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2009年8月31日 (月)

Cooling OFF

 サーエー。皆さんごきげんいかが。NG越後妻有です。
 前回はへそ穴の途中で混戦バーンアウトしてしまったけど今日はCOOLにクーリングオフ!
 今回の越後滞在でのゴゼウタ調査ではとっても面白いことがわかってきて鼻血ブーであった。まだまだ調査段階なのでまとまったことは言えないけれど、滞在中わかってる範囲で時系列に沿って簡単に記してみたい。

・8/29(土)

 八千浦公民館にて「最近の悪徳商法について&津軽三味線とゴゼ唄の演奏」と題された(ナイスカップリング?)催しを見に行く。演奏は小竹勇生山さん一家。
 なぜかじいさん婆さんに混じってクーリングオフのレクチャーを受ける私。
 三味線演奏は奏者に断って録音させてもらった。気迫に満ちた演奏。終演後楽屋に行って挨拶し話を伺う。
 なぜ津軽三味線とゴゼ?と思っていたが、越後ゴゼの「新保広大寺」という曲が、津軽の「じょんがら節」のルーツという説があるらしい。なんと!
 さらに勇生山さんは「東北地方の民謡の殆どが、越後の民謡やゴゼ唄にルーツをもっているんですよ」と語られた。勇生山さんはその説を証明されるかのようにゴゼから津軽までの東北圏民謡メドレーをレパートリーに加えていた。奏法も(私は三味線素人目線だが)どうやら津軽+ゴゼ+新機軸を加えたオリジナルの構え(っぽかった)。民謡新世代である。
 私がブルースを演奏していること、松前口説に興味をもっていることを話すと、大変共感くださり、松前口説を取り上げたことに対して「渋い鋭い」と言ってもらえて嬉しい。

・ 午後、高田図書館へ。高田図書館はなかなか蔵書が厚く熱く、田村隆一全詩集や金子光晴の「鮫」なんかがあったりして関係ないけど借りる。金子光晴の詩句

 「  女たち。
   チリッと舌をさす、辛い、火傷しさうな
   野糞。 」

  (女たちのエレジー)


・8/30(日)
 午前中、高田図書館。「じょんがらと越後ゴゼ(2002)竹内勉、本阿弥書店」という本に、勇生山さんの語られた内容が詳細に記してあった。越後ゴゼ唄が津軽に行ったどころか、「松前口説」に登場する「江差松前」とは北海道の江差ということが判明。(何も知らないで歌っていた私。)本に書かれた論を要約すると、ゴゼ仲間から破門された「離れゴゼ」が、当時ゴールドラッシュさながらに沸いていた北海道をめざした。(北海道は新天地として経済的に困窮した武士や、訳ありの人々(犯罪者など)が多く集まり、五月などは江戸より景気がよかった。)
 経費のかかる海路はとれず陸路で北上した越後「離れゴゼ」は各地に弾き語り物語スタイルである"口説き"を広めてゆく。(「~サーエー」という出だしや七・七調の音節がその名残である)
 ついに北海道に辿り着いた「離れゴゼ」は北海道の物語、江差松前の重兵衛かしょく心中を歌にする。その歌が当時発行されていた「読売」という出版物などによって新潟に逆輸入されて越後ゴゼの唄として今日残ったのではないかというものである。そのことを証明するかのように津軽「じょんがら節」には、「~サーエー」という出だしや七・七調の音節などの越後由来の詩型、さらには北海道江差で情死する「かしょく」のプロローグが歌われていた!
 「じょんがら」では青森で生まれ北海道江差の女郎屋に売られて重兵衛と情死した女の名前は「かしょく」ではなく「カセ子」という。「カセ子が本名で「かしょく」は女郎屋での源氏名あるいは位を示す名だったのだろう。

 さらに蔵書の熱い高田図書館で、アラン・ロマックスの評論集(最近出た。CD付き)を発見、借りる。
アラン・ロマックスは言わずと知れた民俗音楽収集家で、アメリカ国会図書館のフィールドレコーディング音源としてレッドベリー、ジェリーロールモートンなどを世に出したことで有名。さらにマディウォータースの初期録音、汽車がシュポシュポ通り過ぎる中でのサン・ハウス「ポニーブルース」録音など超偉大なレコーディングを行なった人だ。
読んでみると、アラン・ロマックスは国会図書館勤務中に予算が減らされたのに愛想を尽かしイタリア、ジェノバやスペイン北部に渡り録音をしていたらしい。何てこった。さらにあげればハイチ、コンゴ、アイルランド。民謡ハンターである。カッコヨカー

・ 午後は越後妻有アートトリエンナーレへ。
 松代駅近くの野外展示を見る。いい作品もたまにあるものの、残念な作品も多かった。
山の中腹誰もいない作品の近くでおにぎりと「チップチョップ」というお菓子を食べる。この「チップチョップ」、ポテチにチョコを塗った食べ物だが、なかなか旨い。奈良くんが好きそう。
 展示作品の「スペース・スリター」という木々の間に設置された三台の金属製弦楽器(鉄でできた琴みたいなの)を演奏してひとしきり遊ぶ。これはちょっと楽しかった。

・ 午後6時から松代駅近くの「農舞台」でUA×人形浄瑠璃のライブ。前売り券売り切れて当日券も売り切れて席確保ならず。ケチクサー。しょうがないから周りで聴く。野外ステージだから見えるかと思っていたが、工事現場みたいな布で仕切ってよく見えない。ケチクサー。でもバッチリ聴いたしバッチリ××。「閃光」生で聴けてよかったなあ。バンドは多分、三味線&スチールパンという不思議な編成。UAがMCで「この棚田が有る限り大丈夫、ね。」と言う。田んぼの似合うディーバだった。

 そんなこんな。
 明日から富山のおわら風の盆祭りです。キャッツアイ!待ってろ木村!

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2009年8月28日 (金)

"へそ穴"AUGUST2009

エンヤーコラエート。NGバルバドスどす。今俺は新潟県は上越市高田の祖父の家T楽寺に来ている。そして毎晩酒宴。なぜなら祖父は仏教も仏教浄土真宗を体現してるので潰れるまで呑まないと気がすまないKITGAIkitchenDRUNKERでわたしの体内にあるアセトアルデヒド分解酵素はおそらく祖父からの隔世遺伝なのだろう。
聡明な読者諸氏はもうお分かりだろうがまたしてもゴゼの研究である。今回の目的は明確極まりなく、上越市がもっている禁帯出の音源GetBackers。無論成功である。レオタード姿でキャッツアイしても職員は「なんて熱心に郷土資料を研究する青年だろう」としか思うまい。むしろ「あんな資料あったの!聞かれたらどこにあるかわからないから黙って好きなようにさせよう」という態度でこちらとしては実にやり易かった。キャッツアイ!
ゴゼ唄研究で著名な功績を残しているジェラルド・ガーナー氏も
「ゴゼ唄の音源を地方自治体が独占非公開にしているので研究の妨げである。上越市の高田ゴゼ音源とか早く公開してほしいのに」という内容を嘆いていたが、私は見事資料をスパイスパゲティして研究の分野で一歩出し抜いた。ざまあみやがれ。
アーチストの自宅や各地方自治体から目抜きの資料収集能力を養い、母から譲り受けた海賊航法と、じい様から譲り受けたヨイドレグロッキースタイルで完全攻略であるワハハ(別に法に触れるような犯罪行為はしていません念のため)
そんなこんなで手に入れた資料で面白かった音源はゴゼ唄「へそ穴口説」である。これは私がWilliam&NGを始めソロなどで演奏して読者諸氏にはおなじみの「松前口説」の口説きスタイル同ジャンル別バージョン。
この「口説きスタイル」は同じ旋律系に違う歌詞をじゃんじゃん載せる載せる。さながらラップやブルース、ブギのようであることは以前も述べた。「松前口説」は心中物語センチメンタル花曇りお涙頂戴ソングなのに対して「へそ穴口説」は同じメロディでも滑稽もの。
歌詞の内容を要約すると、身体の穴という穴は沢山あるけれど、へそ穴は酷くかわいそう。なぜなら目穴は色々見れるし口穴は食べたりできる。しかしへそ穴は人前にでることなく暑い日なんか蒸れてたまらん。同じ蒸れてたまらん下の方の穴はうらやましいことに殿方などが出たり入ったり。濡れたりよがったり。まことにうらやましい。ああうらやましいという内容であるのだった。

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2009年8月11日 (火)

動向2009夏/南方曼陀羅

YEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEeaaaahhhHHHH
ご無沙汰だぜ。最近断章もブログも即興もアップロードしないNGサボタージュみんな調子どう?即効サッカーMCzリリカル回虫な毎日を1、2、1、2送ってるぜそりゃどうもドゥダマザサカーナラナラナラヤスヒラただ韻踏んでるみたいな気分になりたかっただけだyeahh

報告
・シルクスクリーンで版画やプリントTシャツを作った
・南方曼陀羅を調べていた
・千代田図書館が夜10時までやってていい感じ
・生まれて初めて花火大会に行ってしまった
・じぶんが姑らしいと気づいた
・リュウチャンがレコード名盤珍盤鬼畜盤をバシバシコレクトしてて裏山
・ルーリードっていいよねメタルマシーンミュージックが
・やっぱり社長が給料日に給料をくれなかった
・自転車が撤去された
・携帯なくしたと思ったらあった
・ダイソーで材料を買って机の上に本棚を作った
・菊地成孔・大谷能生「東大アイラー」で有名?な濱瀬元彦「ブルーノートと調性」を某M君からから借りた!夏はこれで下方倍音をマスター★

という感じ。特に本棚が出来たのが嬉しい。これで本地獄ともおさらばジャワイ!

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ほんとうにおさらばできるのか・・・?

二段目左は我が激セマの部屋の唯一のギャラリーです涙(モノ派風w←ナメスギ)

三段目は借りてる本の常駐所なので「アッおれの本!」とか思っても怒らないで。

なんでネット上にこんなプライヴェーと公開してるんだ???おれは・・・

南方曼陀羅について調べてました。南方曼陀羅って何?という感じで南方曼陀羅をネットで調べるとアラ不思議、南方曼陀羅に関するマチガイ見解がかなり載ってるので、我輩の調べたこともネット上公開して更なる混乱を招こうと思う。

まず鶴見和子氏の提唱する南方曼陀羅図、あれは南方曼陀羅ではないということが第一の立脚点です。南方熊楠に関しては自分で調べてくれ!

そして調べてわかったことは、南方熊楠研究においてわが芸術学科の中沢新一や安藤礼二先生がかなり深い研究をしてること。ちくまの全集編集に関わってるからか。「森のバロック」(中沢新一、せりか書房)「光の曼荼羅~日本文学論」(安藤礼二、講談社)を読むのをオススメします。

私の書いたことを部分的にアップします。

南方曼陀羅とは?

南方熊楠は「南方曼陀羅」という名で実際に書いたわけではなく、土宜法竜(18541923) 京都栂尾高山寺住職、のちに高野派管長。真言宗聯合総裁、高野山大学総理などを兼任した当時の学僧。)に宛てた書簡のなかで自身の曼陀羅論を展開したものを呼ぶ。

南方熊楠の曼陀羅論は大きく以下の三点を中心に述べられている。

●不思議

  熊楠は森羅万象の現象を「不思議」という言葉を使って説明している。

現代の科学は主に物に関する不思議(物不思議)を解明している。しかし理由とか原理とか言っているが、不思議を解剖してその順序だけ現象団としてざっと並べただけであると熊楠は言う。

熊楠によると不思議には以下のものがある。(括弧内は中沢氏がカント哲学に当てはめたもの※3)

物不思議 物理学、科学。(モノ事体)

心不思議 「西洋科学では心理学があるが、脳や諸器官から離れないため物不思議と混同されている※5」(判断力・感性)

事不思議 心と物が接触して顕れる。人間の解釈。民俗学、現象学など(実践理性)

理不思議 「精神が疲れているから今はいえない()※5」

理論を演繹して明らかにされる現象、推論による仮説など。(純粋理性)

大日如来の大不思議 人智を超えて、もはや知ることは不可能な不思議。

「さて、妙なことは、この世間宇宙は、天は理なりと言えるが如く(理はすじみち)、前後左右上下、いずれの方よりも事理が透徹してその数無限なり。(中略)図中一切の理が、心、物、事、理の不思議にして、それらの理を(動かすことはならぬが)道筋を追従し得たるだけが、理由(実は現象の総概括)となるなり。(中略)

 一切の分かり知り得べきの性の理に対する理不思議なり。総て書にあらわれし外に何があるか、それこそ大日、本体の大不思議なり。(※5)」

この言葉をもって説明された、事と理(すじみち)が縦横無尽に駆け巡る宇宙の様相が、図1に現されている。

Nega 図1

「事物が透徹して宇宙を成すの図」の説明を要約すると

○イ・・・諸事理の萃点(ものごと様々な事象が同時に進行し錯綜しあうポイント)。

    理を見つけ出しやすい

○ロ・・・チ、リの二点から理を見つけ出すことができる

○ハ・・・2つの理()が会萃しているところから人の気につき易く、また理を見つけ出すことができる。

線ル・・・線ヌがヲ、ワに接していることから、ルを実際に見ることができなくとも、ルの様な存在が無くてはかなわんと推しはかることができてしまう。(理不思議) 

鶴見和子の「南方曼陀羅論」では、南方熊楠全集にある「土宜法竜宛書簡 明治36718日付(※5)」に登場する図1を中村元に見せ、中村氏によって「これは南方曼陀羅ですね」命名されたという(※4)。

鶴見氏はこの図に表された「萃点」的考え方の有効性を軸に「南方曼陀羅論」を展開し、一般的にこの図1が「南方曼陀羅」だと認識されてきた。しかしどうやらこの図は南方曼陀羅論の一部、エッセンシャルな表現ではありながら、熊楠にとっての曼陀羅そのものではないようである。

「曼陀羅=中心をもった円的存在」というイメージから、勘違いをひき起こしやすいこの図1は、一見グチャグチャのようで、しかしよく見れば見るほど美しい。シンメトリーと、ポロックを彷彿させるような奔放で即興的な線の両義性を備えたフォルムをもって魅惑的である(さながら熊楠の存在のように)。

だが鶴見氏の「南方曼陀羅論」で述べられる「萃点」(ものごと様々な事象が同時に進行し錯綜しあうポイント)は、後述する「因果縁起」を絡めて、人間関係における様々な出会い、交通の必要性(例として草の根市民運動などが挙げられている)と、熊楠の語る「やりあて(土宜法竜宛書簡)」などにみる理不思議の力、アナロジーの思考(燕石考など)の有効性に尽きている(※4)。

だが果たして南方曼陀羅において「萃点」とはそこまで重要なのだろうか。萃点の同時進行性、他方向性は熊楠らしくこそあるが、図1に現れた「○イ」の萃点は、ただ単に多くのすじが交わる理解しやすいポイントとして表されたのであって、図の中心として本質的、構造的中心を担っているわけではない。まず手がかりとしての一点であり、構造的重要性を担っているわけではないのだ。この図1のなかで南方曼陀羅を説明するのはどうやら難しい。

●因果縁起

は一因果の継続中に他因果の継続が竄入し来るもの、それが多少の影響を加りうる時は、故にわれわれは諸多の因果をこの身に継続しおる。に至りては一瞬に無数にある。それがの触れよう体の触れようでを起こし()、それより今まで続けて来れる因果の行動が、軌道をはずれてゆき、またはずれたものが軌道に復しゆくなり。(※4)」

この世には原因と結果を伴う変化の方向性「因果」がある。原因があれば結果が導き出され、結果のあるところにもまた何がしかの原因がある。必然性である。しかし熊楠は書簡の中で必然性、因果律だけでは物事を語るに十分でないと西洋近代科学をも批判する。つまり異なる二つのベクトルを持った「因果」同士が交わる時、交わるけれども何も起こらずにそのまま通り過ぎてしまうが縁、すなわち縁起というものがあるという。これは必然性の論理だけではなく、偶然性を孕んだあらゆる現象に着目した熊楠ならではの仏教援用解釈だ。

鶴見氏の南方曼陀羅「萃点」論はおもにこの「縁起」に重きをおいて説明されている。

しかし図1「○イ」の萃点は、必ずしも「起」が起きるようなポイントとして示されているわけではない。多くベクトルが交わることから、縁起の可能性も大きいことを示唆し、そのことによってさまざまな不思議を認知しやすいというだけである。交わりが多ければ多いほど「縁」として何も起きないことも多いだろう。さながら渋谷の交差点のようなものである。熊楠にとってこれら萃点の密度や偶然性の高さが重要だったとは思えない。熊楠が問題にしたことは「萃点とは何なのか、偶然性とは何なのか」という目には見えない(この図に表せないような)萃点や因果縁起関係を探ることだったように思う。

むしろ図1において重要なのは彗星のような線「ル」と、それを予言するように示唆している線「ヌ」の存在であろう。これらのポイントこそ、東京を離れ那智山中に身を置きながらも人間や宇宙の深層構造を「どうやらこんなものがなくてはかなわぬ ※5」と予言しえた知の彗星、不思議をもって不思議をとく南方熊楠その人の姿だと思う。

熊楠自身、ここに書き表せないものとして大日如来の大不思議を挙げ、南方曼陀羅の心、物、事、理の不思議はすべからくこの大不思議から生じたものである、と記している。萃点に集約されてしまうような平面円ではない。不思議の多次元体こそが熊楠の語る「曼陀羅」なのであろう。

●南方曼荼羅

では南方曼陀羅とは一体何か。熊楠はこう述懐する。

  「胎蔵界大日中に金剛大日があり。その一部心が大日滅心(金剛大日中、心を去りし部分)の作用により物を生ず。物心相反応動作して事を生ず。事また力の応作によりて名として伝わる。さて力の応作が心物、心事、物名、心物心、……心名物事、事物、心名、……事物心名事、物心事、事物……心名物事事事名物心というあんばいに、いろいろの順序で心物名事の4つを組織するなり。(※5明治3688日付け土宜法竜宛て書簡)」

中沢氏の「森のバロック」で解説されていることを基にまとめると、

大日とは、純粋な叡智の運動体、万物の根源であり内も外もなく人智を超えて、もはや知ることは不可能な大日如来の大不思議のことである。

   「因果は絶えず、大日は常住なり。心に受けたる早晩より時を生ず。大日にとりては現在あるのみ。過去、未来一切なし。人間の見様万と全く反す。空間また然り。(※5同書簡)

 つまり時空間を超越した存在であると示されている。この大日が外に展開していこうとする力が、内も外もない「大日」を否定(大日滅心)して「物界」をつくりだす。同時に表裏一体に有情の心「心界」も形成される。「心」と「物」が交わり「事」を絶えず作り出す。「事」はやがて消えてしまうが「事」が消えたあと何らかの痕跡をつくりだし抽象的な「名」として残る。(この「名」を中沢氏は「原エクリチュール化」、つまり民族や共同体の習俗、無意識であるラング(言語体)をつくる源だと説明する※3)

この「名」はもう一度心に映しだされることによって象徴を形成し「印」として顕れる(何らかの映像的イメージを伴う、声になったパロール※3)。

南方熊楠はこう説明する。

  「例。熊楠(心)、酒(物)を見て(力)、酒に美趣(名)あることを想い出し(心)、これを飲む(事・力)。ついに酒名(名)を得。スクモムシ、気候の変(事)により催され、蝉に化し(心また物)、祖先代々の習慣により、今まで芋を食いしを止めて(力)、液(物)を吸う。ただし、代々(名)松の液をすいしが(事)、松なき場処に遭うて(力・物の変)、止むを得ず柏の液をすう(事の変にして名の変の起こり)。(※5同書簡)」

 図には描きにくいような後半の記述が南方曼陀羅のどうやら真髄らしいのだが、結局私にもよくわからなかった(笑)。とにかくネット上の説明によくあるニューエイジ的な自然回帰、東洋回帰的なものでもなければ、オカルチックな宇宙的SF的なものでもなければ、エコなモノでも無いということ(だからナンなんだ!!)

むしろ人間の深層意識(無意識をさらに超えた集合知のようなもの)に関わるお話であった。(やはりオカルトではないかと言われたら反論するのがメンドクサイ)。「森のバロック」で中沢新一は構造主義に絡めて、「光の曼荼羅~日本文学論」の安藤礼二はシュルレアリスムの契機(フロイトよりも早く無意識にアプローチした学者がいて、しかもアンドレ・ブルトン、南方熊楠はそれを読んでいた)に絡めて解き明かそうとしている。人間、心、モノ、イメージ、事象、総ての起源に関する試みが南方曼陀羅の方位であろう。

とここでいったん放棄します。ウェブの続きは現実で。(無責任)

     3 中沢新一『森のバロック』せりか書房 

     4 鶴見和子『南方曼陀羅論』 

     5 南方熊楠全集7巻 平凡社

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