ回収してないから意味ないけど)

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