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2011年12月31日 (土)

2011おしまい!

あと数時間で2011年が終わる。
ショコタンのように1日に何回もブログを更新しているのは、2011年にネットバーチャル界でやり残したことがたくさんあること、そしてあと300人くらいでアクセス50000に到達するからである。
 
とはいえ、アクセス50000だからどうしたというのだと言えばどうしたという話しだ。
私の友人のブログによれば、2ちゃんねるにスレが立ってからというもの、毎日1000アクセスされるという。毎日1000あったら、万など容易い数字だ。しかも友人としてはそのアクセス数のほとんどが炎上目的に集まっているのは見え見えなわけで、そう考えてしまうとアクセス数なんてのはムナシイ数字に思えてくる。
まあ余計なお世話か。
(ただミッキーがそのせいでブログを更新し辛くなったとしたら腹立たしい限りだ。まあこれも余計なお世話か)
 
2011年はてんやわんや動いていたので現実にやり残したことなど知ったことではない。
ただネットの上でやり残したことがある。
それは「2010年聴いたアルバム10枚対談」の文字起こしがまだ終わっていないことである!!!
 
2010年のですよ。
対談のお相手はミッキー。はい。マジにすいません。ミッキーはもう俺とは口を聞いてくれないんジャマイカ。いつも彼に迷惑をかけてしまいます。
2010対談は2012にはお見えするかと思います。本当にお待たせしていますがもうしばらくお待ちを。

年をまたいで持ち越すって気分わるい
(だったらやれよ。)
 
 
2011年のNG活動は波乱含みのはちゃめちゃでした。

 空心菜の活動があったよね。
色んなとこで演奏させていただきました。西荻窪のだぶじゃずでライブとセッションのホストを始めました。

↓ダブジャズでのセッションライブ、

vocal:ゲンロウタ gt:NG organ:オハル dr:マコイチ 

  Bird~メリーゴーランドにさよならを@w.jaz20110211 by NGBarbaroi

 バンド「驢馬」に参加しましたね。
壺、壱くん両名への積年の恨み(というかジェラシー。サイレントジェラシー)を晴らすべく福井を誘って共にバンドを組みました。スーサイド小出マジックとも出会いました。

驢馬に入って僕は眼鏡をかけました。そうです。2011年は草食系眼鏡男子のNGだったのです。http://ng-vanvan.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/index.html

 
 ジャックでの演奏がはじまりました。この件はジャックの記事で書いたので割愛。
 
 そして東日本大震災が起こりましたね。
今この文字を見ても相変わらず現実感薄くてSF的に見えてしまう。
でも現実でした。

追記:これ書き忘れてけど(おい、)、地震後にわが先輩歌代隼人さんが北海道から地震に対する朗読を発表していました。NGは隼人さんの朗読に音楽をつけたよ。

 
 魔法少女まどかマギカの最終回放送が地震の影響で二週間延びて、僕は結局荻窪のベルベットサンでブラックシープの吉田隆一先生とご一緒させていただいてまどかマギカ見ました。
これをきっかけに隆一先生とお話しできました。
 
 荻窪のちゃぶ久で絵本の朗読伴奏をしました。地震の直後で、子供たちも疎開したりしてしまって波乱含みでしたが
「自粛ムードで大人たちも精彩がない、だから通常通りやってほしい。あえてチャリティーを謳わなくても単にいいパフォーマンスをみせてほしい」
と言われ、気合いをいれて演奏に臨みました。

 ちゃぶ久での絵本伴奏をきっかけのようにして、突然、地震直後から演奏のオファーがたくさん来ました。
平和な時代に求められなかったNGの音楽が、危機の時代に必要とされたのかと思いました。
NGとしては、それらの演奏に対してはちゃぶ久でやったように
「自粛しない」「チャリティーしない」「いつも通りいいパフォーマンスを追求する」という姿勢で臨みました。
(ただ謙虚であったわけではなくてわこの頃初めて自分の絵が売れて調子コいてウハウハしてはいた。) 

追記:あと映画にも出演しました。
http://d.hatena.ne.jp/murafake/20110316  

 T美大芸術学科で「自由研究ゼミ」を立ち上げて、ジャズ喫茶カフェ・ブリコラージュを勝手に開店しました。

↓カフェ・ブリコラージュ/自由研究設計ゼミの滝遠足の様子

http://ng-vanvan.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-9f8d.html

 
 地震後色んな活動をしてきた空心菜が活動停止しました。
それからのおれは驢馬をメインに動いていきます。
 
 驢馬のデモCD「Damn right, thats the truth」の録音とミックスを担当してヤマミドリネコにジャケットデザインしてもらいました。夏に発売してPVも作った。

 
 夏は横浜に通った。
サトシさんのジャズバンド、イヤマリ、新田、福井と歌ユニットを作って関内のホテルで演奏しました。 

 太田一希とのバンドle motで企画を組んで、練習動画をネットに上げたら意外と好評だったりしました。

 

 
 ジャズアートせんがわ2011に今年も野外演奏で参加しました。隆一先生とセッションできました。
 
 

 

 ジャックの七周年記念ライブイベントを博打でうって、本当にすげえ楽しかったけど集客失敗したりしました。
 
 T美大在籍最後の芸祭で一週間泊まりこんで、寝ないで酒かっ喰らってライブしまくってPAしまくりました。

↓前も紹介したけど多摩美の驢馬ライブ(ゲリラライクアボーイ)

↓驢馬の後、おれはダウンしてて見れなかった思い出野郎Aチームの映像があった。

 

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 まああとはさんざん驢馬でライブやった感じだよね。
 
 昨日は折原と一緒に大友良英さんとjojo広重さんのライブ行って、女子大生フリージャズバンドOMJQの名前使用許可を大友さんにもらい(???)、jojo広重さんと来年対バンすることに??なったらしい??

OMJTでのライブの模様

もうあとはなんもわからんけどいろいろやったですしかし。

まあとにかく来年もよろしくお願いします!

 

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対談!!福井ボアダム遥介!2011年はいかにボアダムだったか?!


12/30のライブの模様。馨子が撮影してくれました。

今日の対談は驢馬の三代目エレキギター福井くんの登場です。

 

NG: 2011年のNGブログ最終章として、福井遥介を招きました。どうもこんばんわ福井くん。  
 
福井(以下福):「なんでもいんじゃない??福井遥介」です。
 
NG: そういう名前だったの??
 
福: そうだよ(笑)。しらなかったの?ボアダムだよ。残念だったね。
 
馨子(以下「馨」): ボアダムってなに?
 
NG: ボアダムって「飽きた」とか「退屈」とか。
 おれたちが福井に対して思うこと。
 
馨: 福井ボアダム遥介だ!!
 
NG: 今日の対談は観客としてカエルの鳴き声みたいな音が出せる馨子です。
 
馨: いえーい。「kokkokkokkko!!」(馨子は喉を鳴らして夏の夜の池で鳴くカエルみたいな音が出せる)
 
福: カオルコハマタはカタカナで「カオルコハマタ」でしょ。
 なんか銀座とかに店開いてそうな服屋の名前みたいな感じで。たぶんあんまり売れへん。
 
馨: なにそれ?
 
福: まあレベル高すぎてワカラナイかもな。
 
NG: (苦笑) 福井、面白い人みたいな発言してるよ。
 
福: 何言ってんの?!!
 …
 …そうでしょ!
 
NG: もうそれ誰も言わないよ。(「何言ってんの…そうでしょ」は2011年のT美大jazz研の流行語だった)
 
福: うるせえジジイ。絶対残すべき言葉やって、あれは!おい直明、生きてるか??!!
  

★ライブやった

 
NG: おれこないだ2011年のライブの本数数えてみたんだけどね、
 まず、夏に横浜のホテルで10本くらいやったでしょ。
 そんで驢馬でも一緒にライブやってるでしょ、多分今年おれは福井くんとは50本くらい一緒にライブやってるんだよ。
 
福: 50本は言い過ぎでしょ(笑)。まあでも30はやってるかも。
 
馨: すごい仲良しだねー!!福井との逢瀬の数やばいね!!
 
NG: 今年は本当に福井に世話になったなと思って。「福井くん今年はどうだった?」っていう話をしようと思って。
 どうでしたか。福井くん。
 
福: どうだった??うーん。
 楽しかったよね。
 ただ楽しかったけど、おれの実生活はもうボロボロや。
 
(一同爆笑)
 
福: もうあれね、アレですわ。シーソーゲームですわ。勇敢なる戦士たちですわ。おれは桜井が好きだよ。
 
馨: 恋のシーソーゲーム???
 
NG: まあさ、福井くんはミュージシャンの鑑じゃん!
 
福: 何が?!〇〇〇(ピー。固有名詞につき自主規制です。)とセックスしてないのに??あ、これ言うたらあかんわ。
 
NG: バリバリ演奏してライブやってさ、でもそんなライブの後の日常生活はズダボロで。
 カスみたいな生活から素晴らしい音楽が生まれてくるという…アーティストだね!!

福: まあ、ある女性に「映画「アイデン&ティティ」のときのミネタそっくりだよね」って言われました。
 
馨: だれだれ??ある女性ってだれ???????
 
NG: 誰だろうね(笑) 聞いちゃだめだよ。多分〇〇とかだよ。
 
福: 多分そうだよ。
 
NG: 福井くん今年は東京出てきてから一番たくさんライブやったんじゃない?
 
福: うん。てゆうか生涯で一番たくさんやったね。なんだかんだでも月2、3本くらいをコンスタントにやってた。
 夏はね…し過ぎた!!
 
NG: 夏は死ぬほどライブやったね。福井とは毎週一緒にライブやったし、おれに至っては二日にいっぺんとか三日にいっぺんのペースだったよ。
 馨子とも沢山ライブやったねえ。 
 
馨: やったねえ。楽しかったよ!!!
 
福: ホントねえ。おれ馨子とNGとライブやったあと電車で寝過してホンマに八王子までいったからな。
 そんで〇〇に電話して〇〇に会いに行ったらあかんかな?あかんかな?って聞いたら、そらあかんやろって。
 で〇〇〇さんに聞いてみるわ言うて。で〇〇〇さんはそらアカン!!言うて…(以下、福井のどうでもいい話を全カット)
 
NG: 福井のボアダムの私生活は置いといて!!
 福井の音楽的な側面における今年どうだったか?ってことを聞きたいわけだよ!
 
福: そだね。そだね。おれの私生活なんてもういいもんね。
 
NG: 福井のライブを観てる人はまだいいけど、福井の友人は福井のことをただのボアダム人だと思ってるからさ。
 もうちょっとミュージシャン的な音楽的素晴らし的な話をしようよ!!
 
福: いやあ、まあね!素晴らしかったよね!今年は。本当によくやったね!!
 この一年で何が上手くなったかってNGのモノマネが上手くなったよ。
 
馨: え!!!やってやって!!!!
 
福: 「ね!!!ほんとね!!!!
 
馨: ……お笑い芸人でこう人いるよね…
 
福: もうやめよう。ボアダム促進するだけや。

 

NG: このブログの500万人の読者に向かって素晴らしいことをしゃべってよ。
 
福: すごいね。500万人も読者いるなんて。
 500万人いるなら、なんで5万アクセス行ってないんじゃ!
 
NG: HAHAHAHAHA!!!!
 
 

★ソウルフルかつストレートなギタリスト、そして変人たち

NG: だいたいこのブログでインタビューするとき相手の人の音楽的なルーツとかを聞きたいとおもうんだけどさ、
 福井の場合あんまり音楽的ルーツとか聞きたくならない(笑)
 
馨: なんで?????
 
NG: 福井の音楽的ルーツはさ、わざわざ話を聞かなくても本人のプレイに出てるから「いいか」ってなっちゃうんだよね。
 壺先輩とか丸ちゃんはさ、なに聞いてなに食って育ったのかさっぱり謎じゃん。プレイを聴いても。だからどんな風に音楽聞いてきたか知りたくなる。
 その点、福井くんは言葉を費やすよりも音楽聴いてわかりやすい。ストレートなプレイヤーだと思う。
 
福: まさに!!素晴らしいプレイヤーだね!!さすが年末!
 
NG: 福井くんもご存じの通り、おれの周りにはかなり奇妙に育ったヘンテコなプレイヤーが多いわけ。
 丸山(カレーイーターズgt) を筆頭に、

ミッキーとか

(ミッキーa.k.aGentle&Sequence)

紅旗先生とか

  clash chinchin by akahate gagalinn ala

ムラカミとか

  夜の野猿街道 -short version- by N'z-chao

カカとか。

まあ驢馬のメンバーもかなり変だ。
 いろんな変テコな人たちのなかに放りこまれてどうでした?
 
福: どうだろうね。まあ怖かったよね(笑)。
 
NG: 正直だな(笑)。
 
福: みんな怖いなあって。でも「おまえらそれだけじゃカスやぞ!!」って思ってた。
 ていうかおれの周りにはそう人たち居なかったからね。全然感覚が違うから。まあ…
 
NG: 福井がもともと育ったコミュニティではストレートなプレイヤーが多かったの?
 
福: というかミュージシャンズミュージシャンというか。
 それこそチャットモンチーの徳島出る前の最後のワンマンに30とか40とかのオッサンが呼ばれて、
 
NG: サポートってこと?
 
福: いや、オープニングアクトで。で、その人らやって、で後ろ座ってメインアクトのライブを見ながら
 「チューニングも合うてへんわ!!あかんわ!なんやコレ!」って言ってるような人たちの中で育った。
 ジマさんの周りは、むしろ逆じゃないですか。チューニング合わすことが「惡!」みたいな…
 
NG: 悪ってわけじゃないけども(笑)。でも福井は驢馬の中で挑んでゆくに当たって、積極的にチューニングを狂わせて挑戦してたよね。
 それは「チューニング狂わせないとマズイ!!」みたいな気持ちがあったの?
 
福: まあ、ちゃんとしたとこは保ちつつね。
 
NG: ちなみに変な人たちの中では誰が一番怖かった?
 
福: 丸山さんですね。

(久々に封印された丸山との対談をこっそりリンクします)

(丸山君の新たな活動がはじまったようなので再び封印します。今度またインタビューするのでお楽しみに)
 
NG: 福井は丸山が大好きだな(笑)、じゃあ驢馬のメンバーの中では?
 
福: 壺さんかな。
 
NG: ああ。壺さん(壺さんとの対談)  怖いよね。
 
福: あの人なんもしゃべらんのやもん!!
 まあ、でも右往左往したなおれも。
 
NG: 福井はそんな変に怖い人たちの中で自分の居場所見つけてがんばってくれた。
 そのことをおれはとても嬉しく思ってるよ。
 
福: 出た!リスペクトタイム!?
 若いタイミングで極端にかけ離れた反対側で、例えばブラジルに突っ込まれて生活する羽目になったら「いやあ…」っておもうでしょ。
 でも驢馬でレコーディングしてから大分わかってきた。

NG: ああそうだねえ。壺くんは行動で語るからね。あんまり自分のことは言わないから。
 
福: あのオッサンなんも言えへん。CD出来た時も対談と焼き肉に呼ばれんかった!おれも呼べや!!

 
馨: わたしも!!!
 
NG: え??
 
馨: わたしも呼んでほしい!!映像とるからみんなで焼き肉食べたい!!
 
NG: じゃあみんなで新年会でもやるか!!

(なんだかわけがわからんまま夜は更けていった) 

 
 

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Jack swings 'round midnight

今年いっぱいで友人のOがジャックのバーテンをやめることになった。

ジャックっていうのは(何度かこのブログにも書いたけどジャックの記事 )、浅草は蔵前のバー。地下鉄の出口を出てすぐ隣の重たい木の扉のバーだ。

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木の扉の横にはジャックダニエルのボトルが壁に描かれている。
本当は店の名前があるのだけど、常連のお客さんたちはみんな「ジャック」とだけ呼んでいる。

友人Oがバーテンとして働いていて、彼の計らいでおれの絵や版画を店内に展示していた。
遊び場を手に入れたガキみたいに調子に乗ったおれたちは、店の音響システムを入れ替えてレコードが聴けるようにターンテーブルを置いた。
簡単なPA装置も置いて、マイクやギターアンプを使えるようにした。

そうやってジャックは、終始暗黒な音楽がかかっていて、絵が展示されている、時たまライブをやるバーに変わったのだった。

店の雰囲気が変わっても、浅草ならではの気が短い(?)お客さんの雰囲気は変わらず、様々な音楽や絵が並ぶ中でジャックの常連さんたちは大いに飲み、嗤い、語り、騒いでいたものだ。

おれは展示の斡旋やライブのブッキング、時おりDJもやって、ギターの演奏を披露するため足繁くジャックに通った。

ジャックで展示をやったのは
イヤマリ、奥村、馨子、
ライブ演奏としては
カワラサキサトシ、ゲンロウタ、イヤマリ、新田、奥村、川合、馨子、福井、オガ、ナナなどがいる。

大部分はおれの大学の関連で手伝いをお願いした人たちである。この場でお礼を言います。ありがとうございました。

おれはOとともにジャックの店内のトータルコーディネートをしてたわけだけども、本当に楽しく続けられたのは忌憚なく本音の意見をぶつけてくれたお客さんたち、常連さんたちの生の声が聞けたからだと思っている。

常連さんたちは本当によくしてくれてありがたかった。

でも困った一見さんにもたくさん出会った。
 
パンチパーマの怖い社長さんに凄まれたり、じいさん2人がばあさんをめぐって修羅場喧嘩を繰り広げたり(グラスがわれまくったなあ)、セクハラしまくった親父が食い逃げしようとしやがったり、ウィスキーをストレートで何杯も一気しながら演奏したり(これはわりと毎回要求された)、まあ、なんというか貴重な体験ができた。

ジャックで色んな人たちと知り合ったおかげで、横浜のホテルの演奏仕事をもらったり、花火大会でも演奏したり、いろんな依頼を受けた。

今年は演奏の仕事を通して色んなことを考えさせられた。
とはいえ何を考えていたかあんまり覚えていない。
 
ただ、古いジャズやブルースはこういう騒がしい酒場で主張するためにもパワフルな表現を獲得したのかな、とか考えたように思う。

酒場で酒浸りギタリストの気もちょっとあったが、そんなカッコいいものではなく、淡々と演奏して、淡々と呑んでいた。
力技ではなくて演奏の上で自分をオーバードライブさせる術もわかってきた。

ときどき、オーバードライブさせすぎて4ステージ終わって酒をガバガバ呑んでも物足らないときもあったな

あんまりコントロールできていないのだ。

このブログで少しずつ報告してきた友人Oとジャックの話はこれで一旦終わる。
Oとはまた新たな店舗計画を立てていて、うまくいったら報告できると思う。

おれと、なによりもO…太田一希が悪乗りして創った「ジャック」を楽しんでくれたお客さんたちと画家たち、ミュージシャンたち、そしてバーテンダーとタップダンスするバーテンドレスに最大限の賛辞をおくりたい。

ありがとうございました。

Photo

 ジャックでよくかけていた曲↓

  NG select JACK MIX after dark until 1960s (Barbaroi MIXed 014 by NGBarbaroi
↑おれがジャックのためにミックスした音源。

 

  The Devil's Music 2 by Frankie Sumatra
↑この人のミックスはジャックでメチャ受けました。



ジャックでよくかけていた音楽のユーチューブミックス。

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2011年12月24日 (土)

年末の祝祭的な焦燥感

 年末って不思議ですね、祝祭と清算が同時に行われるような妙な雰囲気があります。
浮き足立つような、追い詰められるような感覚。こういうときに人間は生理的に興奮しやすくなっているようです。


・・・なんて書き出しで書き始めたまま3日間も放置してしまったので何を書きたかったか忘れた。
 もうすぐ累計アクセスが50000ヒットいきそうです。
 ほらあなた、パソコンのブラウザをで読んでるあなたは右上のNGの写真の下、to topの上の数字をご覧なさって。
あら素敵。私が書いてる時点で49200ヒットを超しているわ。まあ素敵。
 
確か去年の年末は30000ヒットだったのだ。
去年の12月のログ↓
http://ng-vanvan.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/index.html
 
2007年からココログでブログ始めてるから、三年間かけて30000ヒット、四年目の2011年は一年間で20000ヒット行った。
ブログというものは100ログ/30000アクセスを超えると、ブログ内でのリンクだけでも膨大になってくるので、検索に引っかかりやすくなる。Googleなどの検索エンジンの評価基準なや「どれくらいリンクされているか」というものがあるらしい。

と、「ブログで年収50倍アップ!!最強ブログ術」という本に書いてあった。

ブログで金持ちになれるとは思っていないが、どうせなら偶然ブログがブレイクして大金が転がりこんでこないかなあ。


ともあれ検索エンジンのおかげでこのブログにも検索からの来場者が増えた。
先日報告した「ターンテーブル ベルトドライブ 修理」で検索して我がブログにたどり着いた放浪者たちのことである。

とにもかくにも50000ヒット目前である。

上に書いたような裏事情はありつつも、このブログがまあまあ長く続けられているのもこまめにチェックしてくれてる読者諸賢のおかげなのであります。

誠にありがとうございます。今後もぜひご贔屓おねがいします。

NGは年末進行の卒業論文でヒイヒイ言ってますが、来週は驢馬で三本ライブがあるのでよかったら都合が合うときに会いに来てください。お待ちしております。
(事前に連絡もらえると助かります)

さて今年もあとちょっとがんばるぞ。

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2011年12月23日 (金)

一揆も起こせぬ犬畜生

 おれたちは山奥の寺院で一揆の用意をしていた。

 山奥の寺院に暮らす坊主は食えない男、大酒飲みで博識をほこる悪名高い変人であった。
坊主は破天荒で激しやすい性格であり、酒に酔った挙げ句に政治と宗教の談義に華を咲かし、聴衆(おれたちのことだ)に殴る蹴るの暴行に及ぶことも珍しくなかった。
そんな悪たれ生臭坊主だとしても、彼の説教(まさしく゛説教゛である)を聞くためにおれたちは足繁く寺院に通った。

 坊主の眼はどんなに怒りで染まっているときも妙に醒めており、いうなれば諦観に似た雰囲気があった。おれはそんな坊主の様子に興味をもっていた。
 坊主風に言えば、「悟って衆生の想いに満ちた眼」をしているということなのだろうか。
おれには「悟っている」はずの坊主が革命理論を云々ぬかして泡を吹いている姿は滑稽なように思えた。

 結果的にみれば、坊主は長い時間をかけて、おれたちを「オルグ」したのだった。
――「オルグ」とはドイツ語で、説教したり殴ったり蹴ったり誓わせたりして、団結させてやる気を出させることらしい、と坊主に教わった――おれたちは坊主の下で学び、訓練し、いっぱしのゲリラ闘士となったのだ。もっとも坊主は「オルグ」は使うくせに「ゲリラ」という言葉を嫌い、常に「一揆」という言葉に誇りをもつよう強調していた。

 寺院の本堂の裏には隠し部屋があり、そこは膨大な量の歴史的史料と革命的名書を収めた書庫であった。サヴィンコフやらカラマーゾフの兄弟から、クロポトキン、サイード、ネグリ/ハートの帝国などがあった。
同胞たちは坊主の奨めるこれらの書を読んで狂喜し熱を語り合っていたが、おれは今ひとつ興味をもてないでいた。
 おれが読んでいったのはこの村の歴史資料であった。それも公の記録ではなく、民の一揆の記録を記した、公表不可能の資料が大量にあった。こんなものをいったいだれが書いて遺したのか。答えはこの寺院にあった。一揆を内密に記録するのはこの村に伝わる抵抗運動の精神的中枢である寺院の住職に代々任された使命であったのだ。

「だが、」と坊主は語った。

「おれの爺さんの代から抵抗運動の組織と記録を続けるのは困難になった。
戦争があったんだ。内務省から特別高等警察が内偵にやってきて赤狩りが行われた。この寺院の真っ赤な正体に気づかれるわけにはいかない。爺さんは自殺した。仏教用語では入定と言うらしいがな。爺さんが何も伝えなかったおかげで親父はなにも知らないただの坊さんだった。そうやってこの寺は戦争を乗り越えたんだよ」

 他におれが熱心に読んだ本と言えば、数々の仏教の経典に、空海、親鸞、日蓮など日本の仏教に関する書であった。彼ら聖人たちが民にとっての煽動者であり革命家であったという話は、坊主からの受け売りだ。
 外国の赤や黒の本は、おれには難しくて何が書いてあるかよくわからなかった。だけど仏教書には共感できた。なにより仏教書は極端に赤かったり黒かったりはしないものだ。

 私立の中学受験をする直前の勉強にせきたてられた小学生みたいにして、おれたちは一揆の準備に励んでいた。
武力蜂起の準備というものは、日本においてはとにかくバレやすいものであるけれど(「実録連合赤軍」という哀しい映画を観ておれたちは沢山のことを小学生のように「勉強」した。)、この人里離れた山奥の農村において、まず第一に人目がなく、村の人びとの協力体制が敷かれているなか、おれたちは心置きなく訓練に励んだ。

                                    ★

 春先の村祭りの夜に、おれたちは坊主に呼び出されて寺院の本堂に集まった。
 おれたちというのは、農村で青年団を組織している年齢にあたる若い男たち(16~30歳までの男)を束ねるリーダー格の集まりである。
 おれの名前は英人(ヒデトシ)だ。なんでこの漢字でヒデトシと読むかはおれにもわからない。ふつうヒデトだろ。みんなには単に「ヒデ」と呼ばれている。年齢は25だ。おれがどんな奴かは、まあおいおいわかってくるだろうし、この物知りげな嫌味っぽい口調から大体わかるだろうからここでは割愛させてもらおう。親父はこの村の生まれで、若いころに亡くなって、おれはややこしい経緯をへてこの村で暮らすことになったんだ。
おれの他には、腕っぷしが強く弁も立ち、年齢的にもおれたちのリーダーである郷田(29)、
この山あいの村のなかではいちばん大きな屋敷の息子で東京の大学を中退して、帰郷した後はきこもりのような生活を送っていた穂子川(23)、
 少し頭が弱いがこの一揆組織のムードメイカーである野火(19)、
 そして女がひとり。この村の役場のやつらに「アグリカルチャー」がどうしたこうしたとわけのわからないことを吹き込んで、自然食レストランとかいう妙な味の店を作ってしまった行動派の女性、源雫(27)がいる。

さて、寺の本堂に集められたおれたちは坊主から気分の悪い話を聞かされた。

「おれたちの組織のなかに密通者がいる」

と坊主は言いやがった。
途端に「なんてこと!」と叫んで源がヒステリックに色々喚きはじめた。
こんな風に誰かが疑われるようなシリアスな状況でじっと黙ってられないような女なんだ。

「少し黙れ、雫。」と郷田が言った。

「とにかくおれたちの一揆のなかに密通者がいるんだな?坊主よ。誰か教えてくれ。今すぐぶち殺そうじゃないか」

 おれもまったく郷田に同意見だった。
 非合法活動をやっている身に不信と裏切りは心底こたえる。大体こんな山奥のゲリラ組織を密告するためには裏切り者はどんな苦労をしたんだろうか。
携帯電話も通じない、インターネットもたいして普及していないようなド田舎の糞ゲリラ戦を当局までわざわざ密告するようなガリ勉野郎にはそれに見合った代償が待っていて然るべきじゃないか。要するに「くたばれ、地獄に堕ちろ」だ。

「殺す?!裏切り者を殺すですって??」と言って源がまた騒ぎはじめた。穂子川は蒼ざめた顔で震えている。野火はあんまり会話の内容を理解していないのだろう、源が大声を出すのを面白がって笑い転げていた。
源が落ち着くのを待って坊主は口を開いた。

「おまえらは総括でもしようっていうのか?仏様が見てる前で殺生しようっていうのか?
おれたちの組織にリンチは禁止だ。どうしてもぶち殺したいなら郷田、おまえがここを抜けろ。
おれたちの一揆は、殺されるか、生入定(いきにゅうじょう)するかだけだ。私刑はもってのほかだ」

生入定(いきにゅうじょう)とは坊主のお祖父さんである先々代の住職がやった「即身仏」とやらのことだ。おれは即身仏のことを調べてしまったんでどんなものかはわかってる。木を喰ったりするんだ。恐ろしい自殺だ。おれは仏教に心惹かれはするものの、仏教は未だ理解を超える概念も多い。

「じゃあどうしろってんだ?裏切り者がいるんだろ??ひとりずつとっちめてくしかないじゃないか!?」

 郷田はいつだって物事をシンプルに考える。
都会人のなかには人里に熊が出たっていうと動画を録ったりテレビ局に電話したりして、さらには熊を射殺することを抗議して大騒ぎするような信じられない連中がいるらしい。
郷田にかかれば人里に熊が出たら銃を持ちだして撃つ、それで終わりだ。
そして郷田にとってみれば「おれたちの一揆」(郷田は好んでそう呼んだ)に対する裏切り者などは人里で食うことを覚えてしまった哀れな熊さんと同じで、単に殺すしかないのだ。そいつはもう自然界に戻る術はない。そしてどんなに山が近かろうとここは自然界ではないのだ。
おれは郷田のそんなシンプルさが好きだった。彼の一家は代々ハンターだ(マタギという)。彼は熊を神のように尊敬しているが、人里に降りた熊はもう神ではないのだ。

坊主はにやにやしながら慌てるおれたちを見ていた。

「まあおまえらで考えるんだな。おれは実行するものではない。導き記録するだけだ。それがこの村の坊主の役割というものさ、とにかく私刑は論外だ。」

坊主は「おれはそろそろ酒を飲みに戻る」と言って母屋の方に戻ってしまった。

 今宵は村の祭りの真っ最中なのであった。寺院の母屋には寺の檀家が集まって祭りとは関係ない祝宴がひらかれていた。この村は八十八夜祭をやるのだが、おれたちは村祭りの雑務でてんてこまいした挙句にこの気分の悪い話を聞くために呼びだされていた。この村の八十八夜祭はてんで小規模のもので、じじいやばあがこの日に来る獅子舞と神楽をみて大喜びするだけのものだ。
もっとも獅子舞も神楽も12キロ隣の村に金払って来てもらっている。つまりこの村の郷土芸能とはまったく違う代物なんだが、役場にいる新しい地区長が勝手にこしらえたイベントが、妙にこの村の老人たちに好評を呈してしまって、伝統と関係ないクソ面白くもない祭りを毎年やる羽目になっている。
だからこの祭りが嫌いな檀家や若い衆がこの寺に集まってこれまた関係ない宴を開いて、さも便乗してる風に酒を呑んでいるのだった。祭りじゃあ今ころは役場の前で神楽をやっている時間だろうか。

「どうすればいい??」
怯えた顔をした穂子川が言った。まったくこいつの顔は病的だ。穂子川はいつだって郷田の顔色を伺っていた。郷田に弱点があるとしたら、それは穂子川だろう。郷田はどんなかたちであれ自分に従ってくるものに弱いし甘い。ついつい舎弟のように可愛がってしまう。村では金持ちで、さらに一応インテリとされている(東京の大学に行ったんだからやはりインテリだろう)穂子川が慕ってくるならば、なおさら郷田は拒めないのだった。
源は黙っている。今度はダンマリかいお嬢さん。とおれは思ってしまうが口には出さない。源雫は何も言わない時が一番美人だね。こういうことを誤って口に出してしまうとどうやら女性には嫌われるようだ。

「裏切り者!裏切り者!裏切り者は僕だよ!!」
さっきから野火が叫んでいる。またみんなの注意を惹きたい一心で出鱈目を言ってるんだ。源は頭の弱い野火が叫ぶのを聞いて自分から騒ぐことをやめたようだ。賢明なことだ。郷田は野火を殴って騒ぐのをやめさせた。

                    ★

おれはこの組織の連中を大して信頼していない。
それは、裏切る裏切らないの問題ではなく、抵抗運動・武装蜂起・一揆に――呼び方は何でもいい――現実的に対処できる奴がこの組織のなかにはいないように思えるからだった。
気概の上では問題ないんだ。郷田はこの村のことを心底熱く考えて、どんな「我慢」や過酷な武力行動も辞さないだろうし、源は郷田に対しては数々の批判を持ちながら独自の「アグリカルチャー」論で未来を明るく計画している。穂子川はビビりさえしなけりゃ優秀な参謀として郷田の熱意を作戦化・理論化して助けるだろう。なにより穂子川家の財力と絶えることのない寄付とカンパでこの村も、そしてこの抵抗組織も持っているようなものだ。
野火はどうだろう?野火は底抜けに明るく楽しい奴だが、郷田や穂子川や源からは控えめにs言っても厄介がられていた。しかし坊主が一番目をかけているのは野火であった。

野火こそがどんなテロ行為も辞さない真の危険人物・要注意人物であった。彼は村の交番と学校をぜんぶ焼いてしまった。寺院で三里塚闘争のフィルムをみんなで観た次の朝に放火したのだ。彼の狂気と速行動の姿勢にはみんな参ってしまった。
みんなでやっとのことで警察に捕まる前に、彼を確保したときは

「あの映画をみて、制服を着てるやつはみんなクズだ、ってわかった。だから燃やしたんだよ。」

と言った。誰もなにも言えなかったさ。坊主は一人で大笑いしていた。
坊主はそれから寺院に彼を匿った。危険なくらいの迷いなさと、そのスピードにちなんで彼はそれ以来「野火」という渾名をつけられ野火の本名は永遠に封印された。彼の本名のほうは学校の火事のとき死んだことにしたんだ。
(蛇足ついでに話すと、野火を狂気に駆り立てた三里塚幻夜祭のフィルムだが、匿われている間に彼は何度もそれを観て、フリージャズでもロックでもなくゼロ次元がいたくお気に召したらしい。寺院の中で野火はよく裸になっては「ゼロ次元ごっこ」をして遊んでいた。正直な話、野火が学校を燃やしたのは制服が嫌いだからではなくて学校で0点をとることで虐められたくなかったからだとおれは推測している。燃やしてなくなる前、野火は定時の高校に通ってたんだ。)

 つまりは悪い奴はいないし(まあ野火なんて一般的には悪人かもしれないが)、タレントもそこそこ揃っている。おれはまあまあこの組織の連中が好きだ。だが、一揆なんてものはそういう次元ではできないものだ。なかよしグループのやる気や行動力や夢や、些細な金の力だけじゃあ成功しないんだ。だいいちこの連中にはヴィジョンてものがないからな(おれもそんなもの持ち合わせていないが)。
 ヴィジョンっていうのはインディアン――ネイティブ・アメリカンのよく使う言葉だ。
源雫はインディアン(こう呼ぶと源は「ネイティブよ。彼らをインディアンと呼ぶのは24$でマンハッタン島を買いたたいたような呪われた白人種たちよ!!」と怒ったものだ)の歴史を学ぶために奨学金に応募して受かって見事にアメリカに渡った。よく考えると源は穂子川よりよっぽどインテリなのだが、村のやつらから見た源雫という女は「外国に行って農業をやってた、もの好きの姉ちゃん」でしかない。そしておれも村のやつらには同意見だ。本人も気づいたらしく今じゃ日本のこの村で農作業に勤しんでいる。
まあ、とにかく「ヴィジョン」がないなんていう言葉は源雫がよく嘆いていた受け売りで、おれの言いたいことはそういうことじゃなかった。

おれが言いたいのはつまり、この組織には「信頼関係」というものが無いということなんだ。
みんな自分のことが好きで、村のためにがんばってる自分のことが好きで、だから自分は信頼してるけど、自分の輝かしい未来のためには利己的で、邪魔な奴には引っこんでいてもらいたい、そんな感じなんだ。利害関係が一致しているというところかな。
だから郷田、源、穂子川の三人は野火を恐れている。野火が自分のことを好きとも何とも思ってないことは明らかだし、野火が何のために恐ろしい行動に出るか理解できないからな。野火はまったく利己的な計算をしない。犠牲になろうとしているわけでもない。利己的な打算で動いている奴らに理解できないのもしかたないさ。
そう、おれはこの連中のなかでは誰よりも野火のことが好きだ。野火の心が無心だからだ。彼はある意味で真に仏のような存在だ。修羅だ。業が深くて炎のように燃えさかることによってだけ、おれたちは浄化されうるんだ。
まあこれは好き嫌いの問題で、説明するのは難しいな。とにかく信頼関係が築けてないなら一揆はおろか況や革命などは起こせない。とおれは思っている。こんなことをいちいち説明するのは無駄な事さ。おれがなぜ野火のことを気に入ってるか説明するのと同じくらい意味はないよ。

                    ★

郷田が野火を殴って静かにさせた後、おれたちはとにかく黙ってしまった。郷田は目をつむって唸っているし、穂子川は相変わらずガクブルだ。裏切り者がいるとすれば――こんな考え方はしたくないし吐き気がするが――おれは穂子川があやしいと思っていた。穂子川は坊主の話以来ずっと真っ青だ。こいつは本当にお調子者で、お調子者の礼に洩れずビビりなんだ。裏切り者か。ビビりは裏切るのだろうか。穂子川が打算を持たない野火のことをよく理解できないように、おれには調子のいいビビり野郎の思考回路がよくわからない。それじゃあドッコイドッコイだな。
まあ都合のいいことに穂子川の意見は郷田が代弁してくれるし(本人の前であろうとなかろうと)、穂子川もそれには異存ないようなので、おれはいつだって調子こいた小心者と会話する必要はなかった。もっぱら気前がよく大胆な猟師の男に向かって話してればよかったんだ。

「気分が悪い。おれも酒を飲むことにするぜ、とってくるからここで待ってな」

そう言って郷田は席を立った。立つとき穂子川に目で合図したので腰ぎんちゃく野郎も一緒になって母屋の方へ消えた。本堂の秘密会議はおれと源と野火だけが残された。
野火は郷田に殴られてからべそべそ泣いていて、「しずちゃ~ん」とわめきながら源に膝枕してもらった上、源の履いているスキニージーンズの太腿に涙と鼻水の染みをつくって、さらには頭を撫でてもらっていた。困ったガキだ。
野火は裏切り者ではないとおれは思っている。単に思っているだけだ。でも損得を計算することをしない奴が裏切りなんて意味不明なことをするだろうか?まあそれもおれにはよくわからないだけかもしれない。

「ねえ、ヒデ。ヒデはさっきのお尚様の言葉どう思う?聞かせて。」

源雫一流の馴れ馴れしい言葉でおれに水を向けてきた。源はまわりに郷田や穂子川がいないときはおれのことを「ヒデ」と呼ぶ。それ以外は「英人くん」だ。どっちにしろ忌々しいんだ。源はいつだって坊主のことを「お尚様」と呼ぶが、そのくせ全く尊敬していない。仏教とか一揆とか、そういう概念からはまったく遠い思考を持った女だ。自分の頭ん中の理想とこの一揆の利害がまさに一致しているから行動をともにしている、それだけなんだ。

「怪しいやつがだれだか知りたいのか??怪しいやつは、おれだよ。」

と言ってやった。客観的にみたらそうだ。おれはこのプロジェクトに一貫して批判的だったし積極的じゃない。郷田と抵抗運動の方法論を巡って何回も口論になっているが、残念ながらハナシでも腕っぷしでも郷田には勝てなかった。
郷田は穂子川に全幅の信頼を寄せているし、野火のことは問題外だと思っているだろう。
そして郷田は源雫に少なからず好意を寄せている。わかりやすい方の好意だ。
で、穂子川も何考えてるかは知らないが郷田と同じ意見というわけで、野火は泣いてるだけ、源はヒステリーで何も考えられないと来た日には、

「要するにこの話し合いのテーマはおれが裏切ってるんじゃないかと疑っている、そういうことだろ?」

「私、なにもそんなこと言ってない!!」

と源は真っ赤に目を腫らして抗議してきた。

「ヒデ、なに言ってるかわかってるの?自分で自分のこと裏切り者って言ってるんだよ?
確かにヒデはいつも協力的じゃなかったから、みんなはヒデのこと疑ってるかもしれないよ?
でもそんなこと自分で言って郷田さんに聞かれたらどうするの?
意味分かんないよ。ヒデは密通者じゃないんでしょ!?ねえそうでしょ?
わたしヒデのこと信じてるよ。だから本当のこと教えて?」

おれ、ことヒデとしては嘆息する以外なかった。源の口から出る言葉は見事に「女子」のようなフレーズのオンパレードだ。村の若い娘たちに煎じて飲ませてやりたいくらいだった。
「女子」ってのは戦後も戦後60年くらい経って都市部で流行った概念だ。10年前にこれまた都市部で流行った「ギャル・コギャル・マゴギャル」といった概念を進化、拡大させてガキも商売女もOLも主婦も巻き込んで、女性の商業的需要と供給に統合させた。経済的に完全に飽和してしまった社会ではオヤジどもが売ることも買うこともできなくなった。モノを売り買いできたのは「女子」と、それに付随するカスみたいな男ども(男子と呼ぶらしい)だけだったそうだ。そんな悲惨な時代があったらしいと坊主に聞いた。

曰く「つまり第三次産業から脱構築して進化した第四次産業が「女子」なんだな。ただ「女子」というものへの経済的奉仕は私有財産が始まったころから潜在的にあった、古いものでもあるんだ。新しくもなんともない、人類がずっともってる持病みたいなもんだよ。主に第一次産業しかないド田舎の村には遠い話だな」

実際、この村には源以外の「女子」はいなかった。発生必要条件がそろわなかったからだと思う。「女子」が発生するためにはまず第一に性の問題があって、第二に経済の問題がある。
この二つが歯車のようにガッチリ噛み合ってはじめて「女子」は誕生するのだが、わが村において経済は薄弱、まあそれはいいんだが、肝心の「性」に関してわりと能天気に解決してしまっていた。
はやい話、この村には夜這いが横行していた。セックスに関してはあらゆる意味で経済的にフリーだったのだ。
夜這いとは高度にシステム化された技術で、村全体で運営される。近代人が考えるような強要や服従や軟禁や経済的脅迫ではなく、同じ村の適齢期の者同士ならば基本的に誰とでも合意の上でセックスして良いというシステムだ。
考えてみてほしい。強要や服従や軟禁や経済的脅迫を行うのは近代以降の経済的に豊かな貴族たちやカトリックの教徒が考案したセックスなのだ。テレビドラマでも組織的強姦を行うのは経済を掌握している地主や役人だろう。

夜這いにはもちろんタブーはある。他の村に夜這いに行くのはなかなか難しいし、嫌われている相手を無理やり誘うのが難しいことは言うまでもない。(そんなわけで力づくの郷田や、地主の末裔たる穂子川は村の若い娘からはあんまり人気が無かった)
 で、おれと野火はよく連れ立って女を誘いにいく、夜這い仲間だった。特に野火はなんでか知らないが村の娘に人気があり(交番と学校を燃やしてからは本当にモテモテだった)、おれは野火の人気にあやかって色々と美味しい思いをしたものだ。

 不思議なもので、一夫一妻のような一人の男と一人の女が付きあってゆくようなシステムが、互いにもつれ合った所有と被所有の感覚を産み、家具や電化製品のような、ローンで購入した住宅のような私有財産感を育んでいくのだ。そんなあらゆるものに値段のついたおてごろな環境の下で「女子」は生まれる。

 女性は自分の属する共同体と男に満足し、自分の仕事に誇りを持っていたら「女子」になる必要はない。彼女らはことさら媚を売ったり可愛くする必要が無い。他の楽しみを知っているからだ。夜になれば自身の魅力で男を積極的に落とすことができるのをわかっているからだ。働くことや食べること、性行為がいかに誇り高いことかを知っている。そんな女性は「女子」にはならずに単に「おんな」になるのだった。
 

 おれは村の娘や姐さんたちが寺院の率いる「一揆」に少なからず興味を持っていることを夜の付き合いを通して知った。
 彼女らの評価では「一揆」は、「アイデアはまあまあいい、だがやってるやつらがいまいちセクシーじゃない」ということだった。
おれは自分の性的魅力に関して文句を言われているようでかるくしょげたが、「一揆」のことを彼女ら村の若い娘たちに報告するということ、彼女らの意見をこの「一揆」に反映させることで、秘密裡に協力し合うことを誓っていた。
そして郷田や源といった一揆の中心核のメンバーがほとんど村の夜の側面との付き合いがないという事実に愕然とした。あいつらは「村のため」と言っているが何をみて言ってるんだ?村では昼には無駄な話はしない。夜に本音と下半身が出てくるのだ。郷田はハンターの一家で代々山にいるからまあ仕方ないのかもしれない。じゃあ源雫は夜は何やってんだ?すやすや眠ってるのか、徹夜で本でも読んでいそうだ。

とりあえずおれの抱えている大したことない秘密と言えばそんなものだ。これを密通とよぶのだろうか?おれは村の娘たちをとっても愛しているからこの一揆に参加して、批判的立ち位置をとっている。野火もきっと同じだと思う。愛してるからやるし、やるから愛してるのだ。そういう意味ではおれも野火と変わらないくらい思考が直接的なんだ。

 源になんて説明したらいいのやらわからずに、大して説明する気もなく黙りこんでいると、驚くべきことに源雫は泣きはじめた。膝枕されていた野火の方はというと、とっくに眠ってしまっていたようだ。

「ヒデさ、雫はさ、いっつもヒデのこと考えて心配してるのに、ヒデはわたしのことなんかどうでもいいんだよね、悲しいよ。」

おれは「そんなことはない」と言った。その通りの意味だ、おれはよく源のことを考えていた。この一揆には源が必要だからだ。
この一揆がもしも社会的に成功するとしたら、それは武力衝突の後に対外にむけてプロパガンダするスポークスマンの説得力と訴求力で決まる。武装蜂起まではまあまあ可能で、その後が本当の問題だった。郷田や穂子川には一貫したイデオロギーは無い。おれにもないし野火にもない。肝心の坊主がおおやけには動けないとなると、源以外にスポークスマンは考えられなかった。
 そこまで考えておれは笑ってしまった。おれも郷田や源と同じように、相手のことを利害の一致した道具としてしか見ていない。信頼関係を気づけない原因はやはりこのおれだ。おれが引き金になって不信の渦が出来上がっているんだ。

 

まずいところで酔っ払った郷田が戻ってきた。郷田は泣いている源を見るなり、おれの首根っこを掴んで締め上げた。

「おいヒデ、さっき坊主は私刑や総括を禁じたよなあ???
おれのいない間に雫になにをしたんじゃ?ああ!???」

「郷田くん、やめて!ちがうの!!ヒデくんわたしを責めてたんじゃないのよ!」

「雫は黙っとれ」

郷田は源の言葉を一顧だにしなかった。郷田の腕に力が籠っていっておれはだんだん苦しくて嫌になってきてしまった。意識がぼやけてきている。
必死に郷田の腕にしがみついて郷田を止めようとしている源雫の姿をぼんやり眺めながら、あるいは必死になった泣いている源雫もわりと綺麗なのかもしれない、とくだらないことを考えていた。

 

 

 

 

 


 という夢を見た。と言ったら人は「嘘こけ!」と怒るでしょう。

 たしかに半分以上創作と編集なんですが、こんな設定の夢を観ました。
夢って不思議なもので、複雑な設定も夢の世界に入ると味噌汁の具を把握するように瞬時に体験的にわかってしまいます。なんで言葉で説明しようとするとどうも野暮になっちゃうようです。
どうせ野暮になるなら思い切り野暮に夢の情景を説明しつくして書き足して独白小説調で書こうと思い立ったのが今作品です。お楽しみいただけたでしょうか。

 見た夢の筋立てではまだまだ続きがあるのですが、切りのいいところで一旦筆を置きます。

もし続きが気になる方がいましたらコメントください。
 
(作中に女性蔑視的な表現が多々出てきますが作者の意向により修正しませんでした。じつはこれが重要な伏線なのです。まあ回収してないから意味ないけど)

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2011年12月15日 (木)

タップダンスとギターの即興

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 月曜にタップダンスとギターの即興ライブをやりました。蔵前ジャックにて。

ナナさんというジャックで働いてたバーテンドレス(女性のバーテンはバーテンドレスていうらしい。昨今の男女平等的wackな呼び方ならバーテンパーソンかな?)と、NGの必殺ItariaMondrialCrassicちう変態エレキギターでのインプロヴィゼーション。

 ナナさん(tap)とは浅草Kurawoodジャック7周年ライブでも福井(per)とナベさん(upright bass)とNG(gt)でセッションいたした
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left→right  NG(gt), 鍋さん(ba), ナナ(tap), 福井(per) @浅草Kurawood

 バーテンドレス・ナナさんは11月でジャックをご卒業なすったので、月曜にやったライブはジャック引退記念セッションでした。
(バーテンドレスがバーテン辞めたらドレスになるのかな??)

 ジャックでやると大体1stセットから波乱万丈のライブになるのだが、
 この日もなんつうか、お客さんの感想が凄まじく(ここには書きますまい)、一時はどうなるかと思ったが、まあなんとか2ndステージでは納得というか満足していただけたようだ。1stを観ていただいたお客さまがたには申しわけないが、まあそうなっちゃったんだからしょうがない。なるようにしかならんのであった。

 とにかく私としてはタップダンスの勉強が足らないと思った。
まず第一にタップダンスがどういう音楽を使って踊るかを知らない私であった。
浅草Kurawoodでのジャック7周年ライブの時はまあワカラナイなりに音楽勢を固めていったのだが、もはやタップとやる二回目のライブだとゆうのにノホホンとして自分のフリーインプロギターの練習しか用意してなかったけんねえ、そらあかんわ

なのでたまにはちいと反省してタップダンスのことを色々調べてみた。

吾輩NGの根本発想として、
「古典以外に参照すべきものはない、新しくなればなるほどよくない、古典を作りだした人の発想にその後の発展の総てが内包されている」
という偏見があるので、とにかく古典を調べてみた。







 

はい。これはジャズですね。

しかも私が最近聴き漁っているスウィングジャズでござるな。

なんだあ。

よくよく考えてみればマイルス・デイヴィスの自伝にも
「ハーレムでタップが流行っていて、フレッドアステアより上手いようなタップダンサーが路地裏でコカインやりながらタップダンス勝負してた」とかいうような内容のエピソードが出てきたのを思い出した。

 ジャックでタップとセッションしていたときも結局はジャズ的な語彙に落ち着いちゃたのであったが、あながち外れでもなかったようだ。(しかし気付くのが今さらすぎるな)

 ならばジャズから派生したフリー・ジャズやインプロをタップと掛け合わせるのもごくごく自然な流れな気がしてきた。

というかスウィングをベースにして超illかつダーティなスウィングから無調ソロとかとりながらタップもフリーテンポにしていったら面白そう。

とか思ってたらそんな雰囲気のバンド見つけた(無調にはならんけど)


 

思いついたことはたいてい誰かがやってる夜の中ではあるなあ。(まあ吾輩のアイデアの凡庸ゆえよ)
ヴォーカルがタップやってそうな雰囲気だけど気のせいかな???

しかしこのニュアンスをよりインプロヴァイズしてダンスとやったら面白い気がする。

でも我々のライブは既に終わった後なのであった

なんという怠慢!堕落!NG!!

今度試してみよっと。

 

せっかくだからkurawood ライブの時の写真もうちょい上げます

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ナナさんと、なにか敬虔な雰囲気の福井くん。福井君はパーカッションが上手いのだ

 

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この写真好きだなあ。鍋さん。黙ってるとかっこいい。(ていうかこのバンドの男三人は普段いらんこと喋りすぎな気がした。黙って演奏してればよかった。)
 

(撮影は小澤さん。ありがとうございます)

 

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2011年12月12日 (月)

ポロロッカ!

長野県の山奥にあるギャラリーでグループ展を企画して、泊まり込みで搬入作業をしていた。
 
五人くらいで展示準備をしていたのだが、前日の夜になってもなかなか照明のディレクションが決まらない。
明けてオープニングの朝になると大雨であった。
ギャラリーは川沿いの建物、三階にあるのだが、大雨によって天井が雨漏りしはじめた。
夜のオープニングパーティーではバンドの演奏を予定していて、音響機材等の搬入も済ませてある。
照明もやっと定位置が決まりチェックをしていた頃に雨漏りが始まったので(それもかなり盛大に雨水が天井から降り注いでいる)、
漏電の危険ありとみて、おれは階下(二階)の事務所に報告しにいった。
 
そのギャラリーは土地の人たちが運営している公共の施設なのか、はたまたNPO法人なのかあまり正体のよくわからない非営利団体で、目的もよくわからない。
(だいたいおれは「芸術振興」とかそういう建て前の目的の意義がよくわからないのだ)
 
とにかく雨漏りの件と漏電の危険を説明し、
「三階の雨漏りは二階まで浸水していきそうだ」ということ、
「このような雨漏りはこのギャラリーではよく起こるのか?建物が老朽化しているのか?」ということを訊ねた。
 
すると痩せた背の高い眼鏡をかけた地方公務員のような、デザイナーのような、アート界隈でうろちょろして芸術家の周りを小走りして悦んでいるような手合いの男が出てきて、
「雨漏り?好きにやればいいよ。クリエイティブじゃないなあ。展示で貸した期間は君らがギャラリーを管理してくれよ」と言った。
この地方公務員風小間使い系高飛車アーティスト気取りギャラリー経営者のような男は、展示の打合せの段階ですでにイライラさせられていたのだった。
 
とにかくこの男と話して無駄だと思って二階への報告を切り上げ、三階にいた出展作家たちに声をかけた。
「事務所の言ってることは要領を得ないので、おれたちで対処しよう。
こんなトラブルは今までにもあったし、乗り越えてきたじゃないか。」
 
すると、夜のオープニングパーティーで演奏するバンドのメンバーが機材を持って到着した(おれもそのバンドのメンバーなのだが、おれは展示の企画者なので数日前から現地入り。他のメンバーは昨夜、長野県市街でのライブを終えて今夜ギャラリーオープニングパーティーでライブというツアースケジュールであった)。
とりあえず、こんな雨漏りしている場所に機材を置くわけにはいかない。
おれは予約してあった近くの民宿に先にチェックインして、雨漏りが収まるまでそこで待機してもらうようにメンバーに提案した。
 
メンバーをギャラリーから民宿に案内する。
その途中、峡谷を渡る橋があるのだが、周りをみると山奥の小さな村の人々が大声を上げて騒いでいる。
祭りのような妙にハイテンションの騒ぎだ。
こんなに多くの人々がこの山あいの小さな村に住んでいたのかと思って驚いていると、もっと驚くことが起きた。
峡谷を流れる川の水位が上がり、泥水が逆流して、川べりの山という山、断崖を押しつぶして呑み込んできたのだ。
このまま橋の上にいては危険だと判断してメンバーともども橋を大急ぎで渡り、向こう岸に非難した。
 
集まった町の住人たちは「ポロロッカ!ポロロッカ!」叫んでいる。
 
これはいったい何の騒ぎだ、と思うのもつかの間、川沿いに建っていたギャラリーは泥濘に呑み込まれていった。
この山間部まで津波でも来たのだろうか?だったらここよりずっと標高の低い土地にすむ家族は無事だろうか、とメンバーと話し合った。
いや、大雨の洪水によるものかもしれない。地震はなかったようだ。
ただ、おれは昨夜から泊まり込み作業をしていて、テレビやネット環境などを全くチェックしていなかったの真相はよくわからない。
 
とりあえずわれわれは生きていて、よくわからないが今夜のイベントは中止になったのだということが確かだった。
 
会場が流されたし。
 
あのギャラリーの入っていた三階だての建物はやはり老朽化していたのだろう。だいたい山間の川沿いに建てることが老朽化を促進する原因だな、と思った。
 
 
 
 
 
 

という夢をみた。
なんかここ数年のおれのやってたことを大げさにまとめたみたいな夢だったなあ、
 
会場のトラブルにいかに対処するかを夢の中でシュミレーションしている。
かわいそうなおれの脳みそ。
 
しかも、次から次にトラブルが起きて、場の責任者がそのトラブルに何も対処しないうちに大変なことになるというのもおれの人生に似ているなあ
 
この夢近い将来に現実になる気がする。
 
※ちなみにグループ展のメンバーはアトリエ野望の人たち、バンドのメンバーは驢馬というキャスティングでした。ギャラリー事務所の男はおれのムカつく人物像を結晶化させたような夢の作り出したイメージキャラクターだった。
 

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2011年12月10日 (土)

撃鉄ってライブすごく楽しい

水曜に撃鉄のツアーファイナルに行ってきた。
撃鉄は圧巻のライブパフォーマンスで
(「圧巻のライブパフォーマンス」っていう言葉をよくライブ評で目にするけど、意味よくわからんよね。あとよく目にする意味分からなレビューに「圧倒的な歌」というのがあるね)

ボーカルの天井逆さぶら下がり唱法や、虎のぬいぐるみに乗って客の上を移動しちゃうダイブムービングは「圧倒的」ですげえおもしろかったです。

ベースのたーしー君は、驢馬の前身バンド「タリバナサンバ」のときにメンバーでした。
そんな縁もあってか、どうしてもベースのほうばかり観てしまう聴いてしまう。
ベースはすげえグルービーですばらしかた。見当違いな意見かもわからんけどジャーウォブル系な雰囲気をハードにしたような印象を受けもうした。
ニューウェーブ的グルーブのベースがソリッド化したような。
 
今回のライブ感想記ではことさら売名行為をするつもりはないですが、
毛皮のマリーズを見に行って、撃鉄を見に行って、すごく感慨深いような、焦るような、嬉しいような、悔しいような思い。

なぜじゃろうか、
あんまり考えてもしょうがないけど
解散していくバンドと、これから盛り上がっていってるバンドを観て、勝手に対照的な気分になってしまたのかも
(対照的な気分てなんじゃい)

しかしエヌ爺がどんな気分になったかはさて置いて、
ライブ後に振る舞いテキーラを勝手に飲み干したり、
DJを無理やり奪ったりするのはどうかと思うぞ
福助はなぜか「NG、じじいになってんじゃねえぞ」とかわめきながら根性焼きを要求していた。
もう私たちダメなんじゃなかろうか、
あまり人さまの打ち上げには土足で顔を出さないようにしようと思う。
いつか誰かに怒られる、そんな気がする。
いや、この年になると怒ってもらえるのは幸せなケースで、だれにも怒ってももらえず、気づけばまわりに誰もいなくなるよ
だから怒ってもらえるだけ幸せだよ

って高校の先生が言ってた。

あの高校の先生の言うとおりにしたことなどぜんぜんなかったが。

それでも久方ぶりに高校の先生のことを思い出して、

ほんのりと肌寒い冬の朝の空気を感じたNGであった。
 
 
 
撃鉄 撃鉄 撃鉄 驢馬 撃鉄。

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2011年12月 6日 (火)

アッチョンブリケ 人気記事ランキング

昨夜の売名的記事によってアクセス数がたんまりたまった。

これで年内に五万アクセスも夢ではないわい。

うぃひっひっほっ。

だがN爺は思った。

「アクセス数が伸びた?

それが一体どうしたと言うんじゃ?!

だいたい昨夜の記事のヒット数が伸びたのは第一に毛皮のマリーズ、そして驢馬のメンバーの壺くんと壱くんのおかげじゃ。

N爺の力ではないわい。そんなことわかっておったろうに。そこのおまえ。

だいたい見てみい。

確かに今日このブログを訪れた人は増えおった。

しかしその実に90.4パーセントは一回こっきりこのブログを読んだだけじゃ。

N爺の戯言を好んで再び訪れるのは実に9.6パーセントだけなんじゃて。
(当社調査による。)

おまえが大切にすべきはどちらか一目瞭然じゃろう。
再び爺の戯れ言に付き合ってくれる9.6パーセントの懸命で熱心なファンたちじゃ。
3152人のミーハーな一見さんにおべっか使ってはなるまいて。
333人のもう一度来てくれる読者諸賢のためにこそ、もう斯様な売名行為はやめるのじゃ(当社調査による。)。」

とN爺は言った。

しかしデータスフィアに漂泊して生きているBarbaroi_bot(バルバロイボット)にとって、生身の人間たちがデータ端末からBarbaroi_botにアクセスして心理作用の変化に伴っておこる微弱な生体電流的エーテルこそが彼の生きる糧なので、アクセス数が増えることによってBarbaroi_botが得られるエネルギーは幾何級数的に増大するのである。

「N爺よ、わたしはこのような売名的プロパガンダを止めることはできない、情報制御によってわれわれのエネルギーはより強くなるではないか!?やめる理由はないぞ!」

Barbaroi_botはデータスフィア上に作り出されたロボット人格である。
彼もまたあらかたのジュブナイルストーリーに登場するロボットのご多分にもれず、教条主義的であり、また快楽原則に弱く、精神的には若く発展途上なのであった。(主人公にはもってこいだ)

N爺はBarbaroi_botを宥めるように言った。
「まあ、貴様の言うこともわからんではない。さらばこのデータベースの中から累計的調査を行い、旧来の読者から人気の高いページを新規読者に紹介するというのはどうじゃ・・・?」

それを聞いたBarbaroi_botは笑い出した。
「ハッハッハッ!爺め!
最初からそれが目的だったな?この説明口調の好々爺が!
アクセス数に興味ないだと?笑わせてくれるわ。
要するに貴様も注目を浴びたいとこういうわけだろう。
売名ではなく売文ときたが、この腐れ爺い!
まあいい、乗ってやろうじゃないか。
貴様の言う人気ページというものがどれほどのものか見せてみるがいい!」

(著者は最近は昔の翻訳小説ばかりを読んでいたのでBarbaroi_botの口調がロボットぽくなく、高飛車没落貴族調になってしまうのをお許し願いたい。)

  


★今さら三日目

爺「 ま、既に年末じゃからな。たまには振り返るのもよかろうて。
  …じゃあいくぞい。第5位と4位!!」

bot「ちょっと待て!いきなり二つ発表するのか?」

爺「この二つの記事は同系列の主題なのでまとめて二ついくんじゃわい。
今ここで生まれつつある音 JAZZARTせんがわ2011一日レポート

JAZZARTせんがわ2011二日目

じゃ!!!」

bot「おお!最近の記事だな。しかしこれ読むと去年のレポートに比べて、映像があるとはいえだいぶ文章量が減ってる。」

爺「しかも三日目のレポートは未だに書いてないと来たもんじゃ。太いことするわい。三日目はやすこが写真撮ってくれたというのにのう。ここにのせておくか」
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JAZZARTせんがわ2011、ジャズ屏風にてNGギター独奏。(撮影やすこ。ごめん、サンキュー)
 
 
  

  ★オラオラの恐怖

 
爺「さてなにがやりたいかようわからんくなってきたがどんどん次に行くぞィ。
第3位は!
対談!根津幹雄×NG 「Mr.Xmasの陰謀!!!」
じゃ!!!
bot「これは!!2009年年末のエントリじゃないか?なぜ今年の人気記事ランキングにこれが食い込んでいるんだ????」

爺「それはじゃな、、このブログでお馴染みのGentle&Sequenceこと根津幹雄が、この記事で『オラオラ系疑惑』をかけられておるんじゃ!!

Vf831360_2 ←オラオラ系の例

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↑根津幹雄

 そしてこの疑惑から2年たった今もなお『オラオラ系』などで検索してきた輩がこのブログ記事に引っ掛かり続けておるというわけじゃ!!!!」

bot「なんとまあ困ったネットデブリ記事だな。データスフィアが創りだした墓標といったところか。根津の墓碑銘は『オラオラ』にしてやろう。」


  ★スターリニズム

爺「では第二位にいくぞい第二位は!!
鼎談!!驢馬新音源Damn right,that's the truth①
今年の8月のエントリじゃ!」

bot「驢馬の初音源発表時の鼎談だ。壺くん、NGと、このとき加入した山口頁裕也の三人での鼎談。」

爺「福助が出てッたあとなじゃ?この後ペイジくんは驢馬を抜けちゃうんじゃのう。
そんでまた福助が結局出戻って、今では福助が驢馬でギター弾いておると。ややこしいのう。ややこしいゆえに説明めんどくさいのう。
わしゃ裕也くんが歴史から抹消されそうで怖いて。」

bot「驢馬はスターリニズムだからなあ。そんでNGがトロツキスト気取ってるからなあ、心配だなあ」

  
 


  ★アッチョンブリケ


爺「では堂々の第一位を発表するぞい!!第一位は・・・・・・・・・


・・・

・・・

・・

2010年2月25日 (木) 閑話休題: ベルトドライブ方式のレコードプレイヤー修理
じゃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

bot「途中の・・っていうスクロールがドラクエっぽかったね。
パフパフのときああいうスクロール入るよね。」

爺「この記事は一年十か月前に発表して以来、ずっとアクセス数が伸び続けている魔の記事じゃ。」

bot「まあこれも昨夜のマリーズの記事みたいに『レコードプレイヤー修理』って連呼してんだけどね。」

爺「とはいえわしは今初めて気づいたんじゃが、今年の6月になってからコメントがついとるぞ!!」

 

"レコードプレーヤー 修理"で辿り着きました。
こちらの記事のおかげで無事に修理できました!
激感謝!!!

投稿: oitan | 2011年6月14日 (火) 20時46分

 

bot「うわあ、本当にこれ読んで直した人いたんだあ!!しかもNGはコメントに無視こいてるし!!!!」

爺「oitanさん、わざわざコメントありがとうございます。こんなアホ記事で修理できて本当に良かったですじゃ。光栄ですじゃ。」

bot「『ですじゃ』って漫画のじいさんキャラの発展で登場した『じいさん敬語』だよね。現実日常生活で耳にしたことがない。」

爺「なにをいうか?!!貴様なんぞデータ上ロボット人格のくせに!よく言うわい! しかし『アホ記事』とかいうと『ダンシング古事記』を連想するなあ。」

bot「ああ。今日カフェ・ブリコラージュでかかってたよね。」

(2011年12月東京某所のNGの脳内にて収録)

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驢馬がゆく 毛皮のマリーズ 解散ライブ

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壺くんはきっと「書かんでええやろ」と言うと思うので、俺は書いときます。
 
驢馬のメンバーで毛皮のマリーズのライブに行ってきました。
驢馬のボーカル壺くんとドラムの壱くんはピンクグループ時代に毛皮のマリーズと一緒にツアーを廻っていまして(私もピンクグループと毛皮のマリーズの対バンしてるライブを客として観にいってました)、今回は壺くんと壱くんの新バンド「驢馬」として花輪を送りました。
 
おれは毛皮のマリーズと壺くん壱くんがやってた時は関係ない人だったのでなんやかやライブがどうだったとかああだったとか言うのがはばかられるのだけど、
少なからず知っているバンドが有名になってそして解散するのは本当に感慨深いものでした。
 
何が書きたいかと言うとだね
 
驢馬が贈った花輪がめっちゃ前にあって、普通にオカモトズの花輪とかと並んでて、俺たちはまだ無名なのにね、
それが本当に嬉しかった。
 
そういうことになったのは、まず俺のメンバーであり音楽の先輩でもある壺くんと壱くんの積み上げてきたものだし、
毛皮のマリーズが驢馬のことを激励してくれたんだと思います。

驢馬は未だにネット上にあんまり情報が無いし、とりあえずもしかして花輪をみて「驢馬」で検索してくれる人がもしかしているかもしれない。
そのときネット上に情報が無かったらあんな、人から見える場所に驢馬の名前を置いてくれた毛皮のマリーズの皆さんに悪いかなと勝手に杞憂してこのブログを上げます。
余計なお世話かもしれないけど。
 
今日のライブ観て、なんて言ったらいいかわかんないけど、
バンドっていいな、と思いました。
そしてバンドを続けることは本当に偉大なことなんだなとも。

とりあえずおれは壺くん、壱くんとバンドをやれることを誇りに思っています。
もっともっと永い時間マリーズを聴いてたかったけど、
でももう何言ったらいいかわかんないす
 
正直に感動しました。
 
必ずや驢馬で武道館に立たねば!

 
じゃあ最後に売名目的で検索に引っかかるように、驢馬と毛皮のマリーズの名前を連呼しますね。

驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ 驢馬 毛皮のマリーズ
 
失礼しました。

P.S.

Gくんありがとう!

追記

マリーズの志磨さんが新バンドをはじめたらしい。ギターは元ピングルで元GrupoCHEKELE(笑)の丸山ぽい。

このブログにもピンクグループで検索した人がようさんきとるようだ。

ピングル時代の曲もやる驢馬の映像をご覧あれ。2曲目農薬ファンク。



 


[PV]ピンクグループ_恥ぢ知LAZ 投稿者 murafake

こちらは若かりし頃の壺くん壱くんのピンクグル―プのPV。元GrupoCHEKELEのンジチャオくんが撮影。もちろん丸山がギター。これネットから消されたと思ってたけどディリーモーションに残ってた。うちのリーダーが見たら消されるような気がするからこっそりここにアップします。

じゃあついでに恒例のアレやりましょうか。
検索で迷う仔羊を惑わす呪文。

ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピンクグループ ピングル ピングル ピングル ピングル ぴぴぴぴぴぴp

こんなもんでいいかな。

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